第26話 魔手よりの襲撃
レン達一行がルーラを出立してしばらくは、道幅の広い快適な道のりだった。少々急いでいても、パラパラと来る対向の馬車とのすれ違いも問題なく、一行は距離を稼いでいた。
次の宿泊地はドーソンという街で、そこから北に上がるとアーロンと漣がいたアプト村がある。大きさは最初に泊まった街よりは小さいが、昨日のルーラよりは大きい。おそらくそこでは、ミスファ王女一行とは宿は別になるだろう。漣はそれが少し残念に思えた。
「今日は昨日よりは少し距離があるのかしら?」
お昼まであと少しというところで、エミリアが尋ねてくる。漣がこの辺りは通ったことがあるため、詳しいことを知っていると思ったようだ。
「昨日よりは少し近いから、着くのはそれほど遅くならないと思うよ。多分、明るいうちに着けるんじゃないかな?」
「そう、ならのんびりできるわね。」
「そろそろお昼も近いし、王女さまたちに追いつけるかな?」
「そうね、もうそろそろじゃない?でも変ね、しばらく向こうから誰も通ってこないわ。」
そういえばそうだった。しばらく前までは対向する馬車や馬がパラパラとすれ違っていたのだが、このところ馬一頭ともすれ違っていない。道自体も見通しの悪い地区に入り、遠くまで見通すことはできなくなっていた。そしてこちらの方から同方向に行く馬車も、目の届く辺りには一台もいなかった。
「たまたまかな?」
連がそう口にした時だった。前方から、やけに急いだ様子で一台の馬車が走ってくる。操っている御者はずいぶんと慌てているようだ。
レン達一行の馬車の手前で、その馬車は急停止をした。そして慌てた様子で御者が口を開いた。
「おい、この先は行かないほうがいい。少し先で、一台の馬車が騎士たちに襲われているぞ。すぐ引き返せ。」
「どういうことだ?」
ボドウィックが慌てて聞き返す。
「俺にはわからん。一台の馬車をめぐって、どういうわけか同じ鎧を着た騎士同士が争っているんだ。馬車を守る騎士は5、6人で何人かもうやられてたかもしれん。襲ってる奴は10人以上いたぞ。とにかくここを行くと巻き込まれるから、ルーラまで戻ったほうがいい。」
そう言って男は、あわてて馬車をルーラの方へ走らせていった。
「ボドウィック、王女一行だ。」
アーロンが馬車から飛び出してくる。
「レン、ギード、頼む。先に行け。我々もすぐ追いかける。」
「分かった、団長、先行します。行こう、ギード。」
漣はそう言ってすぐさま飛び出した。ギードがすぐその後を追う。
ミスファが危ない!!漣はとにかく馬に鞭を当てる。ルーラから自分たちは結構飛ばしてきた。それほど先のはずはない、間に合ってくれ。いや、間に合わせる。
見通しの悪い山道を漣は飛ばす。おそらくは戦いの手前で足止めを食っているのだろう、幸いなことに前方から来る筈の対向の馬車は全く見られず、漣はぶつかることを恐れずに馬を走らせることができた。
いくつ角を曲がっても、まだ何も見えてこない。そろそろ焦りがレンの心をとらえ始めた時だった。
10分ほど馬を走らせて見通しの悪い角を曲がった時、突然目の前が開け、剣を打ち合わす音と怒声が飛び交ってくる。
間に合った。
漣は背から大剣を抜き、片手で構え剣戟の中へ飛び込んでいった。
ミスファは?漣は王女の乗る馬車の方を見る。幸いなことに同じ鎧を身に着けた襲撃者の騎士たちはまだ馬車まで辿り着いておらず、その周りを護衛の3人の騎士が取り囲んで守っている。その中には白銀騎士の姿もあった。しかしその足下にはすでに、3人の騎士達と矢の突き刺さった、法術師と思われるローブを着た男性の遺体が転がっている。
しかも相手の騎士の数は、それをはるかに上回っていた。
まだ20名近い数の騎士たちが馬車めがけて襲いかかっている。後方では首謀者らしきものが立っており、その隣にクロスボウを持った者も二人ほどいる。
「王女も殺せ、一人も生かしておくな。」
首謀者の声の響く中、襲撃者たちはますますその攻撃の度合を強めた。
漣はその声を聞いた途端、体が自然に前に走った。有利なのかもしれないが、馬に乗ったままでの戦いにはまだ慣れていない。馬から飛び降りざま、一人の首筋を切り飛ばし、勢いで前転して立ち上がりざまもう一人の胴を薙ぐ。瞬く間に、二人が地に伏した。そのまま王女の馬車の方へ、走る。
「増援か!!たった二人だ、構わん押し切れ。」
敵は攻勢を緩めようとはしない。こちらの騎士がもう一人倒れる。その時、白銀騎士がどんと揺らいだ。見ると胸にクロスボウの矢が刺さっている。そこへ襲撃者が二人前後から剣を突き入れた。
「やった!!」
どう見ても致命傷を与えたその一撃に、思わず突き入れた一人が声を上げた、その時だった。
