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34・ 王位の移譲

 それは主が亡くなってこの国の結界が消え、竜印を受けていた魔道師はまだ人としての寿命を残していたコーラル以外は消えてしまったからだ。

 自分が竜印を授かる事も最早無い。気を取り直してマルトは今の主人の言葉に注意を戻す。

「それはそうと陛下の御身を不埒(ふらち)な輩からお守りしなくてはならない。陛下には王位の移譲の書類にサイン頂き、指輪をお渡し頂いた後、地下宮にお移り頂く」

「地下宮ですか」

 そうだ、とうなづいてコーラルは重々しい顔を作ってみせる。

「サイトスで警備が一番厳重な場所だからな。明日、大臣級の貴族立会いの下クライブ陛下の御様子を見てもらう。そして」

 そこまで言ってもう我慢が出来なかったのか、コーラルは笑い声で続ける。

「王位をわたしに移譲するための会議を開催する」

 その時、上手くやって国務大臣に口火を切らせよう。正式な戴冠式は後回しだな。

 さて、レミントン将軍にはたっぷりと泥を被ってもらう事としよう。うれしそうなコーラルの顔にマルトはこっそり鼻を鳴らす。わたしの主人としてはこの男は役不足だが仕方が無い。

 この主人には人を惹き付ける魅力に乏しい。それは権力にあまりにも執着している様が浅ましいと感じられるせいか。

 ガリオールやルークなどに感じられた超然とした感じ。それは人としての寿命を越えて生きてきた者にしか無いものなのか。所詮、人は自分の欲望に必死で喰らい付こうとする者なのだ。

 それは、血の貴さとは関係無い。

 しかし、もう失ってしまったものをいつまでも欲しがっていても仕方ない。短い人としての一生を送るしか無くなった今は自分も貪欲に生きていくしかないのだ。

 マルトは魔道師の復権など頭から飛んでいるらしい自分の主人を冷めた目で追いながら思った。



「陛下、なんという……お姿に」

 国務大臣が呻くように呟く。

 にこにこと笑っているこの国の国王は誰の言葉も聞こえてはいない。

「今、ここでサインをなさったとしても、それが陛下のお心だとはわからないのでは?」

 財務長官がクライブにペンを持たせようとする国務大臣に向かって疑問を呈す。

「ですが、このままクライブ陛下に王の重責を果たすことが出来るとお思いですか。陛下のお血筋で残っているのはコーラル様だけです」

「そう、だった」

 部屋にいる者たちは一様に黙り込む。先ほど、元宰相であったハーコート公爵の死が公式に伝えられたばかりだった。

「コーラル様、王への就任お願いいたします。そのためには恐れ多い事ながら還俗してもらわなくてはなりません」

 その言葉にマルトははっとコーラルを見やる。それに対して、コーラルは表情を変えずに応えた。

「このような事になり、わたしが王位に就くことには異存がない。だが、わたしが還俗するのは少し待って欲しい」

「それはどういう?」

 柔らかな笑顔を向けてコーラルは続ける。

「わたしには血を分けた息子がいる」

 一瞬、皆の顔に疑問がのぼる。

「その者に後を継がせることにするため、還俗は必要ないと思う。しかしその所在がわからないのだよ」

「コーラル様、それはどういう事なのか。ご説明を」

 思わず、口を出したマルトにきつい視線を送った後、コーラルは書類に手を支えられて自分が何をしているのかも分からぬままサインをしている少年に目を移した。

「わたしは二十四歳の時に一時、魔道師の籍を離れてボルチモア州で普通の生活をしていたことがあるのです」

 コーラルはまったく普通にその事を話し出す。

「勿論、これは異例の事ですが。ご存命だったルーク様が王に仕えるには魔道師以外の生活も知っておくべきだと仰られたのです。そこでそこの州姫と結ばれました。その時の子どもです。姫は残念な事に亡くなってしまったのですが」

 なるほどとうなづく人々。

「それは本当に良かった。では、すぐにお子様の探索にかからねば」

「皆が許してくれるならそうしたい」

「勿論でございます」

 昔のボルチモアの一件を知っているものなどここにはいない。真実に少しづつ混ぜられる嘘。 

 たいていはこれで皆騙されるのだ。コーラルは口の端をにまりと上げた。忘れていたわけではないが、自分の息子を本腰で捜さねばならないだろう。いや、もし見つからねば誰か適当に身代わりを立てればよい。

 彼にとって、肉親などそのくらいの価値でしかない。初めからコーラルには何かが足りなかったのだ。

 人として大事なもの――他人を認める事。自分以外の者にも生きる価値はあるのだということを。


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