44・ 魔道師の言葉
予定の宿場について宿に入る。
ステファンと同室にしたのは、さっきのダニアンとの話のせいか。一緒にいたところでどうするわけにもいかない。
ただ、心配なだけだ。
だが、本人が親を想う気持ちに誰が異を唱えることができるだろう。
「何見てんだよ、気味が悪いぞ」
「いや、ごめん」
「ごめん? 何を企んでんだ、おっさん。あんたが謝るなんて世界の終わりか、天変地異の前触れだぜ」
眉をひそめて寝台にステファンは寝転がる。
「おまえ、親父さんの事どう思ってる?」
返事の代わりにいきなり投げつけられるブーツをウイリアムは慌てて避けた。
「おい、危ないじゃないか」
「うるさい! ぼくの父親はもうこの世にいないんだ。どう、思ってるも何もぼくは親父を愛していたさ。死んじゃったけどな」
ぼくのせいで。ひっそりと続けてうつむく。
――あんなに良い人だったのに。ぼくと母さんがいなければ死ぬ事は無かったのだ。普通に日々の暮らしを送りながら……生きていけたのだ。
ぼくを宿したから――母さんは死んだ。
ぼくが誘ったから兄さんも――死んだ。
「コーラルはぼくが殺す。その対象でしかない。あんたが何心配してんのか知らないが。むしろ心配なのはあんたのほうじゃないのか」
「何でだ」
ウイリアムの問いにステファンは鼻を鳴らす。
「ふん、こういう時に女相手に好きだ、嫌いだとがんばってるからだよ。おっさん」
「うるさい、がき」
「がきで良かったよ。あんたも女の事ばかりに夢中になるなよ。迷惑だ」
ウイリアムの足元にあるブーツを拾って履くと、ステファンは部屋を大きな音を立てて出ていった。
「くそっ」
――あんな事を言うつもりは無かった。ウイリアムとアリスローザなら結構合うんじゃないかなんて思っていたのに。
自己嫌悪で落ち着かない気持ちを抱いて廊下にいたステファンは、外から入って来た魔道師と鉢合わせになる。思わずやつあたりしてしまう。
「どこ行ってたんだ、はげ」
いきなりの雑言に、魔道師は憮然として無視を決め込んで通りすぎようとするが。
「あんた、何してたんだよって聞いてんだけど」
重ねて聞かれて嫌そうに立ち止まった。
「すみませんが、何にお腹立ちか知りませんけど。あたしにあたるのは筋違いという物です。風にあたってきただけですよ。何をもめてたんです? ウイリアムとですか」
「え?」
いきなり当てられてステファンは素直にうなずいてしまう。
「そんなことだと思いましたよ」
魔道師に心配げな表情が浮かぶ。
「彼はあなたが裏切るかもしれないと思っているんですよ。あたしにしたら彼のほうがよっぽど危ないと思いますが」
密やかに言う魔道師の言葉にステファンは眉を上げる。
「どういうことだよ」
「さあ、言葉の通りですが。ただこれは、廊下で話すことではありません。聞きたいのならあたしの部屋に来てください」
後ろを振り向かずに歩き出す魔道師の後をステファンはただ追いていくしかない。その先を聞かなくては収まらない。
――一体何をこの魔道師は言うつもりなんだ。
ばたりと閉められた戸に鍵をかけるとダニアンは椅子に腰掛けてステファンに対に置かれている椅子を手で示す。
「さっきの話だけど」
座ると同時に飛び出す声にダニアンはわかっている、というように手を少し上げる。
「ウイリアムがこの策謀に関わっている理由は何だと思いますか」
「三年前の義憤。それ以外に何がある?」
「いいえ、その通りですよ。それが問題です」
相手の思い通りの答えに魔道師の口元がにまりと上がる。
「コーラル様が王になった事で昔のご自分のやった事はなんだったんだろう。無駄だったのかと思ってらっしゃるわけですよ。それは、アリスローザ様も一緒ですが」
分かりきっている事をとうとうと喋る魔道師を、初めて見るようにステファンが眺める。
「だから、それがどうしたと……」
「コーラル様が還俗なさったらどうなんです。魔道師でなくなったら」
「魔道師でなくなったら……?」
「そうです。例えばクライブ様が本当に王の務めを果たせないお体だった場合はどうです」
畳み掛けるように言われる事に体の自由を奪われてステファンは身じろぎ一つできない。
そうだった場合、コーラルが王になることに何の支障も無い。
魔道師が王でない時にウイリアムやアリスローザ、ハーコート公、ダリウスらの反旗は降ろされるのだろうか。
正等な血ゆえに。
「ぼくは……違う。コーラルに遺恨があるのだから」
「だからですよ。サイトスへ行かれた時に良くご自分で確かめられる事が肝要だと思いますよ」
ダニアンは言いながら立ち上がって戸を開けた。
「さあ、出てってください。あたしは一人になりたいんです」
肩を落として出て行くステファンの後ろ姿を見送って。
「さて、次は」
そう呟く魔道師の面は凍った湖のような冷たさだった。
誰が言ったろうか。
魔道師は外見と内面が上位になるほど違う場合が多い――と言われている。