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12・ ステファンの策

 一方、従者に案内されて城内を行く三人の前に飛び出すように出てきた女性がぶつかる少し手前で危うく止まる。

「あら、ごめんなさい――って、貴方たち誰?」

 あまりにも城内に似つかわしくない三人に目を丸くしてその女性は手前の官吏に尋ねる。女性といってもまだごく歳若い。大きな黒目がちの瞳に興味深々と書いてある。そして……その目が大きく見開いた。

「アリスローザ姫じゃなくって? そうだわ、何で男の格好をしていらっしゃるの?」

「あ、エスペラント様。お久しぶりですわ。でもここでわたしの名前を大声で仰るのは御止めください」

「どうして?」

「わたしがお尋ね者だから、です」

「お尋ね者ってどういう事かしら? ダリウス兄様に会いにいらっしゃたの?」

「ええ、でも奥様が……奥様ですよね。いらっしゃったのでお邪魔かと思い退室したのですけど」

「お邪魔と言えばあの女こそ、最大のお邪魔なのよ」

 声高らかにエスペラントは言い放ってからアリスローザに顔を寄せてひそひそと続ける。

「サイトスから来たと思って偉そうったらないのよ。夫であるダリウス兄様や、お母様、にまで上から物を言うみたいな態度なの。わたし、大っ嫌い。あの女がそこら中に撒き散らす香水ごとこの城から捨ててやりたいわ。ここは田舎の匂いでたまらないんだそうよ、あのお姫様には」

 最後の方は自分が声を落としていた事なんてすっかり忘れてエスペラントは声を張り上げていた。

「では、あの方はクロードのお姉さまのマーガレット様なの?」

 アリスローザの方へエスペラントが自分の口に人差し指をつきつけてシー、と言って眉をひそめる。

「クロードの名を口にするなんて。王陛下の姉君でしょ、それを言うなら。彼は重罪人なのよ。それを友達みたいに口にするなんてダメよ」

 エスペラントは慌てて厄除けのおまじないをして咎めるような顔を見せる。

「やっぱり覚えてないのね」

 落胆したように自分を見るアリスローザにエスペラントは意味がわからず、目の前の男装の女性を見返す。

 その様子を見たアリスローザは、クロードが自分を覚えている人が必要だと言った事はこういう事だったのだと実感する。

 このモンド州の州城内から次男のユリウスことイーヴァルアイや三男クロードの存在は消えているのだ。

「いえ、なんでもないのよ。変な事を言ってすみません」

「いいえ、こちらこそ久しぶりにアリスローザ姫に会えて良かったわ。もう少ししたら会おうと思ったってどうにもならなくなるもの」

 エスペラントの言葉に首を傾げたアリスローザへ悪戯っぽい目を向けて彼女は笑った。

「わたし、結婚するのよ。まあ有り体にいえばあの女に追い出されるってわけなんだけど」

 そう、とアリスローザは幼さの残る少女を眺めた。十五歳か十六歳、そんな頃だったはず。

早すぎるわけではないが、かわいそうになってエスペラントの手を両手で握った。

「おめでとうと言っていいのかしら。どちらにお輿入れになるの?」

「ローデシア州よ。南国のザーリア州のすぐお隣。ねえ、アリスローザ様。わたしに同情していただかなくてもいいのよ。そりゃあ、まだわたしは若いし相手の顔なんかわからないけど。ここを出て行けるのならそれでいいわ。暖かい所に行けるなんて楽しみだもの。そう言い聞かせているわたしは偉いでしょ」

