17・ 素性
州境近くの森林地帯。麓の町でステファンと落ち合う事になっていた。
晴れていたと思っていたのにアリスローザが空を見上げると灰色の重たい雲がわずかな光をも隠そうとしていた。
「遠雷が聞こえるわ」
「んあ? ああ、雷か。早くぼうず、来ないかなあ」
ウイリアムが同じように空を見上げる。
雷より一足早く降り出した雨が馬車の屋根を激しく叩く。その矢のような雨の中、マントをすっぽりと被った男の姿が見えた。
「遅れてすまない」
言いながら男は馬車の御者台に上がる。
「中に入らないのか」
「もう、濡れてるし。ここでいいさ」
何かを決意したような横顔を見せて黙り込むステファンに、ふーんと言いながらウイリアムは馬車を出す。
馬車はどんどんと山奥へと入っていく。馬車の前にあがる轟音とすさまじい光に馬が怯えて立ち止まった。
「どうした?」
「雷が目の前の樹に落ちただけです」
心配気に窓から顔を出す、ハーコートにマントを深く被った御者台に座ったステファンが返す。
「雨に濡れます。窓を閉めて下さい」
そう言ったところでおこる二度目の落雷に馬が驚いて大きく前足を上げて後ろ立ちになって暴れ出した。
ウイリアムは大声を出して馬をなだめていたが雨の音にかき消されていた。
「危険だな、馬を放そう」
「ああ」
横のステファンがうなづいて立ち上がった途端、馬車が大きく傾いで体が地面に投げ出された。
「おい、大丈夫か」
そこへ平坦な声が流れる。
「縛せよ!」
印を組んだ魔道師が馬車から降りて、馬に呪を飛ばしたのだ。血走った目を見せながらも馬は地面に縫いとめられたように動かなくなった。
「ステファン、おい、目を開けろ」
「馬車に運んで、ウイリアム」
アリスローザの言葉によし、ウイリアムが馬車の中へ倒れた男を運び入れた。<
「ハーコート公様、申し訳ありません」
「いや、そんなことよりマントを脱がそう」
びしょびしょに濡れたマントをアリスローザとハーコートが苦労して脱がせる。
「こ、この者は」
マントを脱いで顔があらわになったステファンを見たハーコートがその言葉の後に絶句した。
「わたしの仲間のステファンですが。何かありましたか」
「い、いやそうか。あまりに似ているから驚いて」
「誰にです?」
アリスローザにはっとする顔を見せてハーコートは小さく応えた。
「わたしの弟たち……にだ」
――弟? 前国王と宰相コーラル。
「クライブ国王陛下もクロード様も、マーガレット様にしても。どのお方も父親には少しも似ていなかったというのに。この者の素性はどういうものなのか」
ハーコートに聞かれても詳しいことはアリスローザにも分からない。そうするうちに「ううん……」という声をあげて気がついたステファンが目を開けた。
「ここは?」
ステファンは、自分を見下ろすように見ている壮年の男に気が付いてびくりと眉を上げて顔を逸らした。
「おまえ、コーラル前国王に縁のある者なのか」
――他人の空似だと否定しないということは、そうであるのか。
「おまえ、何とか言えよ。おい、ステファン」
ウイリアムの強い声に顔を逸らしたまま、ステファンはため息をつく。
「ぼくはコーラル前国王に縁はありますが、彼の子どもとかじゃありませんよ」
そこにいる皆のじゃあ何だ? という顔を見ながらステファンは苦笑いを浮かべる。
「どっちかというとぼくは今の宰相の方、コーラルに縁があるんですよ」
「何?」
生まれてからすぐに魔道師に引き渡された双子の半身に関わりのある者とは一体どういうことなのか。
「コーラルは王が即位するまでモンド州のゴートの廟にいたのではなかったか」<
「いいえ」
ハーコートに即座にすてふぁんは否定した。
「彼が二十四歳の頃、隣の州の州宰について政務を習っていたことがありました」
「そういえば」
ハーコートが記憶を辿るように視線を遠くに移す。
そう言えば、自分が直轄地になっていた、モンド州を所領地として住まいを移してしばらくしてゴートの廟長ルークが挨拶に来たのだった。