第22話 初めての出会い
漣が目を覚ましたのはどうやら救護室の一つのようだった。薄暗い部屋の中には今は誰もおらず、簡素なベットに連一人横たわっているだけだった。
テーブルの上には小さなランプが一つ。その明かりは他にははなにも無いこの部屋の壁を、少し揺らぎながらぼんやりと照らしていた。
負けたのか。
連は次第に大きくなる胸の痛みとともに、ゆっくりとその事実を飲み込んでいった。目元がかすかに湿る。負ければ悔しい、負ける事がこんなに悔しいとは思わなかった。初めての気持ちに戸惑いながら、もっと強くなれば良いと己に言い聞かせる。
少なくとも、自分はいい試合をしたと思う。その事ははっきりと自分に誇れた。
扉の外で人の話し声がした。それとともに、内向きに大きく開かれる。
「レン起きたの?良かった、レンが目を覚ました。」
エミリアが顔をのぞかすとともに、首を巡らし後ろにそう言う。それとともに、ファナ、イーリス、ファビオラの3人が部屋の中に入ってきた。
「レン、大丈夫?」
ファナが心配そうに、覗き込む。
「大丈夫、もう何ともないよ。」
「レン、いい試合だったな。びっくりしたぞ、あのギードをあそこまで追い込むなんてな。私だったら、とてもあそこまでは保たない。」
イーリスには、どうやら及第点をもらえたみたいだった。
「でも負けちゃったよ。」
漣は下を向いて、悔しそうな顔をする。いい試合でも、負けは負けだ。
「ばかねえ、あのギードに勝てる分けないじゃ無い。前回大会では優勝したライムンドに続いて圧勝だったのよ。決勝以外、どの試合も瞬殺。あんた、ほんとにいい試合をしたわ。」
「そうよ、レン。試合が終わった時、会場中の観客が全員総立ちで拍手だったわ。凄い騒ぎ、私初めてよ、あんな経験したのって。ほんと体中がゾクゾクしたわ。あなたは気を失って憶えていないと思うけど、ほんとに素晴らしい試合をしたのよ。」
エミリアに続けて、ファビアナが興奮した様子で話す。そうか、自分もその様子を見たかったな。少なくとも、みんなを満足させる試合は出来たようだ。
漣は目を閉じた。ファビオラの話は、少し漣の胸の痛みを和らげた。
「最後の試合は?」
漣は気になる第6試合の様子を尋ねる。確か昨年の優勝者が戦っていた筈だ。その試合も見たかったのだが、自分が気を失っていては仕方が無い。
「予想通り、ライムンドの圧勝よ。すぐ片がついたわ。」
やはり、シード選手は皆順当勝ちらしい。当然と言えば、当然の結果だ。漣は心地よい疲労感と達成感を感じながら、ベッドから起き上がった。
ギルドで一通りみんなの歓待を受けた後、漣はベルンハルトの所に戻った。いつものようにベルンハルトはエレンと杯を空けている。
「先生、戻りました。」
「お帰りなさい。」
エレンがにっこりと微笑んで迎えてくれる。
「よう、飲むか?」
ベルンハルトが勧めてきた杯を口に運ぶ。少し酸味を帯びた苦みとアルコールが、じんわりと腹の中にしみていく。
ふぅ、うまい。ベルンハルトも何も言わず杯を傾けている。漣は一気に残りを飲み干した。
「うまいだろう?」
「はい。」
「やはり、うまい酒はいいなぁ。お前があのような剣を振るってくれると、またうまい酒が飲める。」
「ダメですよ、そんなにしょっちゅうじゃ。これ高いんですから。」
エレンがフフフと笑いながら言う。ふぅっと一息入れてベルンハルトはこちらを向いた。
「レン、よくやったな。」
漣はその一言を聞いたとたん、又目尻に熱いものがこみ上がってきた。つぅと一筋、頬を伝わる、、、勝ちたかった。
「でも、負けてしまいました。」
「お前は、あんときすべてを出し切れたろ?それでいいのさ。」
そう言って、また杯を口に付ける。
「もっと強くなりゃ、いいさ。」
エレンがまた杯を満たしてくれる。漣はそれを口元にもっていった。外からの風が心地よい。やはり、口に含んだ酒は、うまいものだった。
決勝トーナメントが行われる前に、一日試合が無い日がある。もう試合を行う事のない漣はその日をのんびりと過ごすことが出来た。
平常に戻っていつものようにベルンハルトと朝の鍛錬を行った後、漣は碧の旅団のギルドハウスへと出かけていった。
するとそこにはバーンハードとアーロンの姿があった。
「お久しぶりです、バーンハードさん。いついらしてたのですか?」
