第13話 ルゼールへ
季節は恋心と性愛の女神ラビーウの月(日本で言う4月)、春になっていた。
プーラ村のヒグマ事件の後、漣は順調に依頼を受けていった。
時には同じような害獣の駆除もあれば、近隣への隊商の護衛任務もあったが、あの事件以降さほどトラブルも無く、過ごしていた。
あのヒグマ事件の後、漣の両手剣の腕前は確実に上昇していた。ボドウィックに言わせるとそれは修羅場を超えたからということになるが、確かにきつい実戦をこなす事である種の勘のようなものが体に身に付いたのを、漣も感じていた。
目の前を白銀の光が走る。以前ではとても目に留まらないと思っていたエミリアのレイピアの動きも、今では結構見切れる様になっていた。
それを身をひねってかわし、下から両手剣を擦り上げる。当たれば確実にその細い剣身を飛ばすことができるその漣の一撃を、エミリアもまた見事に避け逆に突きを入れてくる。
それを今度は躱せるものは躱し、躱せないものは幅広の大剣の腹を使ってさばく。
そして息をつく間もない攻防の果てに勝負を制したのは、エミリアの首筋にぴたりと当て止められた漣の大剣の方であった。
「あ〜、また負けた。今日はいいとこまで行ったと思ったんだけどな。」
「エミリアのレイピアが後ほんの少し早かったら、負けてたのは僕だよ。」
「いつも思うんだけど、何であんたその重たい剣をそんなに速く扱えんの?それ、両手剣の動きじゃないわよ。」
「でも、ボドウィックさんも速いよ。パワーもあるし。」
「今じゃ、速さはあんたの方があるんじゃないの?まあ、あの人も凄いけど。あ〜、あたしもまだまだだな。」
「レンの剣、ミスリル製?法術剣?」
ずっと二人の鍛錬を見ていたファナが、横から口を出す。
「げっ、それじゃめちゃくちゃ高価じゃない?どうしたのそんなもの?」
そうなのか?今までそう言う事は考えたことはなかったが、確かに王族のアーロンが持っていたものだ。そこいらにあるものではないだろう。漣は自分の剣をじっと見つめてみたが刀身の半ばに読めない文字が書いてある以外、何もわからない。
「ファナ、これなんて書いてあるか分