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60・ 見上げた空

「来ていただけたらいいんですがね」

 ダニアンが、もう少し待って事態がどう動くかを見極めて立ち去ろうと考えていた丁度その時。


「手が掛かるな、クライブ」

 あまりにも懐かしい声にアリスローザは即座に顔を上げる。 見上げた空に浮かぶ二つの物体。

 一つは、暗赤色の動物。 地上にいるものとはまるで大きさが違うが、姿は狼だ。 しかし、その狼の背で羽ばたいているのは大きな翼。 そして背に跨っているのは少年か、少女か。 いずれにしてもまだ、十四、五歳くらいか。 茶色の何の変哲も無い上着にぴったりとした乗馬ズボン姿、膝までのブーツを履いている。

「下に降りますか」

 そう、言ったのは狼に乗った少年の横にぴったりと付けた様にいる、黒いドラゴンに似た動物にまたがった青年。 黒い丈の長い上着に細めのズボン、少年同様のブーツ姿。

「先におまえだけ行ってくれ。おれはやることがある」

「わかりました」

 少年は従者らしい男の返事にうなずくと、空高く狼を向かわせる。 手綱を持っているわけでもないのにその狼は彼の意のままに動くようだった。

 彼が体をぐっと回した拍子に長い髪が流れるように大きく揺れて広がる。 銀色に近い金色の髪が陽の光を受けて銀の粒子をふりまいたように輝く。



 主人が離れたのを確認して従者の男は自分が乗っているドラゴン似の物に命じる。

「サウンティトゥーダ、降りよ」

 サウンティトゥーダと呼ばれた生き物は無言のまま、静かに地面に降り立つ。

 その大きな異形の物に恐れをなして、兵士はわらわらと逃げていく。

「クライブ様、お久しぶりでございます」

 その異形の物からひらりと降りた男が、兵士に置いていかれたクライブに顔を向けると普通に挨拶をして彼の縄に手をかける。

『解』

 その声で縄ははらりとその場に落ちる。 あとの者の縄はサウンティトゥーダが器用に長い口を開けて牙で切っていく。

「ラドビアス、来てくれたのか」

 はい、と笑顔を向ける長身痩躯の男はがらりとその表情を変える。 反対側に陣取っている魔道師を見る冷めた目。

「これは、どういうことだ? コーラル。それと――誰だったか。そう、マルトと言ったか」

「うるさい! 余はレイモンドールの王となったのだ。国を捨てて、出て行ったくせに今さら何を言ってる」

 コーラルの言葉にラドビアスと呼ばれた男は、笑いをかみ殺すように口に手を当ててうつむく。

「何がおかしい。余は正当なレイモンドール王の血筋なのだ。魔道によって安寧あんねいを誇っていた頃のように余が導くつもりだ」

「その言い方、全然さまになってないな。おやめなさい、おまえに王は務まらない。自分の身の丈を知る事もできないとは哀れなことだ、コーラル」

「ぶ、無礼者!」

 あまりの怒りに口をわなわなと振るわせて印を組もうとしたコーラルに向けてラドビアスが懐から出した短剣を投げる。

「ううっ」

 コーラルの右手首に目標を過たず、ざくりと突き刺さる短剣。

「だからお止めなさいと言っているんですよ。おまえが術でわたしに何か出来るなどと思っている事からが間違いなんです。おまえとわたしでは魔道師としての格が違いますから。だから術なんて使う気も起きない」

「コーラル様、大丈夫ですか」

 マルトが走りよってコーラルの手首から短剣を慎重に引き抜くと、遠巻きにしている兵に命を出す。

「矢を放て! 国王陛下に反するものを捕らえて殺すのだ」

 その声に弓矢を持った兵が前に出て、ラドビアスと背中合わせに立つクライブに狙いを定める。

 放てという声に矢が雨のように彼に降り注ぎ、アリスローザから悲鳴が上がる。

「止めて!」

 その声に答えたものか矢は彼らの体の一歩手前で止まり、燃え尽きていく。

 マルトが引きつった顔でラドビアスを見ると、彼は印を組んでにっこりと笑っていた。

「何度言えばいいんですか。言ってわからない子にはお仕置きですよ」

 次の瞬間にはマルトの目の前にラドビアスが飛び込んでいる。 他者の目が追いつくより早く、いつの間にか持っていた短剣で深く真横に切り裂かれる彼の首。

 血を噴出して倒れる男を放してラドビアスは瞬きする事も忘れている、コーラルの方へ向く。

「おまえもお仕置きが必要かな」

 腰くだけになって後ずさるのを上着の裾を踏んで止める。

 それに小さくくそっという声。 が、次に出るのは命乞いの言葉。

「お助けください。ラドビアス様、どうかお慈悲を」



 そこへ、宙に狼を飛ばしたまま、戻って来た少年が軽業師のごとく目の前に飛び降りると自分の従者に文句を言う。

「何だ、楽しそうだな。おれのいない間に一人で楽しむなんてずるいぞ、ラドビアス」

「何を仰います。一人にしたのはクロード様じゃありませんか。いい所は取ってありますから。どうぞ、ご自由になさいませ」

「ふーん」


 値踏みするように地面に這いつくばっているコーラルを眺めている少年にアリスローザは寒気を感じた ――この冷酷な眼つきの少年があの、クロードだというの?


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