 ころころと笑うエスペラントを見て世間知らずだと思いながらもそれを羨ましいとアリスローザは思った。こんな顔はもうアリスローザには出来ない。

 エスペラントと別れてやっと三人は案内された部屋に入った。

「まったくいつまで続くかと思ったよ。女ってのは身分の如何いかんに関わらず井戸端会議が好きときてる」

 ぶつくさ言うステファンに控えめに魔道師の男もうなづく。

「だからあたしは女の人が苦手なんですよ」

「だから男の人が好き、なんて言うんじゃないでしょうね、ダニアン」

「そういうところが嫌なんですよ」

 揚げ足を取るアリスローザに嫌な顔全開で魔道師は応じた。

 誰もいないかと思っていたのに案内されたその部屋の壁の前に、執務室で別れたはずのダリウスが立っていた。

 しかし三人が騒いでいたのにも関わらず気付く様子も無く、彼は壁に掛けられていた一枚の絵を眺めている。

「その絵はユリウス様? あ、女性のお召し物だから違うのかしら」

 つい口にした言葉にダリウスが反応して振り向く。

「知っているのか、この者の名前を」

 あまりの熱い視線に驚いてアリスローザはしまったと後悔する。

「わたしの知っている方にとてもよく似ておられますが違うと思うんです。申し訳ありません」

「なぜ、違うとわかるんだ? 教えてくれ、誰に似ているというのだ」

「それは……」

「イーヴァルアイ様!」

 口を閉ざしたアリスローザの横を走り寄って来た魔道師が嬉しそうに名前を言った。

「イーヴァルアイ様ですよね。しかし、何で主の絵がモンド州城に? しかも女物をお召しになっておられるのは?」

 アリスローザは夜着とはいえ、以前イーヴァルアイの女装姿を見ているのでこれが本人に限りなく似ているとわかっている。

 でもここでそれを言ってもどうなるのか。ダリウスに説明など出来ないこともわかっていた。

「それより先程の件だけど」

 ステファンが話しを強引に変えるのを今は助かったと思いながらアリスローザは息をつく。

「そうだな、州軍の内、諜報を得意とする組織があるがそれに任を与えてはと思う」

 ダリウスも切迫している状況を思い出して事務的な顔に戻った。

「いきなり、州軍で表立って何人も辞めてはおかしいし。それでいいですよ」

「しかし、三十人ほどしかいないぞ」

「密かに行動するから充分ですよ。第一、そこで交戦はしないんだから」

 ステファンの言葉に尚も心配そうにダリウスはいらいらと右手に作った拳を左手に打ちつける。

「一体、どんな策だというのだ?」

「今言っちゃうんですか。ぼくとしてはもっと出し惜しみしたかったんですけど」

 ステファンはにまりと笑うと横の魔道師の男の腕をつかんで引き寄せた。

「この魔道師先生にちょっと手妻を披露してもらおうと思っているんですよ」

「手妻?」

「本気になさっちゃなりませんよ、ダリウス様。あたしが使うのは呪術ですからね。手妻なんかと一緒にされたくなんかありません」

 掴まれた腕をおおげさに振り回してほどくとダニアンは尊大な態度を取る若者の手の届かない所まで下がって嫌そうに首を振った。

「おまえたち、仲が悪いのか? まあ、そんな事より話を続けてくれ」

 そうですねと、顔をダニアンに向けたままステファンは口を開く。

「ボルチモア州に入るのを確認したら公をすりかえて――」

「すりかえて?」

「それで終わりです」

「お……終わり?」

 妙に居心地の悪い沈黙が流れてその場にいる一人以外、声をつかの間失っていた。

「で、その後どうするつもりなのだ?」

 いち早く気を取り直したダリウスにステファンはうっそりと笑う。

「はい、ぼくらもモンド州でやっかいになりたいと思ってます」

「それで?」

「正式にダリウス様が州公になる任命式を受けにいく際にサイトスへわたしどもと一緒に行ってもらいます」

 一端口を閉じてステファンはダリウスを強く見つめる。

「それまでに内々に各州候に渡りをつけておいて。その後、サイトス城内に入って任命式の時、コーラルの首を取りたいと思ってます」

「首を……取る」

 ごくりと唾を飲み込む音がする。青い顔をしているダニアンは両手で口元を押さえていた。ダリウスは自分が足を踏み入れようとしている事のあまりの深さに、暫く息を飲んで目の前の若い男を眺めた。


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