40・ 魔道師の格
その少し前、中年の魔道師が書机についていた。懐から出した、二枚の羊皮紙に細心の注意を払いつつ魔方陣を描いていく。空間移転の複雑な模様を描き、それに範字を入れ、レーン文字を書く。
一旦それを仕舞い、もうひとつの羊皮紙を広げる。
『アンズス、アンスル、オス』
印を組んでレーン文字を唱えるとそれは大型の猛禽類の姿に変わる。
竜道が使えなくなったこの国では魔導師は近距離なら羊皮紙に用件をかいて鳥に姿を変えて飛ばす方法を取る。だが、州を越えて目的地までとべる鳥を作ることができる魔道師など数えるほどだろう。しかも彼の使う鳥は書を運ぶ以外に擬態して主の言葉を伝え、行動する。
次位の魔道師でこんな高度な術を使いこなすのはダニアンだけだろう。その能力は竜印を受けていた高位の魔道師、コーラル以上かもしれなかった。
竜印を受けた魔道師には二種類ある。
王の半身は無条件に竜印を受ける事ができる。しかし、半身以外の道は厳しい。地方の廟から廟主の推薦を受け、上位の魔道師の厳しい試験に合格して。最後にはゴートの廟主ルークのめがねに適った者だけが魔道師長ガリオールの竜印を受けることが出来るのだ。
同じくらいの歳ならその腕は比べるべくもない。王の半身が力を持っているのはその後の長い年月によって会得していくからだ。
しかし、たくさんの魔道師の中から選抜された魔道師が生まれながらに竜印を刻印される運命の魔道師と同等なのか。
国を動かしていた二人が二人とも王の半身では無かった――事がすべてを物語っている。
小作農の子どもだったガリオール。
日雇いで日々をしのいでいた親の元にいたルーク。
才能は誰にでも等しく与えられているものでは残念ながら無い。
「こうなったら最後の手段」
猛禽類に書き連ねた書簡を持たせて長い呪文を唱える。
「無事に届けばいいが。もし、他人に渡ることになったら自ら消滅せよ」
こくりと首を下げたあと、その大型の鳥は大きく羽ばたいて開け放った窓から飛び立って行った。
「おい、飯だ魔道師」
外から若い男の声がした。
「はいはい、今行きます」
ダニアンはゆっくりと立ち上がって部屋を出た。
主城に戻ったダリウスは、いきなり大きな声に出迎えられて眉をひそめる。
「あなた、サイトスへわたくしを同行しないと伺いましたが。どういうことなのか、教えてくださいますでしょう?」
腰を手に当てて階段の上から見下ろす妻、マーガレットに大きくため息をつく。
そのまま自分の居室に戻ろうとする夫を追ってマーガレットがダリウスの腕を掴んだ。
「皆の前で無様なまねをするのをやめなさい。話があるなら部屋で聞こう」
いつものように淡々と言われてマーガレットは唇を噛む。
――いつもこの人はそうだ。わたくし一人が騒ぎ立てているのにいつも冷静に交わそうとするのだ。眉をひそめて。
部屋に入ると堪らず、大声を上げてしまう。
「わたくしはあなたの何なの? ダリウス。何かの原因で王座をコーラルに渡すのはわたくしの弟なのよ。どうしてサイトスに連れて行かないなどと言うの?」
「悪いが君にはここにいてもらわないと困る。この混乱が収まったらサイトスへ行く事に別にわたしは反対しない」
ダリウスは話を切り上げようと早口でそれを言うと扉に向かう。ところがその背中に思いも寄らず抱きついてきた妃に心底驚いたダリウスが首を捻って後ろを向く。
「ダリウス、あなた、危険な事をなさりにサイトスに行くのでしょう? わたくしに何も言わないけど、それくらい分かるわ。心配してるのが分からないの?」<
「心配? 君がわたしを」
「わ、わたくしがあなたを心配するのがそんなに変ですか。わたくしはあなたの妃です」
ダリウスが体を返して自分の妃と向かい合う。