第16話 解答、、、?
宿屋に戻ってみるとエミリア達はまだ帰ってきていなかった。
「ベルンハルト。」
思わずその名を口にしてみる。凄かったなぁ、あの人の美しいまでの太刀筋。それを見た事の感動が、今までぐじぐじと悩んでいたもやもやとした気持ちを吹き飛ばし、なんだかそれほど大した事でなくなっている気がする。
漣は一人でいる間にもう一度先ほどのことを考えてみる事にした。確かに自分は人を殺めたが、そのおかげでファナを助けることが出来たし、もしかしたら他の誰かを助ける役に立ったかもしれない。自分が死ぬのはもちろん嫌だが、親しい人たちが死ぬのはもっと嫌だ。
この世界は現実であり、この世界のルールがある。それに逆らって前の世界のルールを無理矢理持ち込めるほど自分は強くないし、何より自分は生きたい。そう考えると、一昨日の出来事がすとんと落ち着くべき所に落ち着いたような気がした。
同じ状況にまた陥れば、喜んで相手を殺す事にはならないだろうが、少なくとも自分の優柔不断によって、自分や親しい者達の命を危険にさらすことはあってはいけない。そしてもし、自分が命を奪う事にどうしてもためらいがあるなら、それを許容できるだけの強さを身につければ良い。
何がまず、一番大切か。それを考える事で自分のこれからの生きていく方向を、とりあえず定める事が出来るような気がする。
とにかくもっと強くなろう、いやなりたい。
肩の荷がなんだかずいぶんと軽くなった漣は、考えが一段落するとすっかり腹が減っている事に気がついた。
「なんかレンって憑き物が落ちたような顔をしてるわね。」
宿の夕食に出た肉をほおばりながら、向かいに座ったエミリアが言った。
多分エミリア達はこんな事で思い悩んだ事など無いのだろう。この世界では生きる事は自分の世界よりはずっとシビアで、みんな真剣にそれに向かい合っている。
だが漣は自分がその事に悩み苦しんだ事はけっして間違いではないと思うし、けりを付けた筈の今でもやはりまだまだ悩む事は多いと思う。でも自分はそれで良い。
エミリア達にはそこまでのことを話すつもりは無かったが、これ以上無駄に心配させるつもりも無かった。
カール達に続いて宿に帰っててきたエミリア達とともに、レンは皆を食事へと誘った。夕食には少し早い時間帯で座ったときには大分空いた席が多かったが、食事が出て来る頃になるとそれもほぼいっぱいになり、この宿の人気を窺い知ることが出来た。
「レン、何かあった?」
ファナも何か不振顔だ。そこで連は今日街中で盗賊の残党に襲われたこと、危なかった時妙な男にその場を助けられた事、その男と話してみてなんだか自分の中で今回の事に対しなんとか折り合いがつけれた事などを話した。
「そりゃ災難だったな。それでレン、その男は剣の腕が凄かったのかい?」
「凄いなんてもんじゃないよ。一瞬で3人を切り倒したのに、その剣筋が全く見えなかった。まるでエミリアのレイピア見たいだったよ。しかもその動きが凄く美しいんだ。」
「どんなやつだったの?」
「う~ん、年は40代半ばかな、背はそんなに高くなくて、体つきも団長みたいにごつい感じじゃない。そうそう、細長いパイプを咥えてた。」
カールとリックが思わず顔を見合わす。どうやら心当たりがありそうだ。
「細長いパイプって、、、おい。」
「レン、その男の名前聞いたか?」
「うん。ベルンハルトって言ってたと思う。」
漣がその名を出したとたん、一瞬テーブルの上の時間が止まった。みんなあっけにとられたように、ぽかんと口を開け、こちらを見ている。
「みんな?どうかした?」
漣もそんな皆の態度にあっけにとられ、思わず聞き返した。
いち早く元に戻ったエミリアが返す。
「レン、あなた同じ両手剣使いのくせに知らないの?当代の剣聖よ!!シャイア王国のローラン武術大会5回連続優勝。つまり10年間その頂点に立ち続けた剣士のみに与えられる称号。ベルンハルトは前々回の武術大会でちょうど5度目の優勝を果たし、それまで不在だった剣聖の称号に見事選ばれた人。」
「しかも5回とも、圧倒的実力で優勝したんだ。剣聖になればもう大会には出場できないから、前回大会には出ていないんだけどね。でも彼が現れるまで、10年以上剣聖の称号を持つ者はいなかった。」
とカールが後を続ける。
「確か団長の兄弟子だよね。そんな話を前に聞いた事があるぜ。」
リックの言葉に、レンはもしかしたらまた会えるかもと期待して、そしてもし会えたなら一度でいいから手合わせしてもらえたらとそんなことを考えてしまうのだった。
「そうすると、奴らは帰りも襲う計画を立てているってことか。」
出発の朝カールがレンの話を聞いて、もう一度確認する。