漣はもし自分の試合をバーンハードが見てくれてたらいいなと思い、尋ねてみた。
「昨日の午前中ですよ。レン様の試合、観させていただきました。感動しましたよ。」
「ありがとうございます。今回はいつまでおられるのですか?」
「商談がちょうど武闘大会が終わる頃にはこちらも終わると思いますので、その頃に帰るつもりです。」
「今回、シャルロットは?」
「シャルはお留守番ですよ。さすがにこの間あんなことがあったので、今回は素直に言うことを聞いてくれて助かりました。レン様に会いたいと結構わがままを言っていたのですが。」
「今日はこちらへは?」
「ボドウィック様とアーロン様にお話とご相談ごとがありましたので、それで今日はこちらに。」
「ごゆっくり、なさってください。」
そう言って、漣はアーロンのところに行った。アーロンとは昨夜のうちにギルドハウスで会うことができて、試合の事でちょっと話をしていた。
それよりは、漣にはアーロンに聞いておきたい事があった。漣にはアーロンが、単に武闘大会を観るためだけに来たとはとても思えなかった。
「アーロンはこの後、どうするの?」
「ああ、一度聖王国に向かおうと思う。その時、お前を連れて行きたい。」
「僕を?でもアーロン、聖王国に戻るのは追われててまずいんじゃ無かった?大丈夫なの?」
「見つからないようにするさ。それに私を追いかけていたのは兄であって、甥ではない。兄は病気でもう亡くなっているよ。今は甥が聖王国の王だ。私は表向きは死んだことになっている、まあ王宮に顔を出すことはないと思うがな。」
「でもなぜ僕を聖王国に?」
「おそらくこれからは君も、あの国に関わらざるを得なくなってくる。それなら早めに一度見てもらおうと思ってね。」
「関わるって?なぜ?」
漣にはアーロンの言う事が今ひとつよく理解できなかった。しかし、レオン王子の言っていた言葉が頭の中に、蘇ってくる。
「聖王国の第一王女、ミスファリア王女が君の髪の色を気にしていた。」
漣はその事をアーロンに聞いてみる事にした。アーロンは少し考えるような仕草をした後、言った。
「おそらく、彼女は核心ではないが、何かに気づいたかもしれんな。」
「何に?」
「今はまだ話せない。いずれきっと話すよ。君に大いに関わる事だから。」
何とも気になる台詞を言って、アーロンは押し黙った。
「今日は試合は無いけど、街中お祭さわぎよ。私は毎年お忍びで街を散策して楽しむのだけど、ミスファも今年は一緒に行く?」
ベアトリスが朝食の際、そう言ってミスファを誘ってきた。ミスファ自身、自分の母国では気軽にお忍びで街を歩いた事など無い。パールベックでは街を通るときはいつも馬車の中だった。だからベアトリスの提案にはとてもそそられる物がある。
「でもいいの?何かあったら、、、」
「大丈夫よ。周りを私服を着た近衛が囲んでるから、いざという時も安心できるわ。美味しいお店もたくさんあるわよ。」
どうやら、シャイア王国の王女はずいぶんと庶民派のようである。
「それならお願いするわ。私ってそんな事した事ないもの。」
そう言うミスファにベアトリスは簡素な服を貸してくれた。何でも今着ているような服では目立ってしょうがないということ。これを着ると街中でも目立たず、一般の子女と同じように行動できるらしい。ミスファはどうしてベアトリスがこれを持っているのか不思議であったが、要するに、ちょくちょく「お出かけ」というのを行っているのだろう。それなら付いて行っても安心かもしれない。
「ミスファ、用意できた?」
同じような服で身を包んだベアトリスが、ミスファの部屋に顔をのぞかせる。
「ええ、これでおかしくないかしら。侍女のサリーも一緒でいい?」
サリーはベアトリスの身の回りのお世話をするため、聖王国から連れてきている侍女である。サリーはすでに自分の普段着に服を変えている。
「素敵よ、とっても似合ってるわ。侍女の方もどうぞ。私も一人連れて行くから。」
ミスファとベアトリス、ミスファの侍女のサリー、ベアトリスの侍女のアンの4人は喧噪の中を歩いていた。ローランの武闘大会期間には、各国から見物客が集まってくる。様々な民族衣装や、集まって来る人々を当てにした屋台、多彩な芸を繰り広げる大道芸人達。笛の音や太鼓などの音楽もあちらこちらから聞こえ、そんな周りがすべて珍しい物だらけの初めて体験する騒ぎに身を委ねているうちに、ミスファは自分がフワフワとどこかに漂っていきそうな感覚に捕われていた。
