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54・ 大きな責任

 しかし、他の者にはこんな姿を見せてはならない。王は内面の葛藤かっとうなど臣下に悟られてはならないのだ。毅然として超然。そうでなければ、誰もついていかない。

 レイモンドールの王はかつて、神のように人で無いとさえ思われていた。魔道の加護を受けて歳を取らない。魔道師が実権を握っていようと他の者には揺らぎの無い施政を行う者として君臨出来ていたのだ。

 今はそんな後ろ盾も無く、国は混乱している。大変な時に王位を継いだものだが、ここは腹を据えてもらわないといけない。

 飲み干した杯をアリスローザに差し出してクライブは、ハーコートにまた寝台に寝かされて目を閉じた。

 それからどれくらい眠ったのだろうか。

 その眠りは今までの浅い淀んだものでは無く、夢も見ないほどの深い眠りだった。目を覚ましたクライブが顔を傾けると椅子に腰掛けてうとうとしている若者の姿が目に入る。黄みの強い豪華な金髪。少し上を向いている鼻。薄い桃色の唇は少し開いている。

 そこで思い出した。この若者は明るい晴れた空のような瞳の女性だった。しかし、口から出てきたのはいつもクライブの周りにいる女性とは違い厳しい言葉だ。

 だが、この者の言うことは正しい。今まで甘やかされ、自分も甘えていた。王座を望み、王座を継いだ、その瞬間から自分は変わらなくてはならなかったのだ。

 分かっていたけど認めたくなかった。その茨の道に進むのが怖かったから。

 クロードの事を愛していると同時に憎み、嫉み、全てをクロードのせいにして内側に閉じこもっていた。そのことから逃げられないのだと覚悟を迫っている目の前の女性をクライブはしっかりと見つめた。

 その、視線に起こされたようにアリスローザが目を覚ます。

「あら、目を覚まされていたんですか。申し訳ありません、何か召し上がりますか?」

「いや、さっきの薬のせいで胃が痛む。何も要らない。それより、さっき、ボルチモアとか言っていたが。あのボルチモアの事か」

 クライブの問いに目の前の女性は頷いた。

「ええ、そうです。反逆罪で死刑になったのは、わたしの父です。わたしも捕らえられたのですがクロードに助けられて、スノーフォーク家にお預けの身になってました」

「クロード?」

 またもうなずく女性にクライブはただの知り合いではないのかと気付く。クロードの名前をいうときの彼女は意識していないだろうけど浮かべている表情がとても優しい。またも嫉妬の感情に支配されそうになって、クライブは話を逸らした。

「そうか、君はそれで何で今ここにいるのだ。どうして女の身でありながら、そのような格好をしている?」

「それは――」

 そこまで言って、アリスローザはさっと佇まいを直した。

「クライブ様、わたし申し訳ないことをいたしました。高貴な御身に手をかけるなんて」

「いや、いい。誰もあんな風にわたしを怒ってくれる者はいなかった。実はとても嬉しかった。あの後、何を言うつもりだった?」

 にこりと笑うクライブに、アリスローザも苦笑いで応えるしかない。あんな風に王に手を挙げるものなど、いるわけが無いのは事実だ。

「あのときは、頭に血が上ってしまって……クライブ様の心の内など考えもしないで、好き勝手な事を言ってしまいました。でも、クライブ様。言った事は良くお考えになって欲しいのです。

 良い暮らしが出来る、人々が畏敬いけいの念で貴方様を見る眼差しには大きな責任が背後にあります。空威張りでも、何でも王は偉そうにしておられないと国民は不安です。偉そうに臣下に命を下す。その内容が国のためなら。民のためなら。それに不満を持つものなど取るに足りないとわたしは思います」

 話しているうちに熱くなったアリスローザは思わず、クライブの手を握る。

「ハーコート様の話をお聞きになってください。厳しい声をお聞きください。甘言を持って取り入ろうとする者こそ排するべき者です」

「王は誰にも頼れない――と、言う事か」

「クライブ様、厳しい事を言う者こそ、貴方様の事を考えている者です。まずはハーコート公を信頼し、彼の勧める人選にまかせてみてはどうです?」

「そう……だな」

 そう、言いながらも自分の手を握っているアリスローザの手からクライブは視線を外すことが出来ない。

 君はどうなのかと聞きたかった。どんな理由でここにいるのか。自分をを支えてはくれないのか。そう聞きたい。

 会ったばかりなのにもう、好意を抱いているクライブだった。それは、こんなに気安く他人の女性に触れられた事など無かったせいかからか。クロードとどんな関係だったのかが気になるも。なかなか彼の口からは出ていかなかった。

「わたしは、クライブ様に期待しているんです。魔道師から実権を取り戻したレイモンドール国の王としての貴方様に。そのためにわたしたちは、ここに来たのですから」

 自分の気持ちを臆することなく、口にする。そんな相手に会うのは、本当に久しぶりだった。自分の懐に何をまとうことなく入って来る言葉なんて王になってから、いや、生まれてからクロードに会うまで無かったことだと思う。もうそんな事は無いと諦めていた。

「アリスローザ、君はわたしを支えてくれるのか」

「クライブ様、勿論……」

 やっと口にした言葉に対する、答えは大きく開けられた扉の音に消された。

「何だ?」

「アリスローザ、ちょっと」

 大きく扉を開けた割には、顔を出したハーコートは急に声をひそめて彼女を手招く。

「申し訳ありません、少し失礼します」

 立ち上がった彼女を引き留めたい思いについ捕らわれて、クライブは代わりに両手を強く握った。

 こちらを見ることも無く閉められた戸をクライブはしばらく所在無く見つめていた。


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