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ネクロマンサーに、恋をする  作者: 暁カンナ
躍動 シャイア王国編
17/30

第17話 ミスファリア・エルランジェ

  

 

 

その泉の水面はさざ波一つなく、まるで平面な一枚のガラス板のようで、そしてその側にある小さな白い礼拝堂とその前に跪く美しい銀の髪をした少女を、まるでそのガラスの向こう側にいるかの様に映し出している。


少女の祈る姿は、まるでそこだけが時が止まったかの様に美しく、静かだった。


「お姉様。」

突然可愛らしい声によって、その静寂は破られ時計の針は動き出した。

「ジャッキー、アーディ、どうしたの、こんな所まで。」

「もうじきミサのお時間よ。そろそろ行かなくっちゃ。」

「いっしょに参りましょう、お姉様。」


そうか、もうそんな時間か。ずいぶん長い間祈りを捧げていたような気がする。少し伸びをして、体をほぐしながら聖エルランジェ王国第一王女ミスファリア・エルランジェは思った。おかげで何を祈っていたのかも忘れてしまったわ。


ミスファリアは自分を呼びに来てくれた12歳の第二王女ジャクリーヌと10歳の第一王子アーデルベルトの手をとった。

「さあ、行きましょう。それと、迎えに来てくれてありがとう。」

天使の様にかわいげな二人を両手に繋いで、銀の髪をした美しい少女は王宮の礼拝堂の方へ向かった。




「光の女神ルアナはこうして闇を従え、人々を光の御許に集わせお救いくださいました。あなた方に光の祝福を。ミスファリア王女、恋心と性愛の女神 ラピーウの月、季節の良いこの春の日にお誕生日おめでとうございます。光の祝福を。」

こういって司祭はミサを締めくくる。


「光の祝福を。」

ミスファリアはそう言って立ち上がった。今日はミスファリアの15歳の誕生日だった。

朝も二つ鐘(午前9時)過ぎから始まった誕生日のためのミサも、ようやく終わりを告げる。自身を敬虔なルアナ教徒だと信じて疑わないミスファリアであったが、やはりいつ終わるかもしれないような司教の話はありがたいとはいえ、時には目を閉じまいとするのにそれ相応の努力がいり、それをもうせずとも良いとなればもちろん喜ばしいものであった。

う~ん。周囲に目立たぬよう凝り固まった体をほぐすように少し伸びをする。座っているだけとはいえ、その姿勢を長い間維持するのはそれなりに疲れた。


自分はともかく、ずっと幼い二人の少年少女がこれを我慢するとは少々かわいそうと途中ちらちら視線を向けてみると、そこは二人ともお付きの侍女にもたれて、とうの昔に船をこいでいる。あきれるよりも、少しほっとしたミスファリアであった。


国を挙げてと言うほどのことはないが、王宮ではこの後誕生日パーティーがある。もちろん主役がそれを欠席するわけにはいかない。親しい友人達もたくさん来るが、それ以上に義理やしがらみで会わないわけにはいかない人達の方が多い。

それを考えると、ついつい面倒だと思ってしまう。しかしこれも王女としてのおつとめの一つ、うん、頑張らないと。その繊細な容姿に会わず、我慢強い事を考えていると、弟のアーディが助祭と話をしているのが耳に入って来た。


「じゃあ司祭様、闇の力って言うのはどんなのがあるの?」

「世界を滅ぼす邪神とその眷属ですよ。闇の法術を使う者達もその仲間です。」

「闇の法術って?」

「闇の眷属の召還師やネクロマンサーなどですね。そう言った邪神の手先が操る法術の事です。」

「ネクロマンサーて何?」

「死体を操って悪いことをする、死霊術師のことを言います。王子、興味をもつ事もあまりよくありませんよ。」

「アディ王子、何やっているのですか?すみません、司祭様。」

そういって、侍女頭のリーアは助祭を困らせているアーデルベルト王子をつかまえる。


「さあ、行きましょう。パーティーでは美味しい物もいっぱいありますわ。」

「うん。ジャッキー姉様は?」

「先に行かれて、もう食べておられますよ、きっと。」

「じゃあ行こう!!ミスファ姉様も。」

ミスファリアも二人とともに着替えをするため礼拝堂を後にした。




現聖エルランジェ王国の国王でありかつ、ルアナ教の法王でもあるゲルハルト エルランジェは先ほど話をしていた司祭長とともに礼拝堂の地下にいた。傍らには白銀騎士団の近衛団長サイラス ブロンデルも控えている。


