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ネクロマンサーに、恋をする  作者: 暁カンナ
躍動 シャイア王国編
6/30

第6話 旅立ち


 

 

「去れ!!」


漣のその言葉と共に、目の前に立っていた立派な二つに分かれた角を持つ若い牡鹿は、どうと横に倒れた。

ネクロマンシーの修行を始めてからそろそろ1年が過ぎようとしていた。


「うまくなったものだな、ここたった1年の間に。」

「あれの角は、埋めなくていいんじゃない?村に持って行って売ろう。」

さすがにアンデッド化した物の肉を食べるのははばかられたが、使える物は使う、「もったいない」精神に富んだ漣であった。


元々アーロンより力もスピードも勝っていた漣であるから、剣の腕前ももう今では漣が1本取る事の方が多く、もとより優れていた弓の腕も相まって、近頃の狩りはもっぱら漣の仕事であった。

アーロンは何より漣のネクロマンシーとしての才能に、驚いていた。


自分が何年もかけて行って来たその内容をこの10代半ばの子はわずか数ヶ月で身に付け、さらにそれに磨きをかけ最近では複数体同時に操るなど、稀に見る高みにまでたどり着いている。

アーロンはその才能の凄まじさに目を剝くと共に、その身の持つ価値に置いて本人が全く無頓着な事にため息をついた。


「漣、昼から村に行って来てくれ。肉や毛皮をおろしたいし、取って来て欲しいものもある。」

「アーロンは?」

「やっておきたいことがあるから、一人で頼む。」「分かった。」


アプト村には何度かアーロンに付いて行ったことがある。ここから一番近い村で、馬で1時間ほど。村には簡単な商店や鍛冶屋などがあり、小さいながら宿もある。ほとんどの用事はそこで済ませられる。さらにそこから馬で1日かけて行くとターメルの街があり、そこまでの間に小さな村が2つある。ターメルの街にも、漣はアーロンに連れられ一度行ったことがあった。

小さな城壁を備え、商店などもなかなか備えたその街には、小さいながらも郵便ギルド、商業ギルドなどの支店があった。


「それじゃ行ってくる。夕食までには戻れると思うよ。」

昼食を食べた後、アーロンにそう声をかけて漣は馬小屋に綱が荒れている馬に馬具を着けた。

「トム、よろしく頼むよ。」

馬にそう声をかけ、村で売ってくる荷物を確認して、ゆっくりと馬にまたがった。


小一時間ほど森を出て馬を進めると、入り口に小川の流れるアプト村に着いた。

食料品店の前に馬を付ける。

「オリンさん、持って来たよ。」

店先で声をかけ、荷を下ろしていると後ろから漣の腰に飛びついてくる衝撃があった。

「レン、レン、いらっしゃい。久しぶり!!」

「ミーナ、久しぶりだね。元気?」

「うん、今日はゆっくりして行くんでしょ?」


食料品兼雑貨店の一人娘ミーナは、レンの事が気になる11歳。元気いっぱいのその体は胸もちょっと膨らみ始め、最近では妙に女っぽさを感じるときもあるのだが、漣に取っては妹みたいな存在だった。


「やあ、レン。中に入れてくれ。いつもありがとうよ。」

店先から、この店の主人のヨーゼフが顔を出す。馬のトムから荷を降ろし、店の中に入る。足りなくなっていた香辛料、塩などを買い求め、会計を済ませる。

「今日は後、トーマスのとこかい?」

「ええ。槍の穂先の修理と鏃の補給ですよ。鉈も一つ買ってこいって。」

先日の狩りで先の欠けた槍の修理を今日は持ち込んでいた。この村での用事はこの食料品兼雑貨屋と鍛冶屋のトーマスの所、大概その2軒で終わる。


「レン、あたしも行く。」

元気よく左手に飛びついて来たミーナの頭を撫ぜて、レンは馬のトムの手綱を解いた。

レンは手綱を右手で持って、馬を引く。このアプト村は街道の要所にあり、旅人がよく通るため酒場を兼ねた宿屋もある。人口は50人ほどで、村の端から端まで歩いても、10分とかからない。


