63・ 出発再び
「おれは振られたってことかな、ラドビアス?」
「そのようですよ、クロード様」
クロードはその様子を見て、そうかと頭をかきながら二人に近づく。
「じゃあ二つ目は無しってことで、三つ目だな」
そう言いながら、アリスローザの胸元に手を伸ばすとペンダントを引きちぎって奪う。
「これは返してもらうよ」
「クロード?」
「おれはここに帰ってくる理由を作って置きたかった。でも、それはもう必要ないし、君にも必要ないみたいだからな」
アリスローザはモンド州のイーヴァルアイの城で見つけた手紙の事を思いだす。
「クロード、イーヴァルアイはあなたに手紙を残していたのよ。兄として、ユリウスとしてそのペンダントを送ると書いてあったわ」
「知ってる」
ペンダントに優しく触れながらクロードはアリスローザを見た。
「一度忘却術をかけに行った時、あそこへ戻ったからな。でも、あれが無くたっておれはユリウスを兄として愛しているし、彼の気持ちも知っていたよ。だから、このペンダントに他とは違う力があるだろうということも……使ったんだろう?」
――今のクロードは自分の見知っているクロードだわ。
「だから、貸してくれたの? クロード」
クロードはそれには応えず、後ろに控えていた従者を呼ぶ。
「ラドビアス、おまえの心残りも回収したし。――出発だ」
「そうですね」
「クロード!」
引き留めるように叫ぶクライブにクロードが背中を向けたまま言葉を返す。
「もうしばらくは戻らない。だからしっかり自分の国の手綱を握っておけよ。じゃ、行くよ。それとおまえのとこのダニアンって魔道師に言っておけ。何様か知らないがおれをもう呼びつけたりするなよ。それにおれは、王様なんてごめんだって」
剣で地面を突いて弾みを付けるとクロードは空高く飛び上がり、待たしていたアウントゥエンに跨る。
「帰ってこい、おまえを待っているよ。盤石な国にして。だから、帰って来い、クロード」
クライブの声に是とも否とも言えぬ笑顔で応じた少年は小さく魔獣に命を下す。 その後に従者の乗った魔獣も空に舞い上がり、主人に続く。
「おれの存在自体がもう、この国には脅威だな。力のありすぎる魔道師など、この国には要らない。おれは――一人きりだ」
「わたしがおりますよ。どこまでもご一緒いたします、クロード様」
「そうだったな。おれにはラドビアスがいるか。どこまでも一緒にいこう」
クロードの言葉にラドビアスは嬉しそうに微笑む。
――わたしこそ、クロードを離したくないと思っているのだ。 一人で生きていけないのは寧ろ、自分。 そして自分は、はるかにクロードより長生きしてしまう。 そんな事は阻止しなくてはならない。 己を殺して主人に仕えていると見せかけて、いつでも自分は自己愛に支配されている。
ラドビアスは前を行く自分の主人を見ながらため息をつく。
一方クロードは黙りこくって前方に視線を向けていた。
さっき自分の事を殊更、非人間的に見せようとしたのは思いを断ち切ろうと考えたからだ。 アリスローザの気持ち、いや俺の――方か。 向こうが引導を渡してくれないと自分からは出来ない。
おれは不甲斐ない奴なんだ。 今も自分が仕向けたくせに、こうやって自分を見る皆の顔に恐怖の色を見つけて傷ついているのだから。
しかし、こうやって退路を断たないとおれはここに居たくなってしまう。 見知っている国で、知っている人々の中に囲まれてぬくぬくと生きていきたくなる。
でも、それは許されない。 おれはユリウスを殺したんだから。
「クロード様?」
気遣わし気なラドビアスの声にクロードは後ろを振り返る。 そして、顔を向けた先の目の前に広がる景色を見た。
その途端、二年前も同じようにこうやって祖国を見たと思い出す。
あの時はすぐにでもベオークに行けると、あっという間に全てを終わらせて戻ってくると思っていた。 だが実際は大陸に渡って魔術の勉強と剣術、体術の修業に費やされていた。
ベオーク自治国は自分が思っているより遥かに遠かったのだ。
――さようなら、クライブ。 さようなら――アリスローザ。 おれ、君のことが好きだったんだ。 でも二年ぶりに会って君は大人に……大人の女性になっていた。 おれは変わらない。 前のままだ。 釣り合わないよな。 君にはクライブがいい。
おれは――子どもなんだから。 このまま歳を取らない人外の者だ。
おれの心を引きとめていたもの全てに今、別れを告げよう。
クロードは、両頬を涙が伝うのをそのままに姿勢を前方に戻すとアウントゥエンに命じる。
「行け!」
空を見上げるクライブとアリスローザの視線の先から二つの異形の物は瞬く間にその姿を消した。