24・ 上位の魔道師
次の日、いつものように廟に出かけたステファンは初老の魔道師の横に、初めて見る魔道師がいるのに気付いて立ち止まった。
「魔道師様、そちらはどなた様?」
「ああ、ステファン。このお方は……」
初老の魔道師の言葉をあっさり無視して若く、背の高い魔道師がステファンの腕を取って引き寄せる。
「おまえ、ここからすぐに逃げなさい。家に帰ってはだめだよ。殺される」
驚くステファンにその魔道師は金の入っている袋を渡す。
「おまえはこのレイモンドール国の王の半身。魔道師の子どもなんだ。知られれば殺される。魔道師を避けて逃げろ。おまえは父親、今はクロードと名乗っているがいずれは、コーラルの名を持つ魔道師に瓜二つなんだからね。母親はこのボルチモア州の州姫だ。いいかい? もう、家族の誰も生きてはいない。おまえ一人で行け」
魔道師の言葉にステファンは驚いて立ちすくむ。
小さいこどもに手短に話すには本当のことを言うしかない。真綿でくるんだように言うことなど理解できないのだから。
灰色の目をひそめてルークは手に持ったままの巾着を子どもの懐にねじ込んだ。
「さあ、早く行け」
その声に弾かれたようにステファンは走り出した。
こどもが居なくなって、やっと時が戻ったように初老の魔道師はルークを見た。
「ルーク様、何という事を! こ、これはサイトスにご報告せねば」
「え? 何の話かな。おまえがこの廟でクロードの子どもを匿っていた、という事だっけ?」
「そ、そんな」
ルークの言葉に初老の魔道師がわなわなと震え、膝に力が入らないのかその場にしゃがみ込む。
「今日、ステファンはここへ来なかった。で、いいじゃない? そうだろう? 良い廟だねえ、ここ。小さいけど居心地が良い。おまえも一緒に焼けちゃうのは嫌だろう。わたしが本気だと思わなかったらいけないから、おまえの腕を一本もらっていく」
腕に現れたレーン文字の後に恐ろしいほどの痛みが魔導師を襲った。痛みの淵から戻った魔道師の左手は、肩口から無くなっていた。初めから無かったように。
笑いながら次々と物騒な事を言う上位の魔道師に、痛みの余韻に震えながら初老の魔道師は首を縦にふることしかできない。
「わたしが来たことをバラしたら殺しちゃうからね。ではさよなら」
竜門が開いて不吉な姿は闇に消える。
しかし、いつまでもしゃがみ込む魔道師の体の震えは収まらない。こんなに上位の魔道師と言う者は恐ろしいのか。人外の者、という言葉がその魔道師の頭に浮かんだ。
ステファンは混乱する頭を抱えながら町を出ようと走り続ける。
――ぼくは殺されるの? 何か悪いことをしてしまったの? 母さんの言いつけを破ってしまったから? ぼくが母さんの秘密をしゃべったから?
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
泣きながらいつしか歩いていた彼は自分を呼ぶ声にぎくりと立ち止まる。
「どうした? ステファン」
涙の向こう側にいたのは自分の兄だった。
「お兄ちゃん、生きていたの? 母さんは? 父さんは?」
泣き顔を途端にほころばせて抱きついてきた弟に兄のヘンリーは驚く。
「一体何を言ってるんだ? おれは父さんのお使いで隣町のトーナさん家に修理の出来た鍬を渡しに行って来たんだけど。父さんと母さんに何かあったのか」
兄の言葉を聞いてステファンの顔は見る間に曇る。
「ごめん、兄ちゃん。ぼくのせいだ」
普段あまり泣き顔など見せない落ち着いた弟の取り乱す様子に、ヘンリーは悪い予感を感じた。