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37・ 親子ごっこ

 ところが。

「ちっ、仕方ないな。時々来てやる。その代わりあんまりべたべたするなよ」

「はい、ありがとうございます。いつもそのお姿でおいでくださいませ。大人の姿に戻ってはだめですよ、ユリウス様。膝に乗せられませんからね」

 驚愕の表情を浮かべる従者の前で、大人しく婦人の膝にのせられているユリウスは自分から婦人の首に腕をからめた。

 それから度々彼女の所にユリウスは従者と共に現れた。特別何をするわけでも無かった。一緒に話をして子どもの代わりに抱きしめながら暖炉の前でくつろぐ。

 とっくに彼女は気づいていた。ユリウスが肉親の愛情に飢えていること。自分を通して彼はきっと彼の母親と過ごせなかった時間を取り戻そうとしているのだ。知らない振りをしながら彼女はそんなユリウスが可愛いとさえ思っていた。 だから思いっきり子ども扱いをしてあげたのだ。実際は自分より年上なんだと知ってはいたけれど。

 そして十年ほど経った頃、彼は一人の少年を連れて館に現れた。

「今日はラドビアスは一緒じゃないの? ユリウス」

 長い間にすっかり母親口調の公妃がユリウスに問う。

「ああ、ルイーズ。今日は弟のクロードを連れて来た。会うのは初めてだったか」

「今日は、おれのせいで城を追い出されているんでしょう? ごめんなさい」

 ユリウスの後ろからひょっこり体を出して素直に謝る少年の手を握って婦人はゆったりと笑う。

「あなたも大変な運命を背負っているんでしょう? お互い様だわ。ねえクロード、ユリウスのお兄さんぶりはどうなの?」

「お、お兄さんぶり?」

 隣で睨みをきかすユリウスの横でクロードはユリウスを呼び捨てにする豪胆な女性に圧倒された。

「ルイーズ、今日はお別れに来た。おまえはじき州城に帰れる」

 ユリウスは小さくそれだけ言って横を向く。

「どういう事です?」

「どういう事?」

 クロードと婦人の声が同時に重なるが、それにユリウスは答えない。

「何かあるのね、ユリウス。言いたくないのならわたしは聞かないわ。もう、会えないのかしら。寂しくなるわ」

 手を伸ばしてユリウスの体に腕を回すと彼の腕も自分に回わる。抱きしめられ、おでこに口付けられた。

「もう、親子ごっこは終わりだ。本物のところに帰れ、ルイーズ」

「ごっこでもあなたはわたしの可愛い息子だったわよ、ユリウス」

「……うん」

 目を丸くしているクロードを引きつれユリウスは帰って行った。その後いくらもせずに自分は州城に帰ったのだ。ところが、術をかけられたのか、誰もユリウスもクロードの事も覚えている者は城内にはいなかった。

 自分は病気療養のために他州に行っていた事になっていたのだ。

 彼女の話に納得してないような顔のハーコートとダリウスの横でアリスローザはなんだかほっとしている。クロードのことを知っている人がいたのだ。そして記憶を取り戻した者も。

 クロード、あなたを待っているのはわたしだけじゃないと声を大きくして教えたい。忘却術はユリウスことイーヴァルアイが死んで効果が薄れているのかもしれないとアリスローザは思った。





「クライブ陛下がコーラルに王位の移譲をなされるという知らせがサイトスからまいった。クライブ様の御身が心配だ」

 ハーコートの言葉に皆の顔色が変わる。

「でも、ぼくたちのやる事は変わらない、だろ? ダリウス様の州候就任の挨拶がコーラルの即位式に変わっただけだ」

 ステファンがそうだろう? と確認するかのように勢い込んで皆の顔を見渡す。

「だが、驚くほどの人数がサイトスに集まる。警備の兵だって自分の主人を守るために州軍の半分は連れていくのではないか。やりにくいのは本当だ」

 ウイリアムが天井を仰ぐ。

「奇襲しかありませんね。州候が新王にお祝いを述べる、その時しか機会はございません」

 物騒な発言の主は他ならぬ魔道師のダニアンだ。

「そうだな、それしか機会は無いだろう。玉座に進む時に武器は持つ事を許されていない。それをどうするか、それが問題だ」

 三年前の事を思い出してハーコートはため息をついた。

「それにクライブ様もお助けしなくては」

 アリスローザは心配げに呟く。自分がひっぱたくまで元気にしていてくれなくては困る。

「ひっぱたく?」

 ダニアンの問いに、いつの間にか口に出していたのかと何でもないと薄ら笑いでごまかした。



「ねえ、ステファン主城に送って行って」

 一同の緊張感をはらむ空気の一瞬の隙をついて繰り出されたエスペラントのおねだりにダリウスが困ったように父親を見た。

「エスペラント、今日はだめだ。大事な話がある」

 短く言うと、さすがのエスペラントも父親には逆らえないのか大人しくうなずく。

「わたしたちは主城に帰りますわ」

 夫人がエスペラントを伴って席を立つ。それを見送るように目を上げたステファンはエスペラントと目が合うがわざとらしく逸らせ、それに気づいてエスペラントはむうと口を膨らませた。


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