明らかな致命傷を受けていたにもかかわらず、白銀騎士はその剣を大きく振り下ろし、自分に突き入れていた騎士の首を跳ね飛ばしもう一人を袈裟懸けに切り倒した。その動きは、傷ついているとは到底思えぬものだった。
「油断するな、白銀は首を落とさねば死なんぞ!!」
首領の男が声を張り上げる。
その声に漣はそちらを振り返ろうとしたが、突然二人の騎士が漣に向かってきてその相手をすることになった。
片方の剣をはねのけ、ついでもう片方へ突きを入れる。それをシールドで防ごうとしたのをかわし、そのまま足を薙ぐ。倒れた男は放っておき、もう一人の方を袈裟懸けに切り倒す。おかしい、相手の練度が低すぎる。一般の騎士というのはこんなに脆いものか?少なくとも大会に出ていた騎士たちは、もっと骨があった。
見るとギードもすでに3人屠っており、4人めと剣を交えている。
「やった!!」
突然歓声が上がり振り向くと先ほどの白銀騎士が5人の男たちに囲まれ、その首を飛ばされて地に伏していた。後こちらの手勢は傷ついた騎士が一人と漣とギード、それに対し襲撃者たちはまだ10人以上残っている。これは少々厳しいか。漣がそう感じた時だった。突然道の角から見覚えのある馬車が飛び込んできた。
「レン!!」
ボドウィックとエミリアが駆け寄ってくる。ファナとアーロンが王女の馬車のところに辿り着いた。
「レン、エミリア、王女の馬車を守れ。俺とギードで出る。」
ボドウィックがそう言ってギードと飛び出した。レンはすかさず、馬車に駆け寄る。
「アーロン、ミスファは?」
「大丈夫だ。傷ひとつない。」
ボドウィックもギードも大剣使いだ。しかも相当の手練、襲撃者の攻勢がいったんやみ、少しこちらが押している様に見える。
このまま行ける、レンがそう思った時だった。ドスッという音が二回響き、ギードの左胸とボドウィックの右肩にクロスボウの矢が突き刺さった。と同時に、今までギードと打ち合っていた二人が、その剣を前後からギードの腹に突き刺す。
倒れる寸前、その内の一人を袈裟懸けに切って捨てるもそれ以上耐え切れず、ギードの体はどうと地面に倒れた。そこから地面に真っ赤な者が溢れ出て行く。
「ギード!!」
レンは思わずギードのところに駆け寄ろうとしたが、右肩を打ち抜かれたボドウィックが剣を振るえず防戦一方で大剣を使いながら後退してくる。その間にも敵の一撃を受けていた。
「ボドウィック!!」
漣はボドウィックに襲いかかろうとしていた敵の騎士を切り倒し、馬車のところまで下がらせた。
「ファナ、クロスボウ使いをやれ。」
「アイスアロー!!」
冷静なアーロンの指示によりファナの氷の矢が二本飛び、敵のクロスボー使いは二人ともその動きを止めた。しかし、まだ襲撃者たちはまだ8名ほど残っているのに対し、こちらの前衛は実質漣とエミリアの二人だ。
「ファイヤーアロー!!」
突然炎の矢が漣の後ろから飛び出し、敵の一人を焼いた。振り返るとミスファが馬車の外に出て法術を唱えていた。
「私もやれます。」
そんなミスファに向かって漣の横をすり抜けようとした敵を切り倒し、漣はミスファに叫ぶ。
「駄目だ、ミスファは下がって。」
「嫌です。レンが戦うなら、私も。」
くそっ、この人数ではいずれ囲まれて終わりだ。動けるのが二人では遊撃はできない。後衛と馬車を守るので手一杯だ。
「旋律の戒めよ、黄泉の御霊よ、今ここに解き放たん!!」
援護が増えホッとしたのもつかの間、あっという間に危機的状況に再び陥った漣の耳に聞こえてきたのは、懐かしい、しばらく耳にしていなかったある法術の呪文だった。
「アーロン!!」
アーロンの呪文が紡がれると同時に、手前に倒れていた王女の護衛の一人だった騎士の遺体が体を起こした。そして、驚愕のもと体が凍り付いていた襲撃者の一人を切り裂いた。
「ネクロマンサーだと!!」
しかし敵の首謀者の男がうろたえたのは、一瞬だった。
「あの術者を狙うか、首を落とせ。そうすれば、アンデッドは倒れるぞ。」
それを聞いて我に返った襲撃者達の一団は、一斉にアーロンを倒そうと襲いかかって来た。漣やエミリアが防ぐもどうしても後ろに何人かは逃してしまう。
「ファイヤーアロー!!」「アイスニードル!!」
ミスファやファナも法術で牽制するが、時間の問題だ。ボドウィックも大剣で押し返すが、敵の攻撃を止めるにはいたらない。まずい、このままでは、、、
漣が逡巡したとき、アーロンの叫び声が聞こえた。
「漣、やれ!!お前の力は、俺程度じゃない。早く!!」
遠くの方で誰かの考える声が聞こえる。
僕はまだ人間を呼び戻したことはない。
果たして出来るのか?