そんな村の外れにある鍛冶屋の前に漣は馬をつないだ。

「こんにちは。」返事がないのは、奥で仕事をしているせいか?つちを打つ甲高い音が表まで聞こえてくる。

漣はそのまま、穂先の折れた槍を持って店の中へ入って行った。


「よう、レン。あっ、ミーナもいるの?」

「やあ、トム。お父さんは奥かい?」

中から声をかけて来たのは、ここの息子のトーマス。ミーナの事がちょっぴり気になる10歳である。

「あんたいたの?別にいいのに。あたしはレンの付き添い。」

じゃれ合っている二人を残して、レンは店の奥へと入って行った。


「トーマスさん、こんにちは。修理をお願いします。」

「やあ、レン。槍かい?これはひどいな。どうした?」

「イノシシを狩る際、まともに岩に当ててしまって。修理できます?」

「なんとかやっとおくよ。後は?」

「鏃を20ほど、それと、鉈を一つ。」


商品を受け取り、レンは店を出た。槍は今度村に来た時に受け取ろう。漣は馬をつないでいる所にくると、そこにトムとそれをからかっているミーナがいた。


「あたしの好きなのは、こっちのトムよ。おとなしくて、いい子。」

「うるさい、俺と同じ名前なんだから、いいやつに決まってるだろ。」

「あっ、レン。これからどうするの?」

「用事は済んだから、もう帰るつもりだけど。」

レンの姿を見てまた飛びついて来たミーナの頭をなぜながら、レンはそう返事をする。


「いつもレンはすぐ帰っちゃうじゃない。たまには一緒に遊んでよ。」

「レン、俺が剣の相手をしてやろうか?」

「あんたじゃ相手になる訳ないでしょ?」


楽しい弟や妹みたいで、少し相手もしたかったレンであったが、アーロンが待っている。

「いや、今日は帰るよ。」

「じゃあ、村の入り口まで送って行く。」

店番をしないといけないトムを残して、漣はミーナと共に村の入り口に向かった。


「それじゃ、またね、ミーナ。」

そう言って馬にまたがろうとした時、こちらに向かってくる一頭の馬と人の姿が見えた。

「あれ誰かしら、旅人?」

ミーナの声のとおり、その旅人はゆっくりと近づいてくる。そして近くまで来たその旅人は、漣のよく知る人物でもあった。


「レン、久しぶり。村に来てたのか。」

「うん、買い出しと槍の修理。元気だった?ボドウィック」


それは、ちょうど1年ほど前アーロンを尋ねて来て、漣に両手剣を教えてくれた傭兵のボドウィックであった。


そして、漣の運命は大きく動き始める。




「それで情勢はどうだ?」

漣と共にアーロンの所にたどり着いたボドウィックは、馬の世話を漣に任せ、アーロンと机に向かい合っていた。


「帝国が少しうるさくなってきたな。大きく動くことはないと思うが、、、どうやらお前の事も探しているぞ。」

「死んだことになっているのにな。そろそろばれる頃合いか、ディートハルトめ。聖王国の方は?」

「あっちは泳がせているつもりだろう。だが、レンの事がばれると、まずいぞ。」

「どっちにとってもな。レンはもう俺の手を離れても大丈夫だ、任せる。」


今日ボドウィックが来たのは、1年前の約束のためだった。1年間レンにネクロマンシーを教えてみて、物になりそうならその後の事をボドウィックに託す。アーロンはそう考えていた。いずれレンはこの世界を大きく動かす予感がする。そのためには、もっと世界を見て、人との繋がりを深める必要がある。


しかし、アーロンはレンが自分を遥かに超え、本人には全くその自覚はないが、初代に迫るネクロマンシーの力を身につける所までくるとは、思ってもいなかった。

剣の腕前の上達ぶりも異常だった。勘も良く、そのパワーとスピードはわずか15歳の少年の物とは、とても思えない。その理由をレンは大地の大きさがどうのとか言っていたが、大地の精霊?アーロンには何のことやらさっぱりだ。


「それじゃ、連れて行くよ。お前はどうする?」

「俺はまだここにいる。まずくなりそうなら連絡するさ。」

「分かった。」 


「アーロン、表は終わったよ。買ってきた物も片付けた。槍は修理できそうだって。次に行った時に受け取ることにしてる。」

片付けの終わったレンが小屋に入ってくる。

「分かった。飯にするか。」

そう言って、アーロンも漣の方へ立ち上がった。



夕食が終わり、片付けをしている漣の背中にアーロンが声をかけた。

「レン、終わったら話がある。こっちに来てくれ。」

手を拭き終わって、アーロンの所に行くとボドウィックも座っている。漣はアーロンの隣に、腰を下ろした。


「何?アーロン。」

「実はお前をボドウィックに預けようと思う。ローランに行け。」

「ローランに?アーロンは?」

「俺はもう少しここにいる。武闘大会の頃行くさ。ボドウィックに両手剣を教えてもらえ。」


アーロンと離れるのは寂しいが、大きな街にいくというのは漣にとっても楽しみである。それにこの世界にも慣れてきた漣に取って、帰る可能性を探す意味でも、もっとこの世界のことを知っておきたい気持ちはあった。


