第27話 幕開け
「レン、俺は死んだのか?」
それが、ギードの第一声だった。
「ギード!!」
レンはすぐさま後ろに立つギードの所に駆け寄った。
「大丈夫!?というか、僕が分かる?」
そうか、獣ならもちろん復活してもしゃべりはしない。しかし、人間ならしゃべれて当然か。意識もハッキリしている。漣はその時、まるでギードが何事もなかったかの様に見えることに感激していた。しかしそんな漣の気持ちに水を差したのが、信じられないような顔をして漣の体の前を手で塞いだアーロンだった。
「アーロン?」
漣はそんなアーロンの横顔を不思議そうに見る。アーロンの瞳はまるで信じられないものを見るかのごとく、ギードをとらえていた。
「アーロン!?」
漣は再びアーロンに問いかけた。するとアーロンは漣を横へと押しやり、ギードの前に立った。そしてギードに手を伸ばして行く?
アーロンの手はそのままギードの首筋に触れた。さらにアーロンの瞳が見開かれる。
「ギード、驚かないで聞いて欲しい。君は、死んでいる。」
そしてアーロンはギードにはっきりと宣言した。漣は不思議であった。アーロンは何にそう驚いているのか?自分がネクロマンシーの力を使い、ギードを蘇らせてしまったのだから、当然ではないか?それよりも、漣はギードをこれからどうしたら良いのかが気がかりであった。
先ほどの騎士の様にもとの状態に戻さないといけないのか?それを今、ギードに告げるのは?とても残酷な事の様に思えた。
「やはりそうか。あいつらに腹を刺される前に、俺は心臓を矢で貫かれていた筈だ。」
そう言ってギードはまだ自分の胸に刺さっている矢を見下ろした。それはどう見ても、左胸の心臓の真上だった。
「しかし今は痛みもない。これはどういう事なんだ?」
ギード自身も現在の自分の状況に相当混乱しているようだ。
「ギード、君はレンのネクロマンシーの力によって死者の国から呼び起こされたのだ。つまり、今の君はアンデッドだ。」
何かを宣告する様に、アーロンはギードにきっぱりと告げる。
「だが、これはあり得ない事だ。通常アンデッドは自意識を持たない。しかし今の君は、しっかりとした自意識を持っている。おまけに、言葉も話している。こんなことは、ありえない。」
「分からねえな。あの時、俺は突然目が覚めた。レンが俺を呼び、助けを求めているのが分かった。そして俺はそれに答えなければならない事も。だから俺は戦った。それよりレン、お前ネクロマンサーだったのか?」
「うん、そうみたい。」
漣はアーロンの言葉の意味を噛み締めていた。アンデッドは自意識を持たないし、しゃべらない。しかし目の前のギードは先程までと、生きている時と何ら変わりはしない。ただ胸に矢が刺さっているだけだ。
そうだ。漣はギードに近寄り、その矢に手をかけた。
「ギード、痛いかもしれないからちょっと辛抱して。」
そしてその矢を引き抜いた。
「ちょっと待て、レン。」
アーロンの言葉は、漣がそれをすでに引き抜いた後だった。
「アンデッドの傷は治らない。最小限にとどめてしっかりと縫合しないと。」
しかし、アーロンがその言葉を言い終わる頃、ギードの胸の傷はもうほとんど跡形もなかった。
「えっ?」
漣はその言葉を言い終わったアーロンと、ギードの胸を交互に凝視していた。
「信じられない、、、傷が治っている。これはネクロマンシーなのか?」
再びアーロンは驚愕の表情を浮かべて、ギードを見つめていた。どうやらそれもアーロンのネクロマンシーとしての知識の中では、ある一点の例外をのぞいてはあり得ない事のようだ。
どうやら人心地着いたようだ。ミスファは、ほっとすると同時に力が抜け、背を後ろの馬車に持たせかけて朝からのことを思い出していた。
宿を出立の際、バーンハードの馬車が壊れていたのがケチの付き初めだった。もともとミスファ達の馬車はスピードより乗り心地を優先させており、その大きさもあって、それほど早くは進めない。そのため、先に出立して修理の終えたバーンハードの馬車が後から追いつく手はずになっていた。