「それでね、後であちらのアクセサリーのお店に入ってみましょうよ。センスがいいのよ、あそこ。それよりも、何か甘い物を食べにいく?最近の流行はね、、、」
そんなベアトリスの解説もぼんやりと通り過ぎていく。そんなごった煮の中を漂っているような感覚で歩いているうちに、ドンッと誰かにぶつけられミスファは思わずよろめいてしまう。
「きゃっ!!」
はっと我に返ってみると、小さな男の子が警護の私服を着た近衛兵に腕を捕まえられていた。
昼から特に用事もなかった漣はエミリアとファナに街中に連れ出されていた。今日は大会の中日で試合も無く、後は決勝トーナメントを残すのみである。もう出場の予定も無い漣はそれこそ気楽に街を散策することが出来た。
しかし凄い喧噪だ。日本でも浅草の祭りや隅田川の花火大会など、こういったお祭りは慣れてはいるのだが、何せ日本風の金魚すくいや綿飴がある筈も無く、聞く物見るもの結構珍しい物ばかりで、さっきからきょろきょろ目移りしてばかりだ。しかし同行の二人はさすがに慣れているのか目的は食べ物の屋台のようで、さっきから幾度となく襲撃を繰り返している。
エミリアは片手にポテトのような芋を揚げた物を持ちむしゃむしゃやっているし、ファナはファナで、両手にそれぞれ違う串を持って交互にかぶりついている。
漣も付き合ってさっき買ったばかりのシシカバブ風ホットドッグを手に持ち、ちょっと食傷気味だなと考えながら歩いていた。すると目の前で走ってきた男の子が若い女性にぶつかり、そのままその場を離れようとした所を、その女性の護衛か、後ろにいた男に腕を捕まえられるのを目撃した。その捕まえられた男の子は、漣もよく知る子供だった。
「すみません、その子、知り合いなんです。アルト、お前何やってんだ。」
「レン兄ちゃん!!」
捕まえられた男の子、アルトは漣の顔を見るとぱっと顔を輝かし、こちらを見た。しかしその腕はまだ男に取り押さえられている。どうやらやはり後ろの男はその女性4人組の護衛のようだ。アルトのぶつかった若い女性は怪我などはしていない様子で、ただ驚いてびっくりしたような声を上げただけのようだ。
漣はアルトのそばに近寄っていって、手を出した。
「出せ。」
さすがに漣にはごまかしきれないと思ったのか、アルトは懐からスリ取った硬貨のいっぱい詰まった綺麗な小袋を差し出した。
「お前まだこんな事をやっているのか。俺の前じゃ、見過ごせないぞ。」
「だって、今日みたいな日は稼ぎ時なんだよ。」
アルトがそう口ごもった時、アルトを捕まえていた男が腰の剣に手を伸ばした。漣は男の腕を慌てて止める。
「すみません、ごめんなさい。なんとか許してもらえませんか?きつく言い聞かせますので。」
アルトのぶつかった女性はどうしていいのかきょろきょろしていたが、連れの若い方の女性のが両手を腰に当ててこちらを向く。
「さすがにスリをただで許すわけには行かないんだけど、今日はお祭りだし殺生沙汰はちょっと気が引けるわね。」
「そこをなんとか見逃してもらえませんか?僕は碧の旅団のレンといいます。その子はスラムの子ですが気のいい奴で、小さい子の面倒なんかも沢山見ているんです。なんとかお願いします。」
「ミスファ、どうする?被害にあったのはあなたなんだし、あなたが決めても、、、碧の旅団?レン?、、、あなたもしかして、レン・ミドウ?」
ミスファは混乱していた。自分がスリにあったのも初めてなら、子供とはいえ知らない者に体を触れられたのも初めてである。おまけに周りは慣れない雑踏、初めてづくしでどうしたらいいか全く混乱していた。子供の知り合いと思えるフードをかぶった若い男が突然現れて、子供がスリ取ったと思われるミスファの硬貨が入った小袋を取り返してくれた。
護衛の近衛兵はその男の子を切ろうとしているのか剣に手をかけているし、どうやら若い男はそれを止めようとしているみたいだ。
ベアトリスが前に立ち若い男に何か言っている。それに対し、その若い男が答えた中にあった名前に、ミスファは激しく反応した。碧の旅団、レン!!