「分かった。何を持って行けばいい?」

「大体の準備は、今日私がしておいた。明日の朝、渡すよ。」

「面白いぞ、街は。漣も飲めよ。」

そう言ってボドウィックはワインの入った瓶を漣に勧める。元の世界ではもちろん未成年のため、酒を飲んだ事のなかった漣も、こちらに来てアーロンのお相伴に預かり、少しはその味が分かって来ていた。

「それじゃ、いただきます。」


それからボドウィックは、ローランの街がいかに大きくて賑わいにあふれているか、いかにうまい物があり、女の子がきれいで、楽しい所かを漣に語る。

「俺たちがいるのは、東の方の中心部だ。このあたりは宿屋とうまい飯屋が多いぞ。」

「碧の旅団?そこに僕も行くの?」

「ああ。所帯はそんなに大きくないが、いいやつばかりだ。」

「僕も傭兵か、、、」


しかし漣は心配な事が一つあった。平和な日本に育ち、戦いや殺し合いを知らない自分が果たして人を相手に刃を向けることができるのか。

傭兵と言えば兵士である。兵士の仕事は戦争であろう。漣には自分が人を殺す姿が、想像できなかった。



次の朝、朝食を終えるとアーロンは漣の前にひとそろいの荷物を持ってきた。

「レン、これをもって行け。旅に必要な物は大体入っている。特にお前はこれを着ておけ。」

そう言ってアーロンが差し出したのは、フード付きの黒いコート。分厚い丈夫そうな布で出来たそれは、季節で言えば冬にあたる今、防寒用としても十分なようだ。


「お前はなるべくこれをかぶってろよ。出来るだけその髪は見られない方がいい。黒髪は珍しいからな。」

そう言って、アーロンはレンの前に大きな幅広の大剣を突き出した。

「持ってみろ。」

漣はそれを手に取ってみる。確かに今まで使っていた片手剣とはその存在感自体違う。ただ両手なら、持て余すというほどの重さではなさそうだ。


柄にあたるところには滑りにくそうな青い皮が巻かれ、柄頭にはそれよりは少し暗い藍色の石がはめ込まれている。

柄を持って少し引き出してみると、刃の中央部分には見た事もない文字が刃の半ばくらいまで掘られていた。


「これは?」

「お前にやろう、餞別だ。俺が昔使っていた物でな、まあ俺には使いこなせなかったってやつだ。それよりちょっと振ってみろ。」


そう言われて外に出て、両手で持って振ってみる。無意識のうちに剣道の構えになってしまったが、特に重過ぎて振り回されるという事はなさそうだ。


「まあ構えはともかく、使えない事はなさそうだな。ボドウィックに教えてもらえ。」

「基本は片手剣と同じだ。それに加えて剣の重みを利用する。また王都に行ったらしごいてやるぞ。それにしても、いい物をもらったな、レン。いいのか?アーロン。」

「ああ、俺にはもう必要のない物だ。」

「ありがとう。ところで、これはどうつけるの?」


既に腰には片手剣があるが、それを外したとしても、これは腰につけるには大きすぎる気がする。


「片手剣はそのままで、そいつは後ろに背負え。その上から荷物をしょえばいい。」

教えられた通り背中に背負うと、何かいいあんばいに収まった。

「アーロンありがとう、色々と。」

「何もこれが最後って言う訳でもないさ。そらこれ。」

といって、貨幣の入った小さな袋を手渡してくれる。

「とりあえず、当座の資金だ。早く仕事に慣れろよ。」



ボドウィックと並んで森に沿って馬を進めていく。1年半ほど過ごしたその森は、レンに様々な事を教えてくれた。狩りの仕方、罠の掛け方、食べられる草や木の実、毒になる物。

そして何より、自分がこの世界に来た場所でもあった。

王都に向かう漣はアーロンのとの別れ以上に、何やら名残惜しい気がした。




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