58・ 人選の誤り
大勢がどっと屋敷になだれ込み、短槍を繰り出してくる。 押さえ込んでしまおうと考えているのだろうが、屋外ならともかく室内ではその人数が仇になっている。
待ち構えるように、クライブとハーコート、アリスローザが次々と槍を振りまわすことの出来ない兵士たちに斬りかかって倒していく。 次々と倒れる兵士によってなおも捕縛など困難になっている。
累々と重なる兵士たちの悲鳴と新たに入って来る者の威嚇の大声。 その中で休むことなく敵を切り結んでいく三人。
『縛せよ!』
そこへ平たい声が響き、時が止まったようにそこに居た全員の動きが止まる。
目だけしか動かせない、アリスローザの前に歩いていく一人の男。
「よくやった、ダニアン」
玄関からまた一人。
「マルト様」
マルトに浅く礼を取るのは――仲間だと思っていた魔道師。
「おまえ達、早くこの者どもを捕縛しろ」
連れている兵士は中級か、下級の者ばかりでたいしたことでは無いように装っているが、マルトがわざわざ出張っているだけでもこの捕縛がいかに大事かを表していた。
『解!』
印を組んで術を解いた途端に拘束されたアリスローザが噛み付くように叫ぶ。
「ここにいるのは、クライブ様と宰相のハーコート様よ。何を考えているのよ」
「何を言っているのだ、この者は?」
マルトはちらりと冷たい視線を送る。
「クライブ様なら主城で大事に静養されているし、ハーコート様ならボルチモア州で非業の死を遂げられたはずではないか」
マルトの口に上る笑みを見て自分たちはこのまま、身分を伏せられて処刑されるとアリスローザは確信した。
後ろ手に縛られた三人は、引きずられるように歩かされる。
まだ、何とか手はあるはず。 ダリウス様にこの事を知らせないと。
そこまで考えてアリスローザは愕然とする。 自分たちの計画の鍵はあの魔道師が握っているのだ。 ――これで終わりなのか。
締め付けられるような思いで後ろを振り返ると、ダニアンは無表情にこちらを見ていた。
いつから裏切っていたのか。
やはり、魔道師など信用できない――今更そう分かっても遅い。
「ごめんなさい、ウイリアム」
彼女の頬に流れるのは悔し涙。 人選を誤った自分の不甲斐なさへの涙だった。
「おまえも来るのだ、ダニアン」
マルトの高圧的な言葉に中年の魔道師はゆっくりと首を振る。
「いえ、あたしは小宮に行きます」
「何?」
むっとした顔のマルトに向けてダニアンは澄まして言う。
「あたしがモンド州公になられるダリウス様にお会いしに行かないと、お困りになるのはそちらでしょう? あたしがお膳立てしたんですから。あたしが行かないとダリウス様は普通に新王へのご挨拶に伺うだけ……ですけど。いいのですか」
すぐにでも反逆罪の罪を被せて捕らえようとしていたマルトも、それを聞いてしまうと手出しできない。
――まさか、それも見越していた?
マルトのきつい視線を平然と見返したダニアンは、前に見た時よりしょぼくれてはいなかった。 それは、自分の見方が変わったせいかもしれない。
「では、手筈通りにお願いしますよ、ダリウス様」
主城の中、魔道師から羊皮紙の巻物を受け取ったダリウスが慎重にそれを礼装の懐に隠す。 彼と別れたダニアンは、ステファンと共に歩き出した。
大勢の貴族が玉座の間に集まっている。 左右に分かれて控えている貴族たちの間に敷かれている見事なゴブラン織りの絨毯。 長い玉座への絨毯を進んでいくのは、モンド州の新しい州公になったダリウス。 新王への挨拶と自分の州公就任の挨拶。
各州を統べる貴族の中でもハーコート家は特別な扱いになる。 王の係累として、候爵、では無く公爵という地位的には王家の次の地位になる。
挨拶も臣下の中で一番初めという栄誉を与えられていた。
内心の緊張を顔に出さないように苦労しながらも、ダリウスはやや早足になることを押さえられなかった。
玉座の置かれている壇上は、一番近くに寄ったとしてもかなりの距離があるが。 周りには側づいているマルトしかいない。 王を弑いしようとするなら、やはりこの時をおいてはない。
指定された場所にひざまづいてダリウスは口上を述べ始める。
「この度、父の後継となり、モンド州の自治の任を拝命することになりました、ダリウス・ザクト・ヴァン・ハーコートでございます。コーラル国王陛下、ご就任お喜び申し上げます。魔道の光たる陛下の英々たる栄光の時が続きますように。臣下として心よりお仕え申し上げたく存知ます」
ついで、懐から出す、巻物。 そこへ、かかる声。
「それは、何かな? ハーコート公爵」
「こ、これは口上を書いた……」
「そうでは無いでしょう、公。それを見せていただきましょう」
マルトが楽しそうに壇上から降りて来た。
知られている?
巻物を持ったまま、ダリウスはその場から動けずにいた。
その手から巻物を奪って広げるマルトの顔色が変わる。
――これは物質移転の魔方陣。 だが、自分にも分からないほどの複雑な物。 またしても湧き上がる嫉妬の感情。
「これは、ただの書きつけではありませんよね」
振り返ってコーラルに合図すると、コーラルが玉座から立ち上がる。
「何をするつもりなのだ。祝いの品ではあるまい?」
「ハーコート公、あなたを王に対する逆臣の疑いにより拘束させていただきます」
マルトが手を打った途端、なだれ込む兵士たち。 明らかに待機させていたものだろう。
そこへ、縛られたステファンが連れてこられる。
「この者が控えの間に潜んでおりました」
「ステファン、おまえ一人か」
ダリウスの声に男はああ、と応える。
「あいつは……はげは裏切った」
ステファンの言葉にダリウスはがっくりとうな垂れた。 そういう事か。