はっとミスファは我に返った。今、碧の旅団のレンと言った?それではこの男が黒髪の、、、
気がつくと、ミスファはその男の前に立ち、ベアトリスの問いに答えるように言葉を返していた。。
「分かりました。私はかまいません、ただし一つお願いがあります。そのフードを取ってください。」
漣は焦っていた。子供とはいえ、スリは犯罪である。しかも現行犯で捕まっている以上、言い逃れは出来ない。このまま衛兵の詰め所に連れて行かれれば、命までは取られない者の下手をすれば腕の1本くらい亡くなっても不思議では無い。ここはそう言う世界だ。
なんとか許してもらおうため頼み込もうと、漣は被害にあった女性の方を見た。しかし女性の口から出た言葉は、意外なものだった。
「ただし一つお願いがあります。そのフードを取ってください。」
フードを?なぜ?アーロンから人前でフードを取るなと言われてはいたけれど、アルトの処罰には変えれない。漣はその場でフードを取った。
「やっぱり、、、」
ミスファは試合中遠くから一度見たことはあるとはいえ、まじまじとすぐそばでその黒髪を見て確信した。初代様と同じだ。髪の色だけではなく、顔の造形、持っている雰囲気までその少年はあの薄暗い廊下で見た絵に極似していた。
「あなたがレン・ミドウ。」
漣はフードを取った自分の顔をじっと見つめる少女に、少々戸惑っていた。
よく見ると気の強そうな連れの少女も非常に美人だが、その少女の美しさは言葉にできないほどだった。腰の上くらいまであるさらさらの細い銀の髪。均整の取れた目鼻、出る所はきっちりと出ている均整の取れた体つき、いつの間にか漣はその少女をじっと見つめてしまっているのに気がつき、あわてて目線をそらした。
「すけべ。」
「変態。」
いつもの冷酷な評価が後ろからやってくる。しかしレンはその評価にかまっていられなかった。彼女達は僕の名前を知っていそうだったがなんでだ?漣にはもちろんこんなに美しい少女達の知り合いはいないし、もしおれば忘れる訳は無い。
「どうして僕の名を?」
不思議に思った漣は思わず声に出していた。
「その、武闘大会で見たのよ。あなた良い試合してたわね。そう言えばミスファ、なぜあなた彼の髪の毛を?」
気の強そうな方の少女が答えた。そして連れの少女の方を見る。
「ええ、シャルロットに聞いていたから。シャルロットを助けてくれたのは、あなたでしょ?」
なんとかミスファはバーンハードから聞いていた話を思い出すことが出来た。いまはまだ、この少年にあの絵のことを話すべきではない。なんとなくミスファはそんな気がしていた。
「ねえちゃん、シャルの知り合いか?元気にしてっか?」
突然ミスファにぶつかった小さな男の子が、護衛の男の腕を振りほどいて口を出した。ミスファはそういえばレンがスラムの子供達に手を貸し手を貸し手もらって、シャルを救い出した話を思い出した。
「あなたもしかして、、、」
「おう!!俺はシャルの友達だぜ。俺たちがシャルを助けたんだ。」
やはり思った通りのようだ。
「あなたにお礼を言わなければ行けないわね。シャルは私にとって妹みたいなものだから。」
「そうなの、、、ごっ、ごめんなさい。」
さすがにアルトもシャルの姉のような存在の人の財布をすった事は、申し訳ないと思ったのか素直に謝ってきた。
「シャルを助けてもらったなら仕方が無いわね、もうこんな事をしてはダメよ。」
しかしミスファは、かえってレンと知り合えることが出来た事で、そのきっかけを作ってくれたこの男の子にに感謝したいくらいであった。
「それじゃ許してもらえるの?ありがとう。あっそうだ、これさっき買った所なんだけど、まだ手を付けていないから良かったら。」
アルトが許してもらえた事でほっとしたレンはなにも考えず何か礼をと、とっさに手に持ったシシカバ風ホットドッグを差し出す。ミスファも思わずそれを受け取ってしまっていた。
「それじゃご迷惑をおかけしました。アルト、お前ももう一度謝れ。」
そう言ってレンはアルトの頭を押さえ、自分と一緒に下げさせる。そして少女達と別れ、なぜか少々機嫌の悪い元の連れ達の所に戻っていった。
ミスファはその後ろ姿をしばらく見送る。
「なんか、いい雰囲気ねあの男の子。ミスファ、どうしたの?何か嬉しそう。」
「なんでもないわ。」
そう言ってレンのくれたホットドッグをどうしてよいのかじっと見つめる。なんせ外で物を食べる事が無いし、立ったまま食べた事も無い。
「それ、美味しそうね。あたしも買おうかしら。あっ、あそこの屋台ね。」
そう言ってベアトリスはアンを連れ、屋台へと近づいていく。
ミスファはそっとそのホットドッグを、そっと一口かじってみた。それはじわっとした肉汁とともに、何かほっとする暖かい味をしていた。
皆様、あけましておめでとうございます、暁カンナです。
昨年度は、お読みいただきありがとうございました。今年も、よろしくお願いいたします。
新年早々申し訳ないのですが、今年は少しペースが落ちる事となると思います、というか書き溜め分が底をつきた?
不定期な更新になるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。