法術士一人に加え護衛の騎士達も6人もおり、その中でも目立つ白銀騎士の守るこの馬車をわざわざ襲う者達もいない筈。ましてこの街道は友好国同士の聖エルランジェ王国とシャイア王国を結ぶ主要街道、そうそう不逞の輩が跋扈する要素はなかった。
そんなこともあり、何一つ不安な要素無しにミスファ達は先行した筈だった。
しかしこの見通しの悪い山道に入ってすぐに白銀騎士団の鎧を着た彼らと出会った。ゲルハルト王の命によりシャイア王国へミスファの護衛に来たと言う彼らに、どうしてこんな人数でと少し疑問に思ったのだが、勧められるまま護衛を任せこの少し広い所まできたとたん、突然襲いかかり瞬く間に3人の騎士が切り捨てられ、法術師も殺されてしまった。
悪意のある者達に襲われ命の危機にさらされる、ミスファには初めての経験であった。
白銀騎士のおかげで即座に全員やられる事は防げたのだが、いかんせん人数の違いが大きく白銀騎士にも限界がありもうダメかと思われた所に漣達が飛び込んできてくれた。
しかしその後も状況は決して良くなかった。一時はバーンハードの馬車の到着で戦力が増え、こちらが優勢かとまで思ったのであるが、襲撃者のクロスボウの2本の矢でその優位はたちまちのうちにひっくり返った。
主力のギードと言う体の大きな傭兵が死亡し、もう一人の主力ボドウィックも肩に矢を受け、その剣を振るえない様になってしまう。自分も馬車の外に出て法術で援護したのだが焼け石に水。そんな時だった。
アーロンと言うバーンハードの同行者が唱えた呪文は、倒れていた護衛の騎士を動かしてこちらの戦力とし、さらにはあのレンまでもが同じ力で死んだ筈のギードを生き返らせ?敵に打ち勝った。
ネクロマンサー。
ミスファは自分の誕生日のミサの際聞いた、助祭の言葉を思い出していた。
「じゃあ司祭様、闇の力って言うのはどんなのがあるの?」
「世界を滅ぼす邪神とその眷属ですよ。闇の法術を使う者達もその仲間です。」
「闇の法術って?」
「呪術師、闇の眷属召還師やネクロマンサーなどですね。そう言った邪神の手先が操る法術の事です。」
「ネクロマンサーて何?」
「死体を操って悪いことをする、死霊術師のことを言います。」
レンが、ネクロマンサー?闇の法術師なの?邪神の手先?
ミスファにはレンがそのような存在とは、とても信じられなかった。むしろそれらとは対局にある人だ。
ミスファは、しっかりとした歩みで、レンの元へと近づいて行った。
「レン。」
「ミスファ、無事で良かった。怪我してない?」
漣はミスファがどうやら傷一つない事を見て取り、安堵した。しかし戦いには勝った筈なのに、どういう訳かミスファの顔つきは暗い。
「どこか怪我でもしたの?大丈夫。?」
ミスファはきっと顔を上げて、漣の方を向いた。
「レン。」
その時アーロンがレンの前を手で塞ぎ、ゆっくりと自らのフードを外した。
「久しぶりだね、ミスファリア。」
そう言うアーロンの顔は、とても優しげだった。
もし間違っていたら?レンがミスファの思うような人物ではなかったらどうしよう。いや、そんな筈はない。その恐れをぐっと飲み込み、ミスファは本人に直接事の次第を聞こうとレンの元へ歩み寄った。そして自分の心配をしてくれるレンに問いかけようとした時、バーンハードの同行者アーロンが漣を制し、ゆっくりと自分のフードを後ろへ外した。
「久しぶりだね、ミスファリア。」
その声は久しぶりに聞く声だった。そして決して聞く事の出来る筈のない。
「エルイスト大叔父様、、、」
ミスファは自分の声が、誰かが遠くで言っているかの様に聞こえた。
「大叔父様、、、だって、、、」
そこにいた人物はミスファが小さい頃、とても大切にかわいがってくれた、ミスファが大好きだった大叔父のエルイストだった。あの頃よりずいぶんと年をとってはいるが、ミスファには見間違えようがない。しかし大叔父はずいぶん前に亡くなったと聞いている。だがなぜ今ここに?まさか大叔父も?
