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53・ 王の気概

 無事クライブを救出したアリスローザ達は、ダニアンの術で宿にしている商館に戻る。

 今だ彼は意識の無い青い顔をしているが、呪香の影響から抜けたためか微かに血の色が戻ってきていた。

「意識が戻ったら、この薬湯を飲ませてください」

 ダニアンが黒い液体を杯にたっぷりと入れて部屋に入って来た。

 傍らについていたハーコートとアリスローザがその得体の知れない液体の匂いに眉をひそめる。

「何? 気味が悪いわ」

「何を言ってるんです。あたしの見たところ、呪香以外に魔薬を飲まされていた兆候があります。その、解毒剤ですよ」

「何が入ってるの?」

 アリスローザの問いに魔道師は片眉を上げた。

「世の中、知らないほうがいい物もありますよ。アリスローザ様」

「どういうことだ、ダニアン。クライブ様のお体に障りがあるのか」

 ハーコートの言葉に魔道師は仕方無く応える。

「体に悪いかと聞かれれば、あまり良いとは思いませんが。体に魔薬がある方が悪いとあたしは思いますよ。しかし、これの材料については詮索しない方が貴方様のためです。聞いただけで吐きそうになる事請け合いですから」

 魔道師はそれだけ言うと頼みますねと部屋を出て行った。

 それから一刻ほど経った頃、クライブの顔が苦痛に歪んで声が上がる。

「――嫌だ。クロード、行くな」

 その名前にアリスローザは、はっとしてクライブに駆け寄ると宙に伸ばされる腕が何かを捜して彷徨う。その光景に堪らずその腕を握って降ろすと険しい表情が緩んだ。

 クライブは、うっすらと目を開ける。

「クロード……帰ってきたのか」

 その青い、湖の底のような瞳はクロードと同じだった。しかし、その瞳の中に失望の色が広がる。

「クロード……じゃない。誰?」

「クライブ様、わたしは元ボルチモア州の州姫でアリスローザと言います」

「アリス……ローザ?」

 反応が薄いクライブに横からハーコートが声をかける。

「クライブ様、お気づきになられましたか」

 その声にクライブの顔に笑みが浮かんだ。

「ハーコート公」

「良くご無事で。わたしはもう、二度とお側を離れません。こんな危険な目にも合わせません」

 力強く言うハーコートの言葉にクライブは頷いた痕、ぎゅっと目を閉じる。

「すまない、ハーコート公。わたしは逃げていた。政務から、そして、あなたからも」

「クライブ様」

 うつ伏せになって泣き始めたクライブにハーコートはかける言葉を失った。こんなにも自分は追い込んでしまっていたのか。こんな若い肩に全てを押し付けて。相手がまだ十代の若者だと充分知っていたつもりだったのに、いつからか王という名前にそのことを見失っていた。

 黙りこむハーコートを押しのけるように手が伸ばされる。

「クライブ様」

 呼びかけられて顔を斜めに上げたクライブの頬にアリスローザの平手が飛ぶ。「な、何をする?」

 叩かれた経験が無いクライブは心底驚いて体を起こした。

「あなたがご自分の事ばかり、可哀相だと泣いているからです。本当に可哀相なのはこの国の国民だわ。あなたは国王なのに、考えているのは自分の事ばかりなの?」

「アリスローザ、無礼だぞ」

 遠慮の無い彼女にハーコートが厳しくたしなめる。

「いいえ、クライブ様にはもう少し、王としての気概を持っていただなくては。自分の肩に重い物がのっている? そんなの当たり前よ、苦しくて、しんどくて当たり前なのよ。あなたは王なんだから。国のために国民のために考えて苦しんで。だから、わたし達は王を尊敬するのよ。王に夢を見るのよ。王のために命を投げ出そうとするのよ」

 立ち上がって大声を張り上げるアリスローザをクライブはただ、驚いて見ていた。

 今までこんなに頭から叱責された事など経験が無かった。初めはその事に驚いていたが、次第に頭がはっきりしてくると男装の女性の言葉が身に染みてくる。

 今の事態を招いたのは自分が甘えていたせいだ。

「そうだな、わたしは甘えていたんだ。自分の若さに。経験の無さに……」

 ぐらりとする体を慌ててハーコートが支える。

「クライブ様まだお休みください」

「アリスローザ、それくらいにしなさい。クライブ様はお加減が良くないのだ。薬湯を持って来なさい」

 ハーコートの言葉に言い足りない様子のアリスローザも渋々、薬湯を取ってくると寝台に戻る。

「体に残っている、魔薬を排する解毒剤です」

 ハーコートの説明に大人しく杯を持っていき、顔をしかめながらもクライブは飲み干す。それを見てアリスローザは急速に頭が冷えてきた。

 ああ、この人は素直な人なんだと思う。叔父に陥れられたすぐ後に、またこうして中身が何かも分からない飲み物を飲むくらいだ。

 誰かがしっかりとついていなくてはならない、そう思わせるクライブにアリスローザは危うさを感じた。


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