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66・ 昔々

「その後レイモンドール国は三十年ほど続き、滅びましたが。結局魔道師から権力を取り戻し、立派な施政を行った王も大国に攻め込まれては成すすべもありませんでした。昔、昔。まだ魔道師が本当に魔術が使えて、ドラゴンがいた、そんな頃のお話ですよ。こんなおとぎ話が参考になりましたでしょうか?」

 微かに空が白み始めていた。 目の前の男から話を聞きだしてから夢中になって知らぬうちに朝を迎えてしまったらしい。

「こちらこそ、一晩中喋らせてしまい、疲れたんじゃありませんか。大変興味深い話でした。レイモンドールの黎明期れいめいきからの話など、どの文献にあたってもはっきりしなかったもので」

 あまりの興奮に学生風の若者は身を乗り出して唾をとばしていた。

 一晩中しゃべっていたはずの男は疲れた様子も無く、立ち上がる。

「お休みになられますか。それともお茶を差し上げましょうか」

「それではお茶を」

 若者は眠気などまったく感じていなかった。



 イストニア連邦国、ダイニーズ州。

 昔、この島国は一つの王国だった。 それも魔術で結界を張っていたという。 今は魔術の文献も遺跡の一つも残ってはいない。 夏の長期休暇はその真偽を確かめる旅になった。 昔の地図によるとこの険しい山脈のどこかにレイモンドール国の魔道教を統べる主廟があったらしい。

 それを彼は、去年死んでしまった父親から聞いたのだ。

「おまえはレイモンドール王朝の血を継いでいるんだよ」

 まさか、とその時は笑い飛ばしたのだ。 この狭いキッチンに毛が生えたようなダイニングで朝食を囲みながら父親は寂しそうに笑っていた。

 その時はそれで話は終わり、彼も忘れていた。

 思い出したのは父親が肺炎をこじらせてあっけなく死んだ、一週間後のこと。

 父親の遺品を片付けていたカルーディは美しい螺鈿細工の小箱を見つけた。

「母さんの遺品かな」

 まだ小さい頃に亡くなっていた母親の物だろうかと持ち上げて見ると、底に鍵がついている。

 ――父さんらしい。 こんなところに鍵があったんじゃあ、防犯の意味なんてないのだが。

 この調子で銀行の通帳やカードに暗証番号を書いたりしていたのだった。

 ふっと笑いが込み上げて、鍵をその箱に差し入れると、カチリとはまる音とともに蓋が開く。

「綺麗だな。まさか――本物?」

 中には絹の台座にすえられた指輪が一つ。 竜をかたどった恐ろしいほどの細かい細工。 両方の目にはそれぞれ赤と青の石が輝き、まわりは透明な石が散りばめられている。 胴体は燻し銀のようだが。 もし、これが本物だったら大変な金額なんじゃないのか。

 カルーディは唾を飲み込んで暫くその箱を眺めていた。



 それから、気になって眠れない日が続く。 昔、滅亡した王朝レイモンドール。

 それからは大学をそっちのけでレイモンドール国の事を調べていた。

 そしてこの夏。

 一人用のテントと必要最低限の装備。 一週間分の食料を大型のリュックに詰めて彼がこの山脈に足を踏み入れてもう十日以上。 軽く考えていた自分を呪いながら、手がかりも無く下山するルートを捜してさらに迷う。

 携帯電話も圏外の表示のまま。

 そして、昨日の晩。 テントなど役に立たないほどの雷雨にたまりかねて当て所なく歩いた先に見えた一筋の光。

 それを頼りに真っ暗な中、石造りらしい戸を叩いていると中から若い男が顔を出した。

「すみません、この雨で困ってます。一晩家に入れてもらえませんか」

「それはお困りですね。いいですよ。どうぞ、こちらに」

 家の主は目を引く背の高い痩せた男だが、物腰が柔らかく穏やかな顔をしている。

 薄い黒のニットのセーターにカーキ色のチノパンツ。 こんなところに住んでいる変わり者には見えないが。

「先にお湯を使ってください。風邪をひきますよ。この先にバスルームがあります。替えの服は良かったら私のをお使いください。棚に置いておきますよ」

 人の世話をしなれているのか、次々としゃべりながらも用事をこなしていく。

 カルーディは結局、用心をしながらも男の世話になり、食事までご馳走になった。 今は男の大きすぎる夜着に着替えて、リビングらしい暖炉のある広間に置いてあるソファーに毛布を被ってすわっていた。



 この島に渡ってすぐに、大陸との気候の違いに驚く。 狭い海峡をはさんだだけのこの地がなぜこんなに冷涼なのか。 その問いに青年はああと応じる。

「外海のダルム海。そこからの冷たい風はこの島の南北に走る山脈にぶつかって和らぎ、大陸には影響を与えていません。そのせいでしょう」

「なるほど。ところで、昔レイモンドール王国が魔術によって国境に結界を敷いていたという話を知っていますか」

 急に魔術などと言い出したら、変なやつだと警戒されるかもと思いながらも、カルーディは聞かずにはいられなかった。 何か――ヒントを。 レイモンドールにつながる何か。

 ところが男は、カルーディの心配をよそに何と言うこともなく、世間話の続きに答えるように話し出す。

「魔術で結界ですか。あれは外海のダルム海沖に埋まっていた大量のメタンハイドレートが原因という説だったのではありませんか。それにしても、レイモンドール王国。その名前を聞くのも久しぶりですね。それを調べにこんな山奥にいらしたんですか。では、せっかくですから古い話をお聞かせいたしましょう。ところであなたのお名前は?」

「お世話になっていたのに名乗らなかったとはすみません。ぼくはカルーディ・バンドールと言います」

「そうですか。あなたの髪と目を見てもしや、と思いましたが……」

「もしや?」


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