14・ ウイリアム
二日後、ボルチモア州の小さな廟にウイリアムは期待に満ちた顔で帰って来た三人を迎え入れた。
「で、成果は?」
「うん、モンド州はこちら側に付く」
ステファンがどうだ、と言う顔を見せてウイリアムの横を通り過ぎて中に入って行った。
「で、あなたのほうはどうなの?」
「おれ?」
アリスローザの方へ体ごと向けたウイリアムの手が彼女の肩にぽんっと置かれた。
「ハーコート様の一行が通る予定の街道沿いに仲間を配置したぜ。どこで本人とすりかえることにしたんだ? ステファン」
ウイリアムにそうだなあと、ステファンは地図を眺めていた……が。
「何をするんだ?」
ステファンの取った行動にまわりも驚いて固まった。彼は懐から出した短剣をウイリアムの喉元に突きつけていたのだ。
「何のまねだ?」
「ステファン、あなた何しているのよ。離しなさい」
「ステファン、ここを血で汚すなんて絶対嫌ですよ」
最後の言葉だけ、何を心配しているかわからないものだったが、ステファンはふざけた風でもない。
「ぼくは二人助かったって聞いて、実はあんたを疑っていたんだ」
短剣を握ってないほうの手がアリスローザに向けられる。
「それを見極めるためもあって、あんたをモンド州に連れて行ったんだけどさ。違うみたいだったな」
そんなことをステファンが考えていたとはアリスローザはちらりとも思っていなかった。
「で? 何で俺なわけ?」
すっとぼけたような声音で言うウイリアムにステファンの短剣がすいっと赤い筋をつける。
その赤の線が滲んでいく。
「すりかえる、なんてぼくはここにいる時、一言だって言ってないぜ、おっさん」
ステファンの言葉に廟内の気温がすうっと下がった。
「言ってなかったっけ? おかしいなあ」
ふざけた口調はそのままに突きつけられた剣をあっさり弾くとウイリアムは背後に飛び退いて腰からスラリと剣を抜いた。
「はは……おれとした事がうっかりしていたな。二人っていうのもアリスローザは別だと思うはずと思ってたんだが」
「コーラル側に寝返っているのか? おっさん」
「どうなの? ウイリアム」
頼りになると思っていたのに。アリスローザはいきなり頭を強打されたようにふらりとよろめいた。
――また、わたしは三年前のように見誤ったの?
戸惑うように見ると不敵に笑う細められた目とぶつかった。
「悪いな、だがおれはコーラル側ってわけでもない。まあ黙ってたこともあるがな」
「まあ、座って話を伺いましょうよ、皆さん。お茶が入りましたよ」
ひやりとした空気を物ともせず、和やかな声が聞こえ、淹れたてのお茶の香りが広がった。
「そうだな、そうさせてもらおう」
にやりと笑ったウイリアムが剣を腰に納めてどかりと座る。
「おっさん!」
「ステファン、落ち着いて。ウイリアム話を聞かせてもらうわよ」
嫌がるステファンの右手を強引に引いてアリスローザは自分の横に座らせた。その横で素早く目配せする魔導師をステファンが見咎める。
「こら、はげ魔道師とおっさん。おまえらどっからつるんでいやがる?」
「止めてくださいよ。あたしだってモンド州に行く直前までこの人が(その人)だなんて思いもしなかったんですからね」
「その――人?」
「おれはあの三年前とっ捕まって殺されそうになったのは本当だ。おれは死んだことになっている」
問いかけようと口を開けたアリスローザをまあまあとウイリアムが手で制す。
「おれの命を助けてくれたのはあんたの想い人だぜ、アリスローザ」
思わず我をわすれて立ち上がりかけたのを今度はステファンが止める。
「クロードが? 一体いつの間に」
「三年前、サイトスの地下宮に繋がれたんだ。そのとき彼がひよっこりやって来たんだよ、一人でさ」
「じゃあ、あの時あなたも地下宮に居たの? 知らなかった。そんな事クロードは一言も言わなかったわ」
またしてもクロードにしてやられていたとアリスローザはため息をついた。彼はわたしにだけ会いにきたと自惚れていた。
「ちょっと、おっさん」
ステファンが食卓を叩く。
「何だ?」
「今、サイトスの地下宮に居たとか言ったよな?」
「ああ」
「あんた一体何もんだ? 貴族じゃないとあそこには行かないはずだぜ」
あっと思いながらアリスローザはステファンに顔を向けた。