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15・ 先の先

「おまえって要らん事ばかりに鼻がきくよな。俺はボルチモアの将軍、トレンスの弟だ。これで納得したか」

 そうだったのかとアリスローザは改めて目の前の陽に焼けた人好きのする逞しい男を見上げる。合った途端にウイリアムは目を細めた。

「クロードは地下牢にいた俺におまえの事を頼みに来たんだ。おまえがもしまた、お転婆な事をしたら助けてやって欲しい。そう言って獄から出してくれたってわけだ。だから、もらった軍資金と何十人かの手勢でこの二年間ボルチモアとサイトスを見張っていた。アリスローザ、やけにあっさり州城から出られたと思わなかったか? 俺の身の上話は以上、納得したか」

「クロード様はこうなることを半ば予想されていたのかもしれないですね。わたしには竜の封印がある書簡を持った者が来たら手を貸すようにとの御命が術によって一度あったきりです」

 そこでダニアンの口調が変わる。

「って、だったら早く封書を見せて頂いてたらこんなごたごたした事にならなかったんじゃないですか、まったく」

「わりい、忘れてた」

 アリスローザは二人のやりとり聞きながらクロードを思い出していた。彼は先の先を読んで手をうっている。こうなると分かっていたのになぜこの国を出て行ってしまったのか。

 アリスローザには彼の事情など分からない。クロードは自分の事になると途端に寡黙になるのだ。

 そして――頑固だ。

 作っていた弱さでは無く、少しは本当の悩みや考えを打ち明けて欲しかったのに。自分が彼に相談をされるほどの器量を持てなかったのが悔しかった。

「アリスローザ様、お茶が冷めますよ」

 ダニアンの声にやっとアリスローザは我に返った。

「まあそれぞれ色んな事があるさ。で、逐一この魔道師先生があんたに連絡を取っていたということか」

「そういう事だな。おまえには何も無いのか? ぼうず」

「隠すことがあるほどまだぼくはそんなに歳くって無いからな」

「へええ、いいねえ若いってさ」

 ウイリアムの軽口に応えず、ステファンはボルチモア州の地図を広げた。それには州境近くの街道沿いの道に印が付けられていた。

 それはハーコート公爵が宿泊する予定地だ。

 その一つを指差す。

「じゃあさ、ここですり替えようぜ。魔道師先生が作った木偶と本人を入れ換える。そしてここの森林地帯を抜けてゴート山脈側からモンド州に入る。州境まで行ったら、魔方陣で空間を飛んで州境越えをすませるってことで」

 そこで大人しく聞いているダニアンに向く。

「また、しっかり働いてもらうぜ、先生」

「分かってますよ、クロード様に頼まれてるんですから仕方ありません」

「で、あんたが持っている手勢とダリウス様からもらった手勢でお守りしながら速やかにモンド州の州都アリエルにお連れする。と、ここまではいいか?」

「ああ、おまえはどうする?」

 ウイリアムに聞かれてステファンは少し考えていた。

「今回はあんた達で行ってくれ、森林地帯で待ってるよ。疲れたなあ、先に休むよ」

 そう言って立ち上がるとステファンはさっさと二階へ上がって行った。

「一緒に行かないって、どういう事かしら」

「あいつにも色々あるって事じゃないの? さて腹減ったな。ダニアン何か作ってくれよ」

 思案顔のアリスローザにウイリアムは簡単に返すとダニアンにさかんに腹減ったを繰り返す。

「いい加減にしてくださいよ、あたしだってたった今帰って来たばかりでくたくたなんですよ。だいたいあたしは、あなたのお母さんじゃないんですからね」

 ダニアンの言葉にウイリアムが渋い煎じ薬でも飲んだような顔になる。

「気持ちの悪くなるような事をいわんでくれよ。想像しちまったよ」

「悪うございましたね。スコーンくらいなら出来ますけど」

 ぶつぶつ言いながらも腕まくりをしてダニアンは厨房へと消えた。

「人数の割り振りと事前準備にかかろうぜ。俺とおまえはダニアンがハーコート公に付けている使い魔がハーコート公に摩り替ったら、速やかに宿から公を逃がす。宿の使用人をそっくり入れ換えるんだ」

「ウイリアム、ありがとう。あなたが味方で本当に良かったわ」

 アリスローザの差し出した手を掴むとウイリアムがぐいっと引き寄せて彼女を抱きしめた。

「クロード様によろしくって頼まれたからな。と、いう事は全部頂いていいってことかな」

「冗談! それはだめよ」

「そうなの? 残念」

 腕の中のアリスローザに悪戯っぽい笑みを見せてウイリアムは手を離した。彼流の冗談だとは思ってもさらりと流す大人にはまだなれない。

「何をやってるんですかっ」

 いきなりの大声にその場の全員が振り向いた。そこにいたのはスコーンを山盛りにした皿を持つ真っ赤な顔の魔道師だった。

「廟の中で破廉恥なマネは止めて下さい」

「ダニアン、これはそんなんじゃあ無いわよ」

「だ、抱き合っていたじゃありませんか」

「だから違うって」

 二人の騒がしい文句、または反論の応酬には全く構わず、ウイリアムはダニアンの手の上にある皿から出来たてのスコーンを掴んで口に放り込んだ。

「んー美味いな。おまえ女なら、おばさんでもいいから嫁にするのに」

「滅相もない。誰でも良いんですか、あなたは」

「女限定だがな」

「最低だわ」

 抱き締められたことより、ウイリアムの誰でも良い発言に気分を害したアリスローザだった。

「お茶を淹れるわね」

「ああ、止めてください。あたしがやりますから。手を触れないでください」

 こと家事の才能が無いアリスローザを信用してないダニアンが慌てて止める。

「お茶くらい淹れられるわよ。でもまあいいわよ、やりたいんなら」

 譲ってやると言わんばかりの態度にウイリアムが大声で笑った。


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