11・ 肖像画の女
「おまえは父上のお命を確約できるのだな」
「出来ます。但し、ぼくが揃えるように言う物は例外なくすべて揃えてください」
「わかった」
そこでダリウスは自分が若い男の胸倉を掴んで持ち上げていたまま喋っていた事に気付き手を離す。
「出来ると言った言葉、忘れるでないぞ」
「ぼくはどちらか分からないことを口にしませんよ、ダリウス様」
ステファンは豪胆に言い放つと横の魔道師に向く。
「こっちには良い手駒があるんですよ。ちょっと見目は相当悪いんですけど」
「そ、それはあたしのことですか」
「他に誰がいるんだよ、はげ魔道師」
「だ、誰がはっ、は……」
「言えてないぜ、禿げだろ、禿げ」
「いい加減にしなさい。わたしの前でふざけるのはやめるのだ」
凛としたダリウスの声に二人も口を閉じるが、声を上げたダリウスが今度は怪訝な顔をして二人を見る。
「どうしたんですか、ダリウス様」
「いや、こんな事が前にもあったような気がしただけだ」
「州城内にもお知り合いの禿げがいたんですか」
「いや、そうじゃない。はげ、じゃなくて……」
考えに浸るダリウスを見ながら魔道師は一番働かされている自分に向けられた酷い言葉に大きくため息をついた。
早く事を収めてこんな薄情者たちとさっさと別れるのだと決意を固める。
そこへ外から従者の声がした。
「ダリウス様」
「今は誰もここに入れるな。何だ?」
困ったような声の後に大きく扉が開く。
「あなた、官吏を全員下がらせて何のご相談かしら」
現れたのは、はっとするほど美しい女性だった。明るい金髪を高々と結い上げて宝石を散りばめたその姿は豪華だがそれ以上に見る者を威圧している。
サファイア色の目が厳しくアリスローザたちを値踏みしていた。
「何なんですか、このみずぼらしい者どもは?」
一瞥しただけで何の価値もないと踏んだのか、女性は吐き捨てるように言うとダリウスの方へ顔を向けた。
「マーガレット、悪いが今は大事な話をしているのだ。席を外してくれ」
「あら、わたくしよりもこんな乞食まがいの者のほうが大事なんですの?」
「マーガレット」
苦い顔を見せるダリウスを見てアリスローザが席を立つ。
「わたしどもは少し下がらせていただきます。お部屋を貸していただいても?」
「うん、ああ、すぐに部屋を用意させる」
出て行く三人を見送りながらマーガレットは苛々と胸元から取り出した香水の小瓶の中身をそこら辺に撒き散らした。
「臭くてたまらないわ。あなた、あんな卑しい者たちをお城に入れるなんて我慢できませんわ。すぐに追い出してくださいませね」
「おまえの目に触れるようにはしないよ。話がそれだけならわたしは失礼する」
ダリウスは早口で言うと何か言いかけた妻を残して部屋を出て行った。
廊下を歩くダリウスはさっきのマーガレットの様子を思い出してますます顔を曇らせる。
貴族の結婚に愛なんていらないと思っていたが毎日あれでは気が滅入って仕方がない。
一年前に王の姉であるマーガレットと結婚したダリウスだったが、あまりの彼女の高飛車ぶりに怒りさえ感じてとても夫婦らしくなどできないでいた。
(上から降される姫なんてそりゃあ大変……)
頭に浮かんだ言葉にはて? とダリウスは考える。誰が言っていたのだっけ? 思いだせないまま今は使われていない部屋に足を踏み入れる。
そこは彼が疲れたときに心を癒そうとこの所よく通っている場所だった。何の変哲もない部屋だがそこには一枚の絵が忘れられたようにかけてあった。
若い女の絵だ。亜麻色の髪を軽く結って紫のドレスを纏い、出窓に軽くもたれている姿。
ある日、いつものようにマーガレットとの気詰まりな会話に疲れて何気なく入ったこの部屋で、これを見た時からダリウスはこの絵の中の女性に心を奪われてしまった。
細い卵型の輪郭。淡い水色の瞳。小鼻のすっきりした高い鼻。そして薄情そうな薄い唇。
一見冷たい感じを与える美貌だというのになぜか彼には好ましく親しく感じられた。
おかしい、絵の中の女に恋着するなんて、自分は今の結婚をどれだけ疎ましく思っているのかとそのせいにしてみる。
生身の彼女をダリウスは知っている気がする。絵の中の女の頬に触れてダリウスはそっとつぶやく。
「おまえは一体何者なんだ」