「あれももう15歳か。後1年で成人だな。そうなると、いろいろ知ってもらう必要が出てくるか。」

「お美しくお育ちになられましたな。」

「ああ、しかし残念ながらあれにもその才は無かったようだ。」

「しかし法術の方は色々とご才能が。」

「王家はそれではな、、、これで2代続けて恵まれなかったことになる。」


サイラスが口を挟む。

「エルイスト様にいていただけたなら。」

「叔父の事は、口に出すな、サイラス。」

そう語る3人の目には、整然と並べられた棺の中に横たわる、幾体もの白銀の鎧が映っていた。もの言わぬそれらは彫像のようでもあったが、今にも動き出しそうでもある。ただ無言でひっそりと厳かに横たわっていた。




「おめでとう、ミスファ。あなたもいよいよ大人の仲間入りね。」

「ありがとうわざわざ来てくれて、ベアトリス。まだよ、15歳ですもの。」

ミスファの誕生パーティーに隣国シャイア王国から、第一王女ベアトリスが来席していた。ベアトリスは17歳、ミスファよりも二つ上であったが、年の近いこともあり色々な行事で一緒になる事の多い二人は、何かにつけ仲が良かった。


「もう早く、うちのレオン兄さまとくっついちゃいなさいよ。帝国のイザベル王女あたりに取られちゃうわよ。」

確かに両国の関係もよく婚約の話も出ていない訳ではなかったが、ミスファにはまだピンとこなく、いずれはどこかの国に輿入れするのかなと何となく考えているくらいであった。

「ベアトリスはどうなの?うちのアディはちょっと小さすぎるし、、、」

「まあそのうち、公爵家の誰かか、ベルグスト公国に誰かいなかったかしら?うちはまだお兄様方が二人もいらしてるから。」


ベアトリスの言う通りシャイア王国は27歳になる皇太子のエドガルドも23歳になる第2王子のレオンも独身を貫いていた。

「まだお互いにやりたい事もいっぱいありますしね。フフフ。」

そう言って二人の王女は額を突き合わせて笑う。その時ミスファは男爵のゲルベルト・オスバルトが近づいてくるのに気づいた。

「ベアトリス、ごめん。又後でね。」

そう言って、オスバルト男爵の方を振いて会釈をする。ミスファはこのオスバルト男爵がどうも好きになれなかった。冷酷な細い目つき、口にはいつも冷たい微笑が張り付いたよう。その狡猾かつ貪欲な性格は人づてにもいろいろ耳にする。


「ミスファリア様、お誕生日おめでとうございます。いつ見てもお美しいですな。」

「オスバルト男爵、わざわざのご来席どうもありがとうございます。」

そう言って、その場を離れようとしたミスファに、

「そう言えば今いらしていたのは、シャイア王国のベアトリス王女ですな。今年はかの武術大会の年、ミスファリア王女もご列席されるのですか?」

「ええ。ベアトリス王女からは是非にと誘われておりますので。」

「それは楽しみですな。」


そういってオスバルトは離れていった。ほっとしたところでゲルハルト王とクローディット王妃の登場となる。ミスファも列席者への挨拶のため二人のそばに寄った。堅苦しい挨拶の応酬が終わった後、ミスファは久しぶりに父王と話が出来た。


「おめでとう、ミスファ。いよいよ来年はお前も一人前だな。そろそろ、嫁ぎ先も考えんと行かんかな。」

「お父様、私はまだまだです、そのような事。」

「来年になればお前にも色々と王国の事を学んでもらわねばならん。せいぜい励むように。」

ミスファに取っては厳しい父であったので、王族の義務というのは小さい頃から聞かされていた。その事かなとうなずき、言葉を返す。

「分かっております、精進いたします。」

そう答えると、国王はうなづき返して他の列席者の方にむかっていった。




さあ、もう少し主役の義務を果たしにいくか。そう思ってミスファは人々の集まっている方へ足を向ける。すると、聖王国御用達の大商人バーンハードとその娘のシャルロットの姿が見えた。


ミスファにとってバーンハードはとても話しやすい一人で、興味が置ける様々な商品を持ってきてくれる際、他の国々のいろんな話をしてもらうのも楽しみの一つであった。また娘のシャルロットもとてもかわいらしく、まるで自分の妹の一人かのようにミスファはかわいがっていた。


