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48・ 地下宮へ

 サイトスに着いたダリウスは、父親らと別れ、術によって操られている使い魔が化けているマーガレットを連れて王城に入る。

 本当は、城下の貴族の城にでも居たかったのだが王の係累では仕方ない。普通なら城下に置かれる事こそ、怒ってしかるべきなのだ。

 同じ州を統治していると言っても、モンド州は特別だ。王の姻戚関係はサイトスの城内にある、小宮が当座の住まいとして用意されていた。

 そして、ダリウスにとって今の王コーラルは叔父にあたる。その上、妻は前国王の姉である。これはどうあっても城下に居を移すなど言えようはずもない。

「父上、それではここでお別れしますがくれぐれも自重なさってくださいね」

「そんな事はわかっておる」

 ハーコートの言葉になおもくれぐれもと重ねてダリウスは父親を見る。思いもよらず、自分の父親が向こう見ずな事を最近知ったダリウスは心配でならない。



 別に借りて用意させていた商館にアリスローザとハーコート、ダニアンが落ち着いている。

「いつ、クライブ様の所へ行くつもりだ」

「左様ですね。お疲れでないなら今晩にでも」

 ダニアンはハーコートに応えながらアリスローザを見る。

「夜でも地下宮からの出口はお分かりになりますか」

「たぶん。そこまでならね。そこからは分からないわ」

「ええ、充分ですよ。人目につくといけませんからね。それまで体をお休めください」

 結局寝られるはずも無く、部屋をうろうろとしていたアリスローザは戸を叩く音がまだ数も叩かないうちに戸を開ける。

「ああ、びっくりした。あれから扉に貼りついていたんじゃないでしょうね」

「気が気じゃ無くて貼りついていたのと同じようだったわ。ハーコート様は?」

「下でお待ちです」

 アリスローザは男装し、ハーコートも黒っぽい飾りの無い目立たない格好になっている。

「では参りましょうか」




 サイトスの城壁からわずかに外れた潅木がまばらに生えている雑木林。ばきばきと踏み込むたびに音が鳴り、口から声が漏れそうになる。

 傘がかかったようにぼやけて見える月は満月に近い。冷たい色で人間のする事を見ているような夜更け。

「たぶん、ここだわ」

 あのときは日中だった。しかもこんなに草木がぼうぼうと生えていなかったので心もとない言い方になる。

「これではないか。金属の板がある」

 ハーコートがアリスローザの立っている所から十歩ほど右の場所を指さす。

「ああ、たぶんそうですね。これでしょう」

 魔道師はしゃがみこんでそれに触れる。

「アリスローザ様こちらに」

 魔道師の側に彼女もしゃがみ込む。ダニアンはレーン文字を唱えながらアリスローザの額に触れると静かに目を閉じる。

 それからいくらもしないうちに彼は手を離した。

「分かったの?」

「ええ、たぶん」

 印を組ながらダニアンは金属板の模様を動かす。それは最後一片のパチリとかみ合う音と共にぎしりと動く。

「あたしが先に降りますからついて来てください」

 四角い穴を覗くと暗くてまるで井戸の底のようだ。先に何の躊躇いも無く降りていく魔道師の後を遅れないように続く。後ろを気にしながらハーコートも穴に降り、小さい足場を気にしつつ進む。

 ぼんやりとしか見えないのは、暗闇の中で光るのはダニアンの持つ灯りだけだからだ。

 前にある灯りだけを頼りに右へ左へと歩くうちにここが主城ならどこにあたるのかも分からなくなっていた。

「たぶん、ここでしょう。新しい足跡がいくつもあります。で、開けますか」

「開けてくれ」

 ハーコートの言葉に魔道師は印を組んで鍵に触れる。ばしりという光を伴った音とともに鍵は外れる。それを下に丁寧に置くと牢屋の戸を開けた。

 なだれ込むようにわれ先にと入るアリスローザとハーコートの前に一人の青年が寝台の上に寝かされていた。

 酷くやつれているその顔は、アリスローザの知っている顔と同じだ。しかし、アリスローザの記憶の中の顔とは少しづつ違う。顔の輪郭が、首から肩にかかる線が記憶よりも太く骨ばっている。

 髪の色は同じように。外にある輝いて冷涼な光を投げかけていた月に似た髪色。

 目はどうなのだろう。

 彼の瞳と同じなのだろうかと。駆け寄って揺り起こしたかった。そしてその目が開くのを見たい。そんな乱暴な欲求をすんでのところで理性が抑える。

「この香りは……いけませんね。呪香の影響を受けていると思われます」

 ダニアンが袖で口元を押さえながら後ろに向く。

「早く出ないとあたしたちもやられますよ」

「わたしがお連れしよう」

 ハーコートがあっさりと青年を担ぐ。

 牢獄の部屋を出るが廊下には誰もいない。これはどういうことか? 中にいる者が動かないと楽観しているためか。反対側からの襲撃など考えていないという事か。

 いずれにしても今はありがたく利用させてもらおう。

「さ、早く」

 ダニアンが灯りを持って来た道を引き返していくのを二人も追った。梯子のところでハーコートはクライブを背負う。その背中を押さえながらアリスローザも続く。一足先に上に上がったダニアンは自分の真上にかかった大きな影と音に驚いて天を仰ぐ。

「あ、あれは龍?」

 ここ、西域では見られないはずの龍という生き物だ。確かハオタイなど東域に住むという魔獣だが、めったに姿を現さないはずがどうしてこのレイモンドールにいるのか。

 低空で飛行するその魔獣はあっという間に主城の方へと姿を消した。

「どうしたの?」

 下からのアリスローザの声で我に返ったダニアンがハーコートに手を貸す。

「急ぎましょう。商家まで魔方陣で飛びます。このまま担いでいて誰かに見られると困りますから」

 そう言うとダニアンは地面に魔方陣を描いていく。このところ、何回も描いたお陰か、すらすらと手は淀みなく動いていく。しかし、あんな複雑な模様を数回描いただけで頭に入っていくこの男は、もしかしたら物凄く厄介な人物なのかもしれない。

 アリスローザは黙々と仕事を進めるダニアンを値踏みするように眺めた。しかし、見たところでこの中年の魔道師の考える事などうかがうことなどできはしない。

「おいでください。中に入ったら目を閉じて」

 全員の目が閉じられたのを確認してダニアンは懐から小さい羊皮紙を取り出す。今自分が出て来た穴へ印を組んで紙を落とす。それは小さい鳴き声を出すと二十日鼠の形を取って走り去った。

 ダニアンは何も言わず、金属の板を動かして穴を塞ぐと魔方陣に向かう。

 彼らの去った後に残された魔方陣を風が消し去るまでに誰かが来る可能性を魔道師は考えていなかったのだろうか。


 ――それとも?



 

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