父奮闘記
仕事から帰宅すると、妻の明美と息子の武志が口論していた。
口論というよりは、明美が一方的に武志を責め立てているようにも見える。
ダイニングテーブルに向かい合う形で座っている二人。
夕食がテーブルに並んでいる。もう食べ終わったのだろうか。俺の分はどこだ。
一体何事かと思いながら、ただいまと二人に声をかける。
こちらに気づいた明美が、おかえりなさいと返事した。
しかし目が笑っていない。うかつなことを言うと矛先がこちらにも向きかねない鋭さだ。
上着をいつものところにかける。
助けを求めるような眼差しの武志をみて、俺は察した。武志は明美の逆鱗に触れたのだ。既に満身創痍であることも察した。
「ねぇ、聞いてよ。武志ったら、この前の中間テストで0点取ってきたのよ。私0点なんて本当に取った人、漫画以外で初めて見たわ」
最近武志の成績は下がっていると聞いていたが、0点まで下がってしまったというのはガックリくる。
「本当なのか、武志。ちゃんと勉強したのか」
一応父親らしいことを言ってみる。まぁ夕飯を食べながら聞いてやるかと着席する。
「勉強したけどさ、そもそも俺が勉強したところはテスト範囲じゃなかったんだよ」
なるほど、よくあるパターンだな。お、今日の夕飯は酢豚か。
「そうか 。じゃあ次は勉強するとこ間違えるなよ」
ちょっと、それだけ?と、明美は箸を握ろうとした俺の腕をつかむ。思いの外強い力でつかまれた反動で箸を一本床に落としてしまった。
「0点よ、0点。テスト範囲間違っても0点はないでしょ?それ以前の問題よ」
そ、そうだなと同意しながら落ちた箸を拾う。結構遠くまで転がってしまった。
すると、俺が武志を甘やかすのが悪い、もっと自分の話を真面目に聞いてほしい、箸なんて拾っている場合じゃないと憂いの眼差しで語気を強め、俺に矛先を向け始めた。これはまずい。
まぁ落ち着いてと明美の両肩に優しく手を置き、明美を座らせる。
俺は箸を拾って落ち着いてご飯が食べたいのだ。
たかが0点取ったぐらいで、大げさなんだよなぁと小声で武志がつぶやく。
きっとできるだけ聞こえない大きさでつぶやいたつもりなのだろうが 、残念、俺の耳にもバッチリ聞こえたぞ。
「たかが?あんた自分がどれだけ情けない結果を持って帰ってきたのかわかってるの?」
これ以上は収拾がつかなくなると判断した俺は、最後の手段に出るしかなかった。これは賭けだ。
「そんなことより、この酢豚超ウマイじゃないか!」
それから更に30分ほど、明美の説教は続いた。