「バーンハード様、シャル、今日はご来席ありがとうございます。」

「ミスファリア様、お誕生日おめでとうございます。」

隣でシャルロットもスカートを両手でつまみ、小さな貴婦人のようにかしこまった礼をしている。


「ミスファリア様、おめでとうございます。」

そこでミスファはしばらく前に人づてに聞いた、不愉快な事件の事を尋ねてみた。

「シャイア王国ではシャルが大変な目にあったんですって?大丈夫でしたの?」

「その事なのですが、少しあちらにいらしてもよろしいですか?」

そういってバーンハードは人気の少ないバルコニーの方へ、シャルロットとともに誘う。

ミスファは二人についていく事にした。


バルコニーは他に人気も無く、少し陰になって涼しくて気持ちのいい落ち着ける場所であった。

「他にはあまり語ってないのですが、実はシャル自身が誘拐のターゲットとなっていたのです。」

そこでバーンハードはミスファが聞いていたのとは少々違う話を始めた。

非常に綿密に計画されたシャルロットの誘拐事件で、ミスリル鉱山の商取引の中止が解放条件の一つであった事。たまたま運良く、スラムの子供達と通じていた機転がきき勇気がある一人の若い傭兵によって、早期に犠牲を出さず解決することが出来た事。

それはミスファが聞いていた、お金目的にたまたま誘拐され傭兵団によって助け出されたという話とは、ずいぶんと異なっていた。


「なぜ本当の話をお伝えしなかったのですか?」

とミスファ。

「実は、助けてくれた彼の事をあまり人に知られたくない事情があります。」

「どんな方なのですか?」

そこでバーンハードはシャルロットの頭に手を置く。

「シャル、話しておあげ。」

そこでシャルロットは漣の人となりを待ってましたとばかり語りだす。

「レンお兄様はとてもすてきな方です。黒髪で優しくて頭も良く、そしてとてもお強いのです。私はこの度誘拐されたおかげでレン兄様にお会いすることができて、かえって良かったと思っております。」

「おいおいシャル、それはちょっと言い過ぎだろう。」

そういってバーンハードはシャルロットの頭をぽんぽんとはたき、笑った。


「それほどすばらしい方なのですか、そのレンお兄様は?」

ミスファはシャルの口から綿々と紡がれる「レンお兄様」の話に思わず微笑む。

「私もお会いしたくなってしまいました。」

「ええ実は、」

バーンハードも急に真面目な顔をしてミスファに向き合う。

「ミスファリア様にも是非一度お引き合わせしたく思っております。そのうち彼は聖王国の方へ来てくれると言ってました。その際はぜひ一度お会いしていただけますか?」

さらにバーンハードはにこりともせず、後を続ける。

「それと、それまで彼の事はどなたにもご内密にお願いいたします。」

そう言ってバーンハードはシャルロットをその場に残し、バルコニーから立ち去っていった。それを見送ったミスファはバーンハードの先ほどの態度に疑問を覚えつつも、もうすこしシャルに「レンお兄様」のことを聞いておく事にした。


それにしても妙な話だった。確かに妹の様に思っているシャルを助けてくれた事はいくら感謝しても仕切れない物がある。この時代、誘拐されたらいくらお金を積んでも再び無事に何事もなく戻ってくる事は非常に難しい。いくら世間知らずのお姫様でも、それくらいのことは分かる。

しかし先ほどの話では、なぜかバーンハードはシャルの恩人としてではなく、レンと言う傭兵をミスファ自身に会わせたいような口ぶりであった。それになぜ、彼の事を秘密にしているのだろうか?まるで誰かには知らせたくないような、例えばこの国の権力者とか?父にか?


「そこでシャルはどのように助けてもらったの?」

後から後悔したのだが、それからミスファはシャルにまた延々と「レンお兄様」の話を聞かされ、最後には、

「あたしは将来、レンお兄様のお嫁さんになります。」

とお嫁さん宣言まで聞かされることになった。


延々とお兄様自慢を聞かされ少々気疲れしたミスファは、すこしパーティーの会場から離れる事にした。

少し薄暗い廊下を歩く。まだ小さなシャルが、まるで恋する乙女のように目をキラキラさせ頬を赤らめて話す様がとても愛らしい。先ほどの事を思い出しミスファの口元に思わず笑みがこぼれる。

いつか自分にも、あんな目をして語るような相手が出来るのだろうか?それはどんな人なのだろう。その時がくるのは、とても楽しい事だろう。

それにしても、黒髪のお兄様、黒髪の?先ほどのバーンハードの態度と言い、何か引っかかる物を感じる。この国では黒髪の者はほとんどいない。いやミスファは見た事が無い。ただ一人をのぞいて、、、

