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27・ 道を説く者

 そのまま自分は軍人になるのかとウイリアムは思っていた。別に他にやりたいことがある訳でもない。

 ところがこのボルチモア州の候子とひょんな事で知り合ってから何かが変わってきていた。

 士官学校を出た途端にトラシュ付きの従者の一人としてボルチモア州城に詰めることになる。

 これには、今まで不詳の息子だと嘆いていた父親も母親も涙を流さんばかりに喜んだ。

 彼としても窮屈な家から出られるのは大歓迎だった。

 そんな生活が何年か過ぎて。彼がトラシュの従者の中でも筆頭役になろうかという頃。

「今日はウイリアムだけ連れて行く」

 トラシュは、周囲の反対を撥ね退けるとにっこりと笑った。

 しかし、ウイリアムを連れて外出する時は、トラシュの行き先はとんでも無いところばかりなのはいつもの事。

「今日はどこへ行くんだ?」

 他の従者も無く、二人きりのときのぞんざいな口でトラシュに聞く。

「今日か? 今日は城下の外れ、バインツ地区に行こうと思ってる」

「バインツ?」

 何でまた、と驚いた顔のウイリアムに彼の主はきれいな笑顔を向ける。

「貧民窟がどういうものか、知っておくのもこの州を治める者として必要だろ?」

「そうかな?」

「そうさ。じゃ、これに着替えよう」

 楽しそうに笑うとトラシュは着替えの服を指差した。

「何だこれ?」

「ばかだな、そんな上質の服なんか着て行ったら襲ってくださいと言ってるようなもんだぞ」

 なんで候子がそんな事を知ってるんだ、というウイリアムの疑惑の眼差しをけろりと受け流してトラシュはさっさと着替え始めた。

 継ぎの当たった服を着て顔を汚した二人は、バインツ地区の近くで馬を降りると付いて来た馬丁の男をそこに置いたまま歩き出す。

「ここに何があるんだ、トラシュ」

「ここには、ある人がいる」

「ある人?」

「会えば君も心酔すると思うよ、ウィル」

 彼しか呼ばない愛称で呼ばれてくすぐったい思いがいつもするのはなぜだろうか。

 汚水が雨の後のように所々溜まっているような所をすいすいとトラシュは歩いて行く。

 明らかに何度もここへ来ているのだ。

 口止めされていたのだろうが、他の従者から報告が上がってない事にウイリアムは警護のあり方に危惧を抱く。

 こんなところで襲われでもしたら自分はトラシュを守れるのか。

 ウイリアムといえば、あまりの臭気に気を取られてどこで曲がったのかも分からなくなっていたというのに。

 打ち捨てられたような崩れかかった廟の中にトラシュは楽々と入って行くのをウイリアムは見失わないようにぴったりと付いて行く。

 通路の奥、おおげさな音を立てて開く扉の向こうに人影が見えた。

「今日は、導師様」

「おや、トラシュか。よく来たね」

 闇の暗さにやっと目が慣れてきたウイリアムの目に映る年寄りの男は、彼がいままで見た中で一番歳を取っているのではないかとも思える。

 顔の中はそれこそ隙間を作ってはいけないかのように皺で埋め尽くされている。

 弛んだ瞼に隠れるようにわずかに見えるやぶ睨みの目元が怖い。

 白くて長い髪は蜘蛛の巣のように絡みつつ背中を覆い、顎から伸ばされた髭は地面に届くかと思うほどだった。

「魔道師?」

 彼のまとっている服はこの国の魔道師が着ている物と同じ様式だ。違うのは色だ。

 青灰色のローブでは無い、黒っぽい緑色のローブ。

「おや、初顔じゃな。わしは魔道師では無い。導師じゃ。道を説く者だよ、君」

 しわがれた声で楽しそうに話す老人が二人に座れと椅子を指差す。

「導師様……ですか?」

「さよう、君の名前は何というのじゃ」

「ウイリアム・リード・ヴァン・トレンスと言います」

「トレンス、ほう、州軍にその名の将校がいたな」

 俗世に疎いような成りをしていながら、この老人はかなり詳しくこの州の内情を知っているようだった。それはトラシュからの情報だろうかと思う。

「ウイリアム、君はこの国の有り様をどう思っておる?」

 老人の問いかけにウイリアムは驚いた。

 ――この国の有り様? 何がおかしいのか、どう思うとは何を指しているのか。

「意味がわかりません。この国はおかしいのですか?」

「ふむ、分からんのも無理はないわな。この国は他の地域とは隔絶されているのだから」

 老人は顎鬚をさすりながら仙人のごとく笑う。

「では、質問を変えよう。この国を動かしているのは誰かな」

「それなら分かります。レイモンドール国王、コーラル陛下です」

 胸を張って答えたウイリアムに隣にいたトラシュのばかにした声が被さる。

「国王だと? おい、ウィル、おまえ、物を知らないにも程があるよ」

「何がおかしいって言うんだ?」

 わずかに見上げているトラシュの方がよほど年上のような、自分がまだ十やそこらのがきみたいだと感じられてウイリアムは慌てて尋ねる。

「このボルチモア州の州府を動かしているのは州宰のラジムさ。ラジムが指示を仰ぐのは父上では無く、サイトスの魔道師庁長官ガリオールだ」

 吐き捨てるように語気荒く言うトラシュは挑むようにウイリアムを見上げた。

「そして、それはうちに限ったことじゃない。この国に真の自治を成し遂げている州などありはしない。この国は魔道師に操られている」

「だが、魔道師の発言力が強くても理に適うことならいいのでは? 要はこの国が発展し、国民が潤えば誰が支配してるのかなんて関係ない」

 きっぱりと言うウイリアムに導師が笑い含みでうなずく。

「その通りじゃ、誰がやっていようとな。だが、そうでなかったなら? おまえはどうする?」

 誰が支配しても、のくだりでトラシュは気分を害したように眉根を寄せている。彼にとっては誰でもいいなどとは思えないらしい。

 まあ、この州の候子では仕方ないだろう。

「違うと言うのですか、導師様」

「違うな」

 あっさりと返事を返すと導師は大げさに腕を組んで話し出す。

「この国を動かしている魔道師が目指しているのは、魔道教による永年に渡る支配と魔道師庁の繁栄。ベオーク自治国の影響を受けない、レイモンドール国独自の魔道教を守る事、これに尽きる」

「ベオーク自治国って?」

 聞いた事の無い国の名前をウイリアムが鸚鵡返しに聞く。

「ベオーク自治国か。ふむ、そこから説明が要るとはの。まあ、いい」

 導師はまた、ゆっくりと顎鬚をさする。


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