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ネクロマンサーに、恋をする  作者: 暁カンナ
躍動 シャイア王国編
2/30

第2話 アーロン

 

 

 

弓構えから打起しに入り、大三からさらに引き分ける。やがて会に入り、的を狙う。漣が今使っている弓の狙いは矢摺藤やずりどう藤頭とがしら(矢の接する部分)から上へ3つ目の藤の左端。息を止め心を無心にしていると、次第に的が大きく見えてくる。

離れ、とひと呼吸置いて矢が的に当たる乾いた音が響く。

残心をとった後、一礼をして後ろに下がる。


「御堂、調子いいな。薫ちゃん来てるぞ、今日はもう上がるか。」

「お疲れ様です、部長。片付け入ります。」


中高6年制しかも共学。幼なじみの兵藤薫と昨年入学したのは、エスカレーター式で大学まで行ける(それなりの成績があれば)、そういう中学だ。


6年間という時間をかけれるだけあってクラブ活動は充実しており、普通の公立の中学校にはないようなクラブも存在しているなかで、弓道部もそんな一つだった。小学校時代は4年間剣道をやりそれなりにいい成績も残していたのだが、そこは心機一転、珍し物好きの自分としては同じ武道ということもあり、このクラブを選ぶのに何の迷いもなかった。


「遅いぞ、漣。10分待った。」

「わりぃ、わりぃ。今日は調子良かったんだ。」

「ジュースおごれ。」

「えっ、また?今度はそっちの番だろ。」

「番なんて、関係ないしっ!!」


幼なじみの兵藤薫は水泳部。こちらは小学校から続けているスイミングクラブの影響で、そのまま素直にってところ。

実際、競泳用の水着を着ている姿は水の抵抗を受けなさそうで水泳向けの体型?と思うのだが、本人曰く、「あたしの水泳人生は、多分中学で終わりを告げるから」らしい。しかしおばさんを見ている限り、生涯のスポーツにしてもいいのじゃないかと漣は思っていた。


「何か失礼な事考えてない?スケベ。」

そんなことを考えているとついつい視線が胸元に行ってたようで。

「分かった、おごるおごる。」

「それならよろしい、許す。」

 

そんなやり取りも、習慣となった夏休みの一コマだ。

「夏休み、漣のところは信州に行くんだって?」

漣の家は親戚がやっている長野県白馬村のペンションに、毎年愛犬と共に行く。スキーで有名な白馬村だが夏は夏で川遊びやサイクリングが出来、シャワークライミングなどは結構冷たくて面白い。

「薫のところは沖縄だった?いいなぁ。白馬も飽きたよ。」

「でも、漣のところはワンちゃんいるし、沖縄は無理だね。」


薫との仲は恋人同士のように見られているが、漣にとってはもっと近い存在?小さい頃から一緒にいるためまるで妹の様。むこうはどうやらこちらを弟と思っているようだが、断固それは拒否する予定である。


「ところで今度部活ないとき、買い物つきあって。」

「何買うの?」

「音楽聞くやつ?小さいのがいい。漣、そういうの詳しいでしょ?」

「薫ん家のパソコンはMacだっけ。予算は?」

「う~ん、出来たら2万円以内?」

「それなら、iPod nanoは?色もいろいろあるし。」

「漣の持ってるやつ?」

「僕のはiPod、それの小さいやつ。」

「じゃあそれにする!!」


カラン、カラン。


コンビニの戸を開け、中に入る。涼しい。スポーツドリンクを2本取り出し会計を済ませ、外へ出る。日は少し傾き、影が長く伸び始めている。


「どこで飲む?」

「 越木岩神社は?もうベンチのとこ蔭になってるよ。」

「了解。」


コンビニから帰る途中、歩いて5分くらいのところに小さな神社がある。それほど大きくないこの神社の境内は人気も少なくたまに近所の子が遊んでるくらいで、涼むのにはもってこいだった。


