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55・ 最後のお別れ

 アリスローザが出ると、廊下にはハーコートが難しい顔で立っていた。 その横にいたのは。

「ダニアン? どうしてここに?」

「ここでは話せない。わたしの部屋に来て欲しい」

 硬い表情のハーコートと伏目がちな魔道師を交互に見ながら嫌な予感をアリスローザは感じていた。

「一体、どうしました?」

 恐る恐る聞く、アリスローザにハーコートは低く応える。

「ウイリアムが亡くなった」

「誰が……亡くなったと、ウイリアムって聞こえたのですけど」

 口に出している声が自分の声だとは思えない。

 目の前で痛ましそうな顔をしているのはなぜ?

 何で、ダニアンは顔を逸らしているの?

 誰が……亡くなったって言った?

 恐ろしいほど、自分の心臓の音が大きい。 どうして? なぜ? それだけが頭の中をぐるぐると回って。

「アリスローザ様、魔道師の仕業だと思われますが。我らが部屋に入った時には、ウイリアムは絶命しておりました」

「どうして、その時いなかったのに魔道師の仕業だとわかるのよ」

 つい、ダニアンに向かっていらいらと声を荒げてしまう。

「ウイリアムは魔方陣の中に寝かされておりましたので。犯人は外国の、ハオタイの魔道師だと思われます。魔方陣が東方の特徴的な様式でして、しかもレーン文字は使われておりませんから」

 ――ハオタイの魔道師がなぜ、ここにいるの? そんな事より。

「なぜ、ウイリアムが殺されたの?」

「推測するしかございませんが。体の一部が無くなっておりますので。下半身を奪われた可能性があります」

「ダニアン、お願い。ウイリアムの所に連れて行って」

 縋るように手を伸ばしたアリスローザを避けて、魔道師は目を伏せる。

「お止めになった方がよろしいです。ウイリアムは魔術の結界を張った中で荼毘だびにふする所存でございます。彼の体は呪がかけられておりますので、そのまま埋葬は出来ません」

 小さいながら、きっぱりとアリスローザの願いを拒否する魔道師。

「良いから、わたしを連れて行きなさい! ダニアン、早く」

 魔道師の胸倉を掴んでアリスローザが右手を大きく振り上げる。 しかし、その手をハーコートが素早く押さえて止めた。

「魔道師にあたっても仕方ないだろう、アリスローザ。ダニアンは知らせに来ただけだ」

「分かっています! だけど、会いたいんです。お願いです」

 ハーコートは、問うようにダニアンを見る。

「お二人とも、あれをご覧になってないから」

 魔道師は息を吐く。

「いいですよ。それなら魔方陣でここから参りましょう。だが、いいですか、彼は。ウイリアムを荼毘にふすることは譲れませんからね」

 うなづく二人の目の前に魔方陣を描いていく手際の良さ。 この魔道師はその手で残虐に人を殺した事があるのだろうか。 今までと違う目線で彼を見ているアリスローザだった。

 ひんやりとした、薄暗い廊下の一角に出たアリスローザは確かめるように魔道師を見る。

「ここなの?」

「さようでございます」

 躊躇ためらい勝ちに扉を開ける。 最初に見えたのは奥の大きな寝台。 そこに佇む若い男の姿。

「アリスローザ、何でここに」

 非難めいた眼差しを受けて、魔道師がぶつくさと言う。

「どうしてもお会いになると仰るのを押さえるなんてあたしには出来ませんよ」

「ステファン、わたし……」

「アリスローザ、君には見せたくなかった」

 そう、言いながらもステファンは寝台から外れてアリスローザの手を取った。

「さあ、最後のお別れを」

 来ると駄々をこねたのは自分のはずなのに、足がすくんで前に出ない。 本当にわたしは、ウイリアムを見たいのか。 確認したいのか――何を? 何をって……。

 押し出されるようにして寝台の前に立ったアリスローザの目の映ったのは。


 血の気が全く無い透き通るようなウイリアムの顔。 いつもあんなに血色が良かったのに。


 いつも笑ったり、怒ったり、忙しそうに動いていた口元は微かに歪んで。

 いつも乱れていた、レンガ色の髪は今は綺麗に梳かしつけられている。

 そして、掛け布の上で組まれている長い指。ごつごつした武骨な大きな手。

 その指がわたしの髪に差し入れられて――あの、少し厚めの唇がわたしに触れて。



 今までの事が急に溢れるように思い出されてアリスローザは口を覆う。

 ――わたし、彼を――。

 その後はもう、言葉にならない。 すがり付いて泣き出した彼女の涙はしばらく止まらなかった。


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