「襲って来るとき、一人でも減らしておくって言ってたから。でも向こうは3人減らされた訳だけど。」
「そうなるとまたあの谷間だな。分かっていると、対処もしやすい。」
そうカールは言って商隊はルゼールの街を出発した。
今度は漣の位置はエミリアとともに馬車の後衛だ。先頭はカールとレントン、中程にファナとリックが詰める。
あらかじめ襲ってくるというのが分かっておればそれに対する対処もしやすい。皆、弓矢はいつでも使えるよう手元においていた。
「予定通り出やがったな。前に6人、後ろに4人か。で、崖の上に一人。弓の一斉応射でいく。用意しておいてくれ。レントン、上の奴を頼む。」
ルゼールの街を出て2日目、レン達商隊の一行は例の谷間にはいった所で前後を盗賊に囲まれていた。
前衛はカールとレントン、後衛に漣とエミリア、中にリックとファナの並びであったが、敵に挟まれた時点でリックは前衛へ、ファナは後衛へと移動をしている。
レントンが崖の上の射者を射て、みごと谷に落とす。
それが合図であるかのように、盗賊達が声を上げて一斉に襲いかかってきた。
「矢を放て!!」
カールのかけ声に漣も駈けて来る一人の盗賊を狙い、矢を放った。矢は見事に一人の盗賊の眉間を貫き、盗賊はもんどりうつ。
「先に行く。エミリアはファナの援護を!!」
そう言って、漣は片手で大剣を抜き放ち、後方の残りの3人の盗賊の方へ駈けていった。その顔に、迷いは無かった。
ルゼールの任務より、半月が過ぎた。この半月は大きな任務も無く、漣は剣の鍛錬に久しぶりに没頭することが出来た。
目を閉じて、あのベルンハルトの動きをイメージする。剣筋は見えなかったが体の動きは何となく分かる。それをイメージしていると、何となく見えなかった剣筋も浮かんでくる。
最初の盗賊を片手で抜き放った大剣で袈裟懸けに切りすて、体を入れ替え、次の盗賊を左手も添え下から切り上げる。最後に残った盗賊は、右からそのまま胴を薙ぐ。きっとこの動きだ。
何度もその動きのイメージをトレースする。もっと早く、もっと早く。
「レン、レン。」
どうやらボドウィックが呼んでいたようだ。レンは体を拭いて、団長の元へ向かった。
「ちょっと今から出るぞ、つきあえ。」
ボドウィックは漣を連れ出し、街の北寄りの方角へ向かった。街の北地区にはその中心に王城があり、それを中心として貴族街が広がっている。道幅は広く、住居と住居の間も広く落ち着いた雰囲気を醸し出している。さらにその外側には準貴族、騎士、大商人などの住居があり、ボドウィックはどうやらその一角を目指しているようだった。
「どこに行くのですか?」
来た事の無い区域に少々不安を覚え、漣はボドウィックに尋ねてみた。
「実はお前の剣の指導を任せたい人がいてな、前々から話をしていたんだ。今日はその顔見せさ。お前の伸びしろは素晴らしいから、俺の教える事はあんまりなくなってしまったからな。」
どんな人なんだろう?楽しみではあったが、ルゼールの街で会ったあの人の剣を見てから、漣は自分の進むべき剣を見いだしたような気がして、それ以外の道を歩むのもなんだか少し残念だった。
ボドウィックはやがて、一軒のこじんまりとした庭の広い白壁の家の前で足を止めた。
「ここだ。レン、付いてきてくれ。」
そう言って、門をくぐる。玄関の前には一人の女性が植え込みの手入れをしていた。
「やあエレンさん、旦那はいるかい?」
「多分裏手におられると思いますよ。どうぞ行ってみてください。」
にっこりと返す、細身の笑顔がすてきな美人にレンは思わず見とれてしまう。いくつぐらいの女性だろう、20代にも見えるし、30代にも見える。つい見とれてしまうそんなレンに、その女の人もにっこりと微笑み返す。
「あらあら、どうなされたの?」
「いっ、いえ。」
レンは顔を真っ赤にして思わず下を向く。
「それじゃ、見てみるよ。」
ボドウィックはそう言って、ずんずんと中へ入っていった。
建物の周りを回って裏手にでる。そこには木の下で、一人の男が大きな両手剣を上段に構える後ろ姿があった。
男はその姿勢で、じっと動かない。やがて一枚の木の葉が男の前にひらりと舞い降りてくる。
その瞬間、一瞬男の体がぶれて映ったように見えた。しかし目をこすると男の姿勢は先ほどと変わらない。
しかし、男の足下には二つに断ち切られた木の葉が舞っていた。
凄い!!漣は思わず息をのむ音を立ててしまった。
「ボドウィックかい?」
男はそう言うと、ゆっくりと振り返る。その顔は、漣にはとても覚えのあるものだった。
そして、男は漣の顔を見てにっこりと微笑えむ。
「おめぇ、いい顔になったな。」