いや、そんなことをしていいのか?
でも、このままでは、、、ミスファを、助けなきゃ。
誰かが遠くの方で、そのようなこと考えている。
ドクンッ!! ドクン!!
レンの心臓がギュッと何かに掴まれる。
いつの間にか漣は、一つの言葉をその口から紡ぎだしていた。
「旋律の戒めよ、黄泉の御霊よ、今ここに扉を開かん!!」
それと同時に漣は強く、激しく願いを込めた。
ギード、僕を助けて!!
漣が願いを込め終わると同時に、うつぶせに倒れていたギードの体がびくっと震えた。そしてその体は、一気に立ち上がり、側にいた襲撃者の男の胴をその大剣で一刀両断にした。
まさに一瞬の出来事だった。
「うぉ~!!」
大声を上げて、ギードは今まさに馬車に群がろうとしていた男達を次々と切り伏せていく。そのパワーとスピードは、生前の彼の動きを大きく上回る者だった。胸に突き立った矢はそのままに、切り掛かって来た襲撃者の騎士をその剣ごと大上段から切り落とすと、切られた騎士は文字通り吹っ飛んで行く。
驚きのあまり我を忘れた襲撃者達は、アンデッドの騎士とギードに次々と倒されて行き、気がつくと残ったのは首領の男の他は二人だけだった。
「撤退だ。引くぞ!!」
首領の男は形勢が悪いと分かるとあわてて逃走しようとする。
「逃がすか!!」
漣は後ろから一人を袈裟懸けに切り倒しもう一人にすがろうとしたが、二人は既に馬に乗り逃走に入っている。
「アイスニードル!!」
ファナの法術が男をもう一人とらえたが、残念ながら首領の男の逃亡を許してしまった。
なんとか助かりはしたが、こちらの被害も甚大だ。護衛の騎士団は全滅。ギードは戦死?ボドウィックは矢傷の他にひと太刀浴びており重傷。漣とアーロンとエミリアも浅い傷をいくつも負っている。
ファナが急いでボドウィックに治癒の法術をかける。とりあえずは命の危機は去ったようだが、とてもじゃないがこのまま旅を続けられる状態ではない。
「去れ!!」
アーロンの呪文と共に、もの言わぬアンデッドの騎士が地面に崩れ落ちる。どうやら元の状態に戻したようだった。
その声と共に、漣ははっと気づいた。自分がギードをアンデッド化したのであった。それならば、けりも自分でつけなければならない。
「アーロン、、、」
漣はそう思い、アーロンの方を見た。しかしアーロンは別の方、漣の後ろを見やって驚愕している。えっ?漣は振り返って、後ろをみた。
そこには、今までと変わらぬ表情をしたギードが、不思議そうな顔で自分の胸に刺さっている矢を見つめていた。
「レン、俺は死んだのか?」
それが、ギードの第一声だった。
まさか、まさか、まさか、、、
作戦の成功はすぐそこまで来ていた。同行する馬車の車軸に細工をして別々に出立させ、王女の乗る馬車が孤立している所を襲わせる。作戦は完璧だった筈だ。
途中、もう一台の馬車の護衛達が追いついて来たが、人数は圧倒的にこちらが有利。その数の差は、ひっくり返えようがなかった。
白銀騎士が一人いたものの、それも計算のうちだ。最初の予定通り人数で囲んで、首を落としその動きを封じた。
クロスボウ使いも二人用意した。そのおかげで敵の主力二人をそうそうに無力化することができた。
ここまでは完璧だった筈だ。
帝国内務省特務機関の部隊長ゲオルクは逃走しながらもう一度今回の作戦を振り返っていた。
聖王国のオスバルト男爵に通じて、今回のローラン武闘大会にミスファリア王女が出席する情報は、ずいぶん前に得ていた。
目的はシャイア王国内で聖王国の姫君を殺害し、両国の関係にひびを入れる事だった。
そのため怪しまれないで近づける様、オスバルト男爵を通じて手に入れた聖王国の鎧まで今回の作戦の全員に着せておいた。おかげで最初の襲撃はうまくいき、まず最初に法術師の男を射殺し、一度に半数の護衛の騎士を屠ることができた。
そう、あのネクロマンサー達が出てくるまで計画通り事は進んでいた。一人目のアンデッドも何とかなる範疇だった。まだ相手との数の差は明らかだったのだ。
しかし、あの黒髪の少年、素晴らしい剣士でもあるあの少年のネクロマンシー、それによって生み出されたあのアンデッドの強さと言ったら。
とてもではないが、聖王国の白銀騎士の比ではない。信じられないスピードにパワー、もしあれが我が帝国のものとなれば、、、
素晴らしい。素晴らしいものを目にすることができた。
計画は失敗に終わったが、それ以上に素晴らしい成果を持って帰ることができる。あれこそは我が帝国、我が皇帝が長年追い求め探していた、ネクロマンシーの力。
街道を北へと走るゲオルクの表情は、作戦の失敗にも関わらず歓喜に満ち満ちていた。




