59・ 震える手
「おまえ」
コーラル他、まわりの人間全ての目がステファンに注がれている。 瓜二つの顔。まさかという思い。 しかしなかなか誰も、その考えを口にできない。
「ここにいる、ステファンは、捜されていた、陛下のお子様です」
その時、開いている扉から入って来た魔道師が淡々と言う。
「母親は、ボルチモア州の姫、リディア・ミゼル・ヴァン・ドミニク様でいらっしゃいます」
「ダニアン、おまえ余計な事を」
殴りかかろうとするステファンは、兵士に押さえ込まれる。 そこへしゃがみ込む魔道師。
「いずれはばれますよ。この際、父上と存分にお話をされますように。ステファン様」
睨み付けたステファンの懐に滑り込む短剣。 はっと顔を上げると魔道師はすでに背中を向けていた。
「おまえがそうだったのか。捜していたぞ、ステファンというのか」
親しげに呼ぶコーラルにステファンは精一杯の笑顔を向けた。
「ぼくも会いたかったですよ……父上」
「ステファン様、こちらへ」
マルトが慌てて拘束していた、兵士を下がらせてステファンを部屋から連れだす。
「お祝いの口上が終わるまで、こちらに待機していてくださいませ」
ざわついた玉座の間にやっと静けさが戻った頃、何も無かったように貴族の祝いの口上が続けられる。
だが、流石に祝賀の宴は明日に延ばされる事になった。 代わりに主城を離れた小宮の前庭に引き出されたのは。
クライブとハーコート。 そしてアリスローザとダリウス。 モンド州の州兵も武器類を没収されて一箇所に集められている。
そこに現れた、コーラルとマルト。 その斜め後ろにいたのは、コーラルにそっくりな彼の後継者。
「おまえたちはここで処刑してやる。余の目前で死ねるのを光栄と思うのだな」
「余? コーラル、おまえは勘違いしている。クライブ様は良い王になられる。長い目で見て差し上げるべきだ」
「何を言っているのかね、兄上」
コーラルは呆れたようにハーコートを見る。
「余がクライブの成長を待ちきれずに王の座を望んだと? まったく、甘いな、甘すぎる。だから一介の魔道師なんかに騙されるのだ。別にだれが王になろうと関係ない。余が引きずり降ろすだけだからな」
嬉々としてしゃべるコーラルの背後から短剣を持ったステファンが飛び込むように駆け寄る。
「コーラル! おまえ、どこまで腐ってやがる」
「矢を!」
叫ぶマルトに応えて構えていた兵の一人が矢を放ち、ステファンの横腹に刺さる。 がたりと落とした短剣を掴んだマルトが背中から切りつける。
「やめろ、マルト」
コーラルが止めたが、マルトの手は止まらない。 何度も赤い鮮血があたりに散る。
「この者はコーラル様を殺そうとしたのですよ」
「ステファンは……余の子どもだぞ、マルト」
「もう、助からないかもしれませんね」
冷たく言うマルトにコーラルは、急いで倒れている息子を助け起こす。
「誰か、医者だ! ステファンを運べ」
体から流れているのは、自分の血だろうか。 どんどん冷えていく体。
――誰か、助けてくれ。
何をこんなに慌てているのかが、コーラルには自分でも分からなかった。
しかし、分かっているのはステファンをこのまま死なせてはいけない、という事。
利用価値がある、そうだ。 この男には――。
それだけの事――のはず。
青い顔で運ばれる自分の息子を見送りながらコーラルは両手の振るえが止まらなかった。
死んでしまったら。 自分の息子が。 そんなばかな。
「ははあ、こうなっちゃいましたか。思うようにはいかないものですよ」
一部始終を見ていた魔道師が残念そうにつぶやく。
そしてダニアンは頭を上げると、しばらく空を見ていた。