26・ 出会い
小さい頃から立派な兄と引き比べられていたウイリアムは自分でも安直だとは思いながらも親に反発した生き方しかできなかった。
何もかも腹立たしく厭わしい。
親に無理やり入れられた仕官学校もさぼりがちで、今日もお偉い方のご訪問があるとかでばたついている学校の建物を抜け出して敷地内の庭をぶらついていた。
「君、士官候補生は講堂に集まっているはずだけど」
声をかけてきた方へ目を向けると目の前にはまだ十代前半くらいに見える、貴族らしい身なりの良い少年が立っていた。
明るい金髪が朝の光を受けて金粉をあたりに振りまいているかに見える。澄んだ青の目がウイリアムを真っ直ぐに見て、ウイリアムはばつが悪くなって目を逸らす。
「せっかくわたしが前の日にがんばって書いた原稿を読むのだから君にも聞いてもらいたいな」
そして、さあと言って差し出される手。
「あんたは?」
「わたしは、トラシュ・ゴイル・ヴァン・ドミニク。ボルチモア州の候子だよ」
言葉を失ってただ見返すウイリアムの手を掴むとトラシュはすたすたと講堂へ向かった。
「あの、おれ、いや、わたしはウイリアム・リード・ヴァン・トレンスです」
「ウイリアムか、良い名前だ。じゃあ、挨拶もすんだことだし少し急ごう」
二人の少年は手を繋いだまま、大急ぎで走り出す。
講堂に近づくと、一人で抜け出した候子に学校中が大騒ぎになっていた。
「トラシュ様! 大丈夫でございますか」
青い顔の従者と学校関係者が取り囲む中、一緒にいたウイリアムにも追求が始まる。
「おまえがトラシュ様を連れまわしていたのじゃないだろうな」
「ゾーイ校長、違いますよ。わたしが彼を連れまわしていたんです」
大人に囲まれて少しも臆すことなく、トラシュはにこやかに言ってウイリアムの手を取る。
「ウイリアム、悪かったね。つき合わせてしまって。また、学校を案内してくれ。今日は楽しかった」
「い、いや、その」
しどろもどろで返事も出来ないウイリアムは無事無罪放免となり、大人たちはトラシュを囲みながら講堂へ向かっていく。
それが、トラシュの初めての出会いだった。
しっかりして。
礼儀正しくて。
性格が良くて。
そんな奴、いるのか?
「ははあ、そんな奴いるものか」
安酒の瓶を口から離してトラシュは斜面になっている芝生に寝っころがって顔だけウイリアムに向ける。
「おい、おまえ十二歳じゃなかったっけ? っていうか、酒飲みすぎ」
無理やりまた、口をつけている横の少年から酒瓶を奪ってウイリアムは自分が呷る。
「まずい、こんなの飲むなよ。体壊すぞ」
ウイリアムの苦言に少年は大笑いする。
「何だよ、君が説教するなんて世も末だな。酒だと思うから不味いんだ。ぶっ飛べる薬だと思えば悪くない」
「おまえ、裏表ありすぎだよ。ついていけねえ」
自分より五、六歳は下のはずの少年はくくっと笑うと爽やかに見える笑顔を見せる。この笑顔に大人はころっと騙されるんだよなあとウイリアムは呟く。
だいたい、今日はどんな作り話をでっちあげてここに来てるんだか。ため息まじりにもう一口酒を飲んでみる。
やっぱり、不味い。
「ねえ、うちにまた、弟が出来たんだよ。良くやるよなあ、父上も」
「え? 何人目だっけ」
「確か十八人目かな、いや十九人目かも。誰が誰だかもう分かんなくなってる」
あっさりと言うわりにはトラシュの眉は大きく顰められていた。
「やっぱり、嫌なもんかな。親父がいろんな女の人と子どもを作るのって」
「父上も嫌だけど、たいしたことじゃないとか言いながら、影で妾姫を虐めてる母上のほうが嫌だな。女なんて大嫌いだ」
「ふうん」
品行方正な候子の仮面の下にある本当の感情を見せるトラシュに何も言わず、ウイリアムは酒瓶を渡す。
「まあ、飲め。一緒にぶっ飛ぼうぜ」