65・ 後春の吉日
それから更に二年の月日が流れて。
クライブも宰相補佐となったアリスローザ、内務大臣になったステファン。 残っている高位の官吏全員、息つく暇も無いほど多忙な日々を送っていた。
正式な場所ではいつも顔を会わせてはいるがなかなか他の場所で話すこともできない。
アリスローザはハーコート公に目を通してもらう案件の書類を抱えて宰相の部屋に行くが、そこにはハーコートはいなかった。
――おかしいわねえ、急ぎだからとハーコート様が言ってらしたのに。
「ハーコート様はどちらに?」
「国王陛下の執務室だと思いますが」
官吏に礼を言ってアリスローザは国王の執務室へ急ぐ。
「陛下、ドミニク様がお見えですが」
「ああ、アリスローザか。入れてくれ」
お邪魔致しますと入って来たアリスローザは部屋を見渡してがっくりと肩を落とす。
「どうした?」
「あ、すみません陛下。ハーコート様がどこへ行かれたのかご存知ありませんよね」
一国の王に人の居場所を聞く非礼も彼女には許されているようだった。
「じきにここに来るだろう。ここで少し休んでいったらいい。君は働きすぎだよ」
「それは陛下も同じでしょう?」
「じゃあ、わたしも少し休むよ」
クライブは笑いながら言うと中にいた官吏たちにも休憩を言い渡して部屋から追い出してしまった。
「君は今の地位に満足しているのか」
急に聞かれてアリスローザは本意を計るようにクライブを見る。
宰相補佐とは正式な官位では無い。 暫定的にアリスローザが動き易いようにつけているだけだ。 そして、それは彼女と離れたくないクライブの意向も影響している。
「わたしなんかにこんな高い地位をお与え下さいましたこと、本当にありがたいと……クライブ様? どういう意味です?」
周りに誰もいなくなった事を幸いに口調がいきなり砕ける。
「意味って、そのまんまの意味だよ。君が忙しく働いてくれるのはとても嬉しい。うれしいが、このところ少しもこんな風に会えないのがつらいんだ。君はどうなのか、教えて欲しい」
――ああ、この人は本当に純粋で素直な人なのだ。 それが危うさにもつながるのだろうが。
「クライブ様、わたしだって寂しいに決まってます。でもあと少しすればこんな忙しさともお別れですよ、きっと」
母親のように肩に手を置くとクライブは眩しいほどの笑顔になった。 そして。
「いつ、言おうかと考えていたんだが。今、言うことにした」
一転して真面目な顔になる。
肩に置いた手を降ろされて、その後。
アリスローザの足元にクライブが膝をついて片手を取る。
「クライブ様! 何を?」
驚くアリスローザにクライブは続ける。
「そのまま……アリスローザ、私と結婚して欲しい。君とこの国を作っていきたい。君を愛しているんだ。ずっといつまでも一緒に生きていきたい」
暫くまったく時間が動かないかと思うくらいの沈黙。
「アリスローザ? 嫌なら、そう、言ってくれたらいい。勅命でも何でもないのだから」
クライブが心配そうに顔を上げる。
いつか、こんな日が来るのかと驕りでもなく彼女は思っていた。 それは隠そうともしないクライブの態度、表情、言葉から。
そして――自分はどうなのかと。
彼女を振り回す、気になって仕方がなかった人。 そしていつも置いていかれた。
または、包み込んでくれた優しくて頼りになる年上の人。 この頃やっと涙なしで思い出すことができるようになった彼。
クライブは二人とは違う。
当たり前の事だが。
激しく燃えるような、とか心が揺さぶられるような……そういう事でなく。
わたしは彼を支えてあげたい。 政務だけでなく――心からそう思う気持ち。
それも愛情では無いのか。
「陛……いえ、クライブ様。わたし嬉しいわ。ありがとう、でもまた気の弱い事を言ってると手が出るかもよ。わたしは王妃なんて柄では無いもの」
アリスローザの返事に広がるクライブの笑顔。
「遠慮なく出してくれていい。そういうところも全部好きなんだから」
手を引っ張ってアリスローザがクライブを立ち上がらせる。
「ここではいいけど、他の人の前で私が尻に敷いっちゃってることをバラしてはだめですよ、クライブ様」
「了解した」
二人の笑い声が部屋の外に聞こえてきて廊下にいた人影も口元に笑みを浮かべる。
「いいご趣味ですね、ハーコート公爵様」
「何を言ってる。何とかしないと一生あのままだと脅かしたのはおまえではないか、ステファン」
二人は顔を見合わせてニヤリと笑った。
次の新年が明けた後春の吉日。
王クライブは明るい金髪にスカイブルーの瞳の、美しい女性を王妃として迎えた。
その妃は王より二歳年上で、影で王を叱咤激励して尻に敷いていると言う噂が――あった。
あと、もう少しになりました。引き続きよろしく
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