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56・ 目にしみる青空

「悪いがアリスローザ、事はまだ終わっていない。ここで二人きりにしてやりたいがそれも出来ない」

 ハーコートが肩に手を置いたのを期にアリスローザは立ち上がる。 ここで悲観にくれていても誰も彼女を非難しないだろうが。 いや、いるのだ。 彼が、ウイリアムが怒るに決まっていた。

 何をやっているんだと。

 何のためにここまで来たのだと。 今度は見誤ることなくやりとげようと、言ってくれた彼が……怒るに決まっている。

 泣くのは事が成就してからでいい。 歯を食いしばってアリスローザは歩き出す。

 かたわらのステファンさえ、何も声をかけられなかった。

「ありがとう、ダニアン。帰るわ、クライブ様をお待たせしてるし」

 黙って印を組む魔道師の側にハーコートとアリスローザが寄る。

 戻って来たアリスローザは、憔悴しきっていてクライブは何があったのかと聞きたかった。 しかし、それを口にした途端、場の雰囲気が変わるのでは? という思いから言葉にできない。

「アリスローザ、あの」

 やっと声をかける。 どうしましたと寝台に寄って来た彼女の手におずおずと触れる。

「君に何かあったのか? とても……悲しそうだ」

 はっとした顔でアリスローザはクライブを見る。 こうやって、人の顔色を見ながらこの方は今まで生きてきたのだろうか。 この国の王だというのに。誰が一国の王位継承者がこんなに心優しい、まるで子どものような者だと思っているだろうか。

「申し訳ありません。お気遣いはどうか……」

 不覚にも流れる涙に彼女自身が驚く。

「ねえ、アリスローザ。君がわたしを支えてくれるというのなら、わたしも君の力になりたい。わたしなど何の力にもなりはしないだろうが。せめて、もし、悲しいのならがまんしないでくれ。泣いていいから」

 子どものように抱き寄せられてアリスローザは、堰を切ったようにクライブの胸に顔をうずめて大声で泣いた。

 さっき、あれほど泣いたというのに流れる涙は自分の血のようだった。 いっそ、体中の血が流れ出ていけばいいのに。 彼女の恋は成就する前にまたも消え去った。

 三ザンほど後、感情を全て出して泣いたせいか、ずきずきと頭が痛む。 収まった涙と、王に抱きついていた自分の行為に後悔しながらアリスローザは顔を上げる。

「クライブ様、わたし……」

 言葉は、口を押さえられて続かない。

「申し訳ございません、とか。ご無礼をお許しを、とか。そんな言葉は聞きたくない」

 クライブは強く言ってアリスローザを離す。

「そんな事を聞きたいために胸を貸したわけじゃない」

 傷ついた顔のクライブにアリスローザは、衣装箱からシャツを取り出す。

「では、着替えていただけます? 涙でぐしょぐしょですから」

「ああ」

 にこりと笑ってクライブはシャツを受け取った。



 サイトスの王城では、マルトが地下宮の警備長からクライブが居ないとの報告を受けていた。

「まさか、このようなことになるとは。ずっと寝たきりでしたのに。あの場所へは一箇所しか出入り口がないはずですが」

 二十四時間隙の無いように、あの場所に行く門を見張らしていたのにと警備長は首を捻る。

「内部の者が関わっているのかも知れんな」

「内部の者、ですか」

 たじろいで青黒くなった顔が、今度は白くなっていく警備長を横目で見ながらマルトは淡々と言う。

「鍵は壊されていたのではないのだろう? 出入り口も厳重に見張っていた。そんな所から、歩けないクライブ様を連れ出したというならそうとしか考えられない。では、ないか」

「さ、さようで」

「関わっていた者全員、手段を選ばず、話を聞くべきだな」

「手段を……選ばず、ですか」

 そう言ったが? と冷たい目を向けられて、警備長は慌てて礼を取ると部屋を出て行く。 それを見送ったマルトは上着のポケットをさぐる。 中から小さな鳴き声。

 そして、見える白い小さな姿。

「ふん、ダニアンめ。小ざかしい奴。どういうつもりだ」

 手の中にねずみを閉じ込めて少し力を入れると、ねずみは小さく声を上げてくたりと大人しくなった。

 ――あいつも、このねずみのようにしてやる。 マルトは苦々しく思った。 ダニアンが送ったねずみによってクライブの居所はすでにつかんでいたのだ。しかし、マルトの苛立ちは収まらない。 自分が超えられない力を持った冴えない魔道師。 そのために警備の者たちの拷問を命じたのだ。 彼らは、ダニアンの代わりだ。 せいぜい苦しむがいい。

 そして、ダニアンを知らぬふりをして捕まえて殺してやる。 ガリオール様に認められなかったのはあいつのせい、なのだから。

 ――明日、いや、いっそ即位式の前日に捕らえてやろうか。 王への反逆を企てたとして、即位式の場へ引き出すことにしよう。 にんまりと笑いながらマルトはもう一度手の中を見下ろした。


 小宮の裏庭で薄い紫の煙が長く尾を引くように昇っていく。 魔道師が敷いた結界の中。

 魔方陣の上にある、黒い塊り。 それは、ぐずぐずと崩れて小さいちりのようになる。

 紫の煙に混じって上っていき――後は何も残らなかった。

「すみましたよ」

 魔道師の声に、二人の男が何も無い、魔方陣を見つめ、空を見上げた。

「行ってしまったな」

「ここに、僕のここにあいつは、ウイリアムはいますよ」

 胸を押さえるステファンにハーコートもそうだな、と自分の胸を押さえる。

 痛いほどの青空。 目にしみるほど――だ。


 最後まで何人残っていられるのか。 一人を失っただけでこんなにもつらく悲しい。

 人の命の儚さ。 失うつらさを改めて思い知る二人だった。


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