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49・ 招かれざる客

 ダリウス達がいる小宮の各部屋にある小さなバルコニー。そこに立つウイリアムの頭を占めていたのは、アリスローザの事だ。

 ――あいつは成功したろうか。

 自分が一緒に居てやりたい、そんな事ばかり考えてしまう。

 自分の思いを打ち明けて、口付けたあの日。

 それに答えてくれただろう、アリスローザの言葉。そして唇の感触を思い出して自分の唇を指でなぞった。

 どんなに、嬉しかったか。

 どれほど離したくなかったか。自分の存在のすべてだと思った。トラシュのためにという気持ちだけだった頃はこんな気持ちになるなんて思いもしなかった。明日を語りたい。未来を一緒に過ごしたい。

 これからの二人を考えたい。



 

「やあ、お茶を一杯もらえないかな。のどが渇いてさ」

 その自分の思いの中に埋没していた、ウイリアムはいきなり一人だと思っていた部屋の中からの声に驚いて振り返る。

 そこには、東方の顔を持った男が大事そうに大きな物を抱えて立っていた。その荷物は、そのままやり過ごせないほどの違和感を抱かせる物だった。

 男が抱えていたのは、自分と同じくらいの男だ。だが彼には、あるはずの物が無い。

 それは体の半分だ。腹部から下の部位がまったくないのだ。剣ですっぱり着ている物ごと斬られたかのように。しかも、さっきの呑気な声はこの男のものらしい。

「驚かしましたか、すみませんね。主人がどうしてもあなたが良いって言うんでね」

 穏やかに言う、男を抱えた者の言葉。しかし、ウイリアムには意味などさっぱり分からない。

 ――おれが良いって、どういう事だ?

「何だ? 部屋を間違えたのなら……」

「間違えようはずは無いよ、ウィル」

 自分の愛称を呼ばれた事にウイリアムの口は開けたままになる。

 ――何でおれをウィルと呼ぶのだ、この男は。

 そこで、抱かれている男が顔を上げ、その顔を見たウイリアムは驚愕のために床に座り込む。

 その顔は紛れも無いおれの、おれの大事な――。

「……トラシュ」

「そうだよ、会いたかったよウィル。わたしを助けてくれ」

 ――そんなはずは無い。だが、この顔は、この声は、ウィルという名前を呼ぶのは、おれのトラシュじゃないのか。

 麻痺したように、体に力が入らないウイリアムの目から一筋涙が流れる。

「それは何の涙? わたしがむざむざ殺されるのを知りもしなかった後悔の涙? それとも地獄から舞い戻ったのを喜んでくれる涙かな」

 トラシュの声で紡がれる言葉の残酷さにウイリアムはうなだれる。それを楽しそうに見るトラシュは堪えきれずに笑い出した。

「ああ、だから一度痛い目に会った人間をからかうのは止められないんだ。どうだ、インダラ、わたしの言った通りだろ」

「本当にあなた様も遊びが過ぎる。ご自分の状況を考えてくださいよ。笑い事じゃないですよ。体が半分無いんですから。お茶なんて飲めるわけが無いでしょ」

 男はウイリアムのことなどいないように自分が抱えている男にがみがみと小言を聞かせた。

「おまえはトラシュじゃない。一体誰なんだ」

「ふーん、分からない? なら、これでどうかな」

 目の前で男は印を組んだ。途端に体の境界がぼやけて滲む。ようやくはっきりしてきた先に見えたのは――。

 顔に隙間が無いくらいにある皺。垂れた瞼の下にあるやぶ睨みの目。長く伸びて絡んだように床に垂れる髭。

「導師……さま」

「そうそう、おまえの飼い主はわたしに良く懐いて可愛かったな。だから最後は体を使わせてもらったよ。ああ、これは言葉のあやだけど。体の見た目と記憶、いただいたのはね」

 にやりと笑った顔がまたもや戻って――今度の顔は。

「イーヴァルアイ?」

 その名前を聞いてウイリアムを見る目が細くなる。

「ははーん、わたしとイーヴァルアイを見間違えた? イーヴァルアイはわたしの妹だよ」

「妹? あいつは男だったはずだ」

 ウイリアムの言葉に男はくくっと笑う。

「そうだな、あんたの飼い主はイーヴァルアイを男として好きだったんだっけ? そりゃ悪かったな、勘違いで」

 そこまで言ってまた、声を上げてその男は笑った。

「教えてあげるよ。三年前のあの時の事を」


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