知らず知らずのうちに、ミスファの足は足早になっていた。そしてミスファの足は、自然とその記憶の中に黒髪の人物が出て来る場所へ向かっていた。


ここだ。

謁見の間に繋がる少し薄暗い廊下を進んだ先の壁、そこにそれはあった。ミスファは上を見上げた。そこには歴代のこの聖エルランジェ王国国王の肖像画が飾られている。

そしてその一番左端、他の歴代の王の姿は壮年期以降の姿が多いのにも関わらず、そこにあったのはまだ若々しい?とさえ言える容姿をした建国者、聖エルランジェ王国初代国王の姿であった。

初代国王の髪はミスファの覚えていた通り、黒髪であった。

「初代様、、、」

その時ミスファの後ろで、カタリと音がした。びくっとしたミスファが振り返ると、そこには白銀騎士団長サイラス ブロンデルが柱に寄りかかるようにして立っている。

「サイラス、どうして?」

びっくりしたミスファは声が出ない。何かまずいものを見られたような気がしていた。

「パーティーはあまり私には似つかわしくありませんので、少々息抜きに。」

どうやらたまたま出くわしたという事らしい。サイラスという男は寡黙で、普段はあまりしゃべる機会も無いのであるが、父王ゲルハルトの信頼は厚いようで、一緒のところを見かける事は多い。


それならそれでミスファには少々聞いてみたいことがあった。

「サイラス、初代様の事で少し知りたいことがあるのだけど。」

「王族でもない私で、分かる事であれば。」

「他の歴代の王は結構なお年を召されている方ばかりなのに、初代様だけはなぜこんなに若々しいお姿で描いておられるのかしら。」

先ほど思いついた違和感がそれであった。

「私がお聞きした所では、初代様はそのなされた改革がある程度実を結ばれた時点で、身を隠されたとか、身罷られたとか聞いております。」

「それは、若くして亡くなられたという事?」

「その辺りがはっきりとしていないようです。姿を隠されたとか言う者もおりますし、お亡くなりになられたという者もおります。ただ一ついえる事は、霊廟の中にはそのお体は存在しないという事でしょうか。あそこのお棺は中身がありません。」


霊廟の中には歴代の国王の体が安置されているが、その中でも一番大きな初代国王の石の棺には中身が存在しない、そうサイラスは言っている。

第一王女であるミスファも初めて聞く事であった。

「その辺りの事も含めて、来年成人されましたら父君様からお話があると思います。」

えっと息を詰めるミスファに対し、表情を変えず淡々とサイラスは語る。

今までさほど気にも留ていなかった初代国王の事であるが、ミスファにはその存在が突然大きく心を占めるようになっていた。

確かに建国者である初代の国王のなした事は多かった。


建国以外に大きな所では白銀騎士団の創設、都市部における上下水道、通信用法具による通信、シーランド共和国における塩田の開発、各種ギルドの誕生もそうだと聞く。

細かい所では女性の下着などもあるらしいが、彼の行った一番大きな業績は郵便ギルドの設立であるとされている。


それまで国の機関としての早馬や伝書鳩はあった。しかし個人で用いるにはいささか金額がかかるとはいえ、その金額を用意さえすれば誰でも文や小さな物品を送れる郵便ギルド。そのギルドの配達使には各国で不可侵協定が結ばれ、それを違反すればその国での活動を一切停止するとの盟約のもと国々の枠を超えて活動をしている。

もちろん盗賊被害が全くなかった訳ではない。ただそれに対して国としての協定に基づいた徹底した討伐、さらに郵便ギルド自体の正体不明の必ず行われる冷徹な復讐により、実質盗賊の間でも不可侵の存在となってしまっている。


後、彼自身は聖法術は使えなかったらしいが、なぜか人体の体の構造に付いて詳しい知識を持っていたらしく、病気や怪我に対する治療の具体的なイメージの増強に役立つ事となったおかげで、聖法術における治癒法術の多大な進化に大きく貢献したとのことであった。


考えてみれば、初代の行ったとされるその業績は、たかが一個人の行う物としては異様としか言いようのないものである。ミスファは、改めて驚愕の念を持って黒髪の青年の絵姿を見上げ続けた。

そこには30代はじめであろうか?黒々とした髪をして、少し顔つきも見慣れた物とは違った少し小柄そうな男が、じっとこちらを見つめ返していた。





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