そんなミスファの心配が分かったのか、エルイストはミスファを安心させる様に言った。
「大丈夫、私は生きているよ。久しぶり、奇麗になったね、ミスファ。」
その言葉と共に、ミスファはアーロンの胸に飛び込んで行った。
「大叔父様、大叔父様、、、」
アーロンは自分の胸に飛び込んで泣きじゃくる又姪に当たる少女の頭を、ゆっくりと撫ぜていた。
「無事で、良かった。ミスファ、会いたかったよ。落ち着いたら君には色々と、話さなければならないことがある。」
ひとまずギードのことはおいておいて、アーロンに飛びついて泣きじゃくるミスファをそっとしておき、漣はボドウィックの様子を見るエミリアとファナのところに行った。もうその頃にはファナの手当も一段落しており、ボドウィックは馬車に体をもたげ、休んでいるところだった。
「団長は大丈夫?怪我はどう?」
「取り敢えず、ここでできることはした。出血も止まっているし、もう動ける。」
ファナが今の状況を説明する。
「ただし、このまま旅を続けるのは無理ね。」
とエミリア。
「そうだな、今俺は単に足手まといにしかならない。」
ボドウィックもそう判断した。
「団長、一旦ローランに戻りませんか?そしてもう一度体制を建て直して。」
「いや、それは敵にもまた体制を立て直す猶予を与えるだけだ。」
エミリアがそう提案した時、後ろからアーロンの声が響いた。
「今回の敵はその正体が皆目わからん。帝国の手のものか、もしくは帝国と手を結んだ聖王国の者の可能性もある。今回これほどの規模でミスファを襲って来るには、それなりの準備が必要だったはずだ。今すぐ同様の規模で仕掛けてこれるとはとても思えない。ここはできるだけ速く、パールベックまで辿り着いたほうがいい。」
「ファナとエミリアはボドウィックをローランまで送り届けてくれ。パールベックには私とレン、ギードとバーンハードさんがミスファとともに行く。」
アーロンのその言葉に、ボドウィックも頷いた。
「それが一番良いだろうな。レン、頼んだぞ。」
取り敢えず今後の方針が決まる。パールベックまでは後8日くらい。ボドウィックたちが王女の馬車に乗り、ミスファは馬車を替え、ひっそりと行けば辿り着けなくもないだろう。
「ところで、レン。色々と聞きたいことがあるんだけど。」
「レンは、ネクロマンサー?」
「今まで隠していたの?」
エミリアとファナが少し険悪な雰囲気で、交互に尋ねてくる。
「団長は知ってたんですか?」
エミリアの矛先はボドウィックにまで向けられた。
「ああ、俺は知っていたよ。ただし、これは少々複雑な問題でな、早々皆に知らせるわけには行かなかった。」
「複雑な問題?」
「ああ。エミリアはネクロマンシーが聖王国で禁忌の術に近い扱いを受けているのは知っているな?」
「ええ。でもシャイア王国ではそれほどではないと思いますけど?」
「そうだな。でも、君たちは具体的に誰かネクロマンシーの技を使える術師を知っているかい?」
エミリアの問は、側に来ていたアーロンが引き継いだ。
「そうね、私は見たことがないし、そういう人も知らない。ファナは?」
「私もそういう術があると、聞いたことしか知らない。レンが初めて。」
「実はネクロマンシーの技を使えるものの数は、非常に少ない。というか稀と言ってもいい。私もレンに会うまで、私以外の術者は知らなかった。そして詳しいことは話せないんだが、このことは聖王国の王家の秘密に絡んでくる。また、帝国も戦略的戦力として、ネクロマンサーを執拗に探している。だから漣の能力を、おおっぴらにするわけには行かなかったんだ。」
そうアーロンに説得されても、エミリアは今ひとつ納得いった顔ではなかったが、取り敢えずその話題はひとまず置くつもりになったようだ。
「わかったわ、じゃあ今は何も聞かない。そのかわり落ち着いたら、レン、きっと話してね。」
「私も聞きたい。」
「うん、分かった。君たちには落ち着いたら全部話すよ。その代わり、ギルドに戻ってもまだ僕のことは秘密にしておいて欲しいんだ。」
「わかったわ。それと、団長を送り届けたら、私もすぐにパールベックに行くわ。あなたを追いかける。いいでしょ?団長。」
「私も行く。」
「どうせ止めても聞かんだろう、お前たちは。構わんよ。バーンハードさんのところに行けばいい。」
「レン、それと、、、」
アーロンが気がかりそうに口を開いた。
「もし今回の襲撃者が帝国絡みの者達なら、君の存在は帝国にもバレたことになる。今後帝国は君を執拗に狙うことになるだろう。気をつけてくれ。」
「わかりました。気に留めておきます。」
今回の襲撃はこれで一段落した訳だが、漣にはこれが今後の動乱の単なる幕開けにすぎないような、そんな気がする。
「私にもやらせて下さい。治癒術の心得があります。」
そう言って、ボドウィックのそばに寄っていったミスファの後ろ姿を見ながら、漣はこれから起こりそうな厄介事の確たる予感を感じていた。