「あぢぃ、、、薫はいいな、プールで泳げて。」

「結構疲れるんだよ。汗はかかないけど、、、」


そんな会話をしながら、漣たち二人は20段ほどの階段を上り神社へ入る鳥居の下をくぐる。


「漣、あそこに座ろう。えっ?」

木陰にあるベンチを指差して隣を振り向いた薫の横には、しかしいるはずの幼なじみの姿はどこにも見当たらなかった。

「漣、漣っ、どこ?」

薫の呼ぶ声は、蝉のなく音の合間に誰もいない神社の境内にこだました。





体のあちこちが痛い。意識が戻ったとき漣の頭にまず浮かんだのは、そのことだった。

ここはどこ?今は何時?部活に行かなくっちゃ、、、


「イノシシ!!」

思わず大きな声が出ていた。


思い出した。崖から落ちて、イノシシにはね飛ばされて、それから、、、ゆっくり辺りを見渡す。

寝ているのはどうやら粗末な木のベット、さほど広くない部屋、木の壁には小振りの弓がかかっている。


がちゃりと音がして戸が内向きに開き、初老の白髪まじりの茶色の髪をした男が顔を出した。



朝食の支度をしているアーロンの耳に、寝室の方から何か叫ぶ声が聞こえた。目を覚ましたか?昨日見た所、比較的大きな傷は右太ももにあった引っ搔き傷。おそらくはあの灰色オオカミにやられたのであろう。それももう血が固まっており、かさぶたとなっている。

とりあえず消毒をし、包帯を巻いておいたが心配はあるまい。後は木に頭をぶつけたと思われる頭皮の傷のみで、そちらはもっと大したことはない。


目を覚ましたのなら、腹が空いていよう。アーロンは少年の寝ている部屋に足を踏み入れた。



外国人?いわゆる西洋人とも少し違うような顔立ちだが、どこの国の人かと聞かれて答えられるほどその方面の知識があるはずもなく、漣の口から出たのはありきたりの日本語であった。

「あの、ここはどこですか?イノシシは?あなたが助けてくれたのですか?」

「◎◎&$%***、#○」

返って来たのはどこの国の言葉とも判別つかない、聞いた事もない音の羅列だった。



アーロンは困っていた。少年の話す言葉は耳にした事がなく、それ以前に少し親近感を覚えるとはいえ、少年の顔立ちすら少々変わった物だ。少なくともこのあたりの国々にいる民族ではなさそうだし、何よりその髪の色?褐色や茶や金色、数は少ないとはいえ銀色や白さえ見ることはある髪の色が漆黒?しかも瞳すら黒。


「君はどこからきた?ターメルの街かい?」

アーロンの口にしたその街の名はここから一番近いとはいえ、歩くとなると3日はかかる。しかもここからは少年の見つかった所とは真反対で、少年のいた方向にはどこまで行っても深い森しか存在しない。一番ここから近いアプト村はアーロンは村人全員を知っているが、こんな少年はいない。


とにかく、腹が空いているであろう少年に飯を食わせる事にする。

「こちらに来なさい。」

手招きして、食堂の方へ誘った。



結局言葉は通じず、漣は誘われるままに隣の部屋へ向かった。そこにはいい匂いの温かいスープとパンの用意がしてあり、それを嗅いだとたんいかに自分の腹が空いていたかを痛感した漣は、誘われるまま一気に口にした。


うまい!!色々あったのだが、何もかももうどうでも良くなった。とにかく生きている。自分は生きている。そして、うまい!!

ふと気がつくと、自然と目から出た涙がテーブルの上にたまり、鼻をすすり顔を上げたところに優しげな目をした男がゆっくりとうなずいていた。


漣と生涯の師ともいえるアーロンとの、初めての出会いであった。




3ヶ月ほどが過ぎた。

片言ながらも、なんとか言葉を覚え意思の疎通が多少なりとも出来るようになった。中学に入り、1年と少し英語を学んだにも関わらず会話などとんでもなかったあの頃と比べれば、信じられない進歩である。必要に迫られるとは、こういうことを言うのか。もし昔にこの努力をすれば2年で英語ぺらぺら?

出来もしないことを夢見る漣であった。


元の世界に戻る事は、とりあえず置いておく事にする。アーロンから聞いたこの世界の国々は漣には耳にした事もなく、状況を考えても以前と同じ地球上とはとても思えない。

とりあえず今は生きていくこと。それしかない。


「レン、狩りに行くぞ。」

「弓、それとも槍?」

「今日も弓だ。とりあえず槍も持って行くか?剣はつけておけ。」


アーロンから教えてもらったのは、まず生きる手段であった。

歩いて半日の所にある小さな村まで行けば、行商人が回ってくるので頼んでおけば何がしかは手に入る。日用品や、衣類、穀物、調味料にいく種類かの野菜はそうして手に入れ、肉はもっぱら狩りに出かける。肉だけではなく、毛皮や牙なども村に持って行けば重要な商品となる。


野菜を育て、罠を仕掛け、弓を用いて小動物を狩る。時にはアーロンは槍を用いて、大型の獲物を狩った。

あのとき襲われたイノシシもどき?もあれからもう数度は狩っている。あの時のイノシシも、連を連れ帰った後取って返し、あらかじめ血抜きのため吊るしていたそれを持って帰って、とうに二人の胃袋に消えていた。


「今日も期待してるぞ、レン」

弓矢においてはレンにも役に立つことができた。アーロンが使っているのは、以前使っていた和弓とは全く違う、短なコンポジットボウと呼ばれるタイプのものではあったが、もちろんその技量は和弓にも通じる所はあり、使いだして3ヶ月にしては連の腕前はなかなかの物であった。


「まかせて。槍も教えて。」

「お前は力だけはありそうだからな。」

不思議なことに、体格のずいぶん違うアーロンの引く弓は連にとってそれほど重い物とは感じられず、むしろ以前使っていた和弓の方がよっぽど重いなと感じていた。おまけに、体調が戻った後は以前より体がずっと軽く感じられ、体の動きもずっと速いし切れも良い。


重力が違う?詳しいことは中2の身では分からないが、とにかく以前よりも力が出て、動きもずっと早いように感じる。


「今日はお前を拾った西の森に行く。槍はもう少し剣が使えてからな。」

そう聞かされて狩りに出て半日。

雉を2羽とこれは肉に癖がありあまり好きではないのだが、ガラパスというカピパラに似たしっぽの短い小動物。後、罠にかかっていたウサギを2匹。今日の獲物としては、十分である。


その時、テンのような小物が目の前を横切った。

「アーロン、追う。」

そう声をかけて、連は思わず追って走り出した。

「レン、◎&$%**」

時折聞き取れないアーロンの声を後ろに、レンは獲物を追って森の中を駆ける。動きの速いレンにとって、獲物との距離を詰め、弓を射るのはさして大した手間ではなかった。


第1射、外した。獲物はそのまま向きを変え、逃げる。さらに追いつこうと速度を上げ、走り抜けた所は小さな崖の前の開けた空き地であった。


「レン、捕まえたか?」

後ろの藪の中から、アーロンが追いついてくる。

「アーロン、ここって、、、」

何か見覚えのあるその場所に、思わずアーロンの方を振り返る。


「そう、お前を見つけた所だ。あの木の根元にお前がいた。」

「アーロン、助けてくれたとき、殺したイノシシは持って帰ってきたよね。でもあの時木の刺さった、オオカミの死骸がなかった?毛皮はとらなかったの?」

「あのオオカミは、埋めた。」

「どうして?」

何度か村まで共に行った連は、その毛皮の価値もある程度は分かっていた。少々穴があいていた所で、捨ててしまっていい物ではない。


「その話は、時がくれば話す。今はまだ、無理。◎&$%***、#○だから。」

まだ片言でしか話が出来ない以上、その話はこれで終わり。それに少々もったいないかなと思うくらいで、連にはそれほど問題とは思えなかった。


「帰るか、今日はいい獲物が捕れた。」

「今日は僕が解体するよ。」

「まかせたぞ。大分手慣れて来たからな。」


二人の去った空き地には、その傍らに少々黒く汚れた折れた太い枝が転がっているだけだった。




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