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3・沈む心

 レイモンドール国の首都、サイトスの主城。


 やっと一人になって寝所に帰ったこの国の王、クライブはため息をついて寝台に腰をおろした。

 王に即位してから毎日、まるで空気を求めて水面近くに口をぱくぱくと開けている魚のような息苦しい気持ちでいる。

 長い長い悪夢の中にいるようだ。それでも初めの頃は、違っていた。弟のクロードがいたからだ。彼は双子で同じ歳のはずなのにいつも決然と前を向いていた。王になれと、君ならやれると力強く言ってくれた。

 即位式の時の自分に笑いかけてきた、あの笑顔がずっとクライブと共にあると思っていたのに。

「クロード、わたしを裏切って。国を裏切っていたのか」

 何度も繰り返す問いかけに答える相手はもうこの国にはいない。頼りになるのは亡き、父王の双子の片割れである魔道師のコーラルだけになった。

 この国では五百年もの長い間、生まれる双子の一人が王になる運命でもう一方は魔道師になる決まりがあった。

 国境を魔術で封じて魔道により加護を受ける代わりに、王は自分の半身を差し出してきたのだ。

 亡くなった父の片割れである魔導師のコーラルがこの混乱の時期に手を差し伸べてくれた。 

 お任せくださいと、その彼は優しく言う。まだお若いのですから政務がお解かりにならないのも仕方ありませんよと慰めてくれる。

「そのために私がいるのですよ、陛下。どうぞ、私に全ておまかせを。陛下はゆっくりお勉強なさってくださいませ。政務ばかりに煩わされるお暮らしでは陛下の御身に障ります」

 コーラルはそう言ってクライブのために度々豪華な宴を開き、狩猟をすすめ、旅行をすすめてくれるが。

 クライブは次第に気鬱に苛まれるようになった。

 まだ、国の基板がしっかりとしていないというのに王である自分が遊んでいていいはずがない。コーラルの意見を聞いてハーコート公をモンドに帰す命を出したのは早計だったかもしれないと今更ながら後悔していた。

 彼はコーラルのように耳障りの良いことばかりを言う人間ではない。厳格で自分にも妥協しない。頼りになると思う一方で自分がいかに矮小かと思い知らされるように辛いのもまた事実だった。

「クロードがラドビアスを置いていってくれたらよかったのに」

 クライブは自分の弟の従者の名をつぶやく。

 三年前の混乱の時、サイトスであっという間に国府内を掌握し、次々と問題を片付けていく彼の辣腕ぶりに驚いた。

 しかし、彼は奢ることも無く控えめな態度を通し、宰相の座をハーコートー公に決めてからあっさりと元の一介の従者に戻ってしまった。

 ずるい、ずるいとクライブは思う。

 クロードは自分の持っていない物を何でも持っている。確固たる自分の意思、頼りになる従者。

 そして――自由。

「不公平だ」

 口に出すと自分があまりにも可哀想になってクライブはきつく目を閉じた。

 ――この世は何て不公平なんだ。玉座なんて今すぐ欲しい奴にくれてやる。

 クロードを悪者にしなくては今の自分がうかばれない。自分を哀れむ悲しい穴を自らがせっせと掘り続けているのに気付かないほど、クライブは今自分を見失っていた。






 ボルチモア州のとある小さな廟。

 アリスローザが起きたのはそれから一刻半ほど経った頃で、身づくろいをしてダニアンの用意した食事を取っていた。

「このパンケーキおいしいわね、黒すぐりのジャムがあればもっといいんだけれど」

「何、ぜいたくを言っているんですかね、まったく。それよりいつまでここにおられるんです?」

 食べたらさっさと出て行って欲しい事を前面に出しながらダニアンはぶつぶつと言いながらもお茶を入れる。なんと言っても気の良い男なのだ。

「ごめんね、ここで人と落ち合うことにしたのよ。それまでよろしく、ダニアン」

「なっ……」

 またも絶句するダニアンをよそに早々に空になった皿が彼に差し出される。

「もう少し、パンケーキが欲しいんだけど、ダニアン」

「焼けばいいんでしょう、焼けば……ったく、話しが通じないとはこのことだよ」

 ダニアンはため息をつきながらがっくりと項垂れた。

 その廟の前庭を掃いていた歳若い魔道師の目前に、小汚いマント姿の大男が道でも聞くように声をかけてきた。

「ここにダニアンという魔道師はいるか」

「はい、ここの廟主様ですけど何か」

 魔道師の返事にそうか、と笑った男はそのまま廟の中にずかずかと入って行く。驚いて止めようとする魔道師を従えながら入って来た男に気付き、アリスローザが声を上げた。

「ウイリアム」

「アリスローザ、久しぶりだな」

 男の顔を見てアリスローザの顔が曇る。

「助かったのは二人だけだったと聞いたわ。わたし、本当ならあなたに顔向けなんてできないのに……」

 アリスローザの言葉にウイリアムは微かに顔を歪めたが、伸ばされた手はしっかりと彼女の手を握った。その握られた手の力強さにアリスローザは、ほっと息をついて力を込める。

「おまえも俺も国のためにやったことだ。人のせいなんかにおれはしないさ。そしてまた、おれはやるし、おまえもやるんだろう?」

 ぼさぼさのレンガ色の髪をがしがしとかきながら、無精ひげの垢じみた顔をにやりとさせてウイリアムと呼ばれた男はどっかりとそこの主のように椅子に座る。

「腹へったなあ、何か食わしてくれ」

 焼き上げたパンケーキを持ってきたダニアンは男の要求に今度こそ我慢できなくなった。

「あんた達と来たらここを宿屋か何かと勘違いしてるんじゃないかね。ここは廟だよ、食堂でも無いんだ。とっとと出て行ってくれ」

 ダニアンの文句に男は豪快に笑う。

「思ってねえって。宿や食堂じゃ金が要るからな」

「な、何だってえ」

 うーんと薄い頭を抱える魔道師に少し悪いと思いながらもアリスローザは厨房に何かないかと捜しに行った。

 この廟にサイトスの様子を知らせてくれたステファンが揃うといよいよ動き出す。彼らの仲間を足しても微々たるものだろうがこのままこの国をコーラルの思い通りにさせるわけにはいかない。

 クロードにこの国の行く末を見て欲しいと自分は頼まれた。彼が帰ってくる頃にまた、元の魔道の国になってたりしたら彼はがっかりするだろうと思う。

 そこまで考えてアリスローザは自分の中のクロードの存在の大きさに苦笑いした。

 自分は勝手にクロードを美化し、神格化して崇めているのだろうか。実際見かけの彼は細くて子供っぽい少年だった。

「いえ、違うわ。わたしなんかよりずっと大人だった」

 そう、口にしてクロードにまんまと騙されていたことまで思い出してしまった。無邪気に装っていた二つ下の少年に自分たちの浅はかな企みは全部暴かれた。

 その時のクロードの纏っていた覇気は正に王の物だったと今ならわかる。彼ならコーラルに干渉されることも無くこの国を正しく導いていけたはずだった。

 それなのにあっさりと王の立場を兄に譲り、魔道師としての道を選んでこの国から出ていってしまったのだ。

「無責任すぎるわ、クロード。今度会ったら思いっきり文句を言ってやる」

 アリスローザは拳を握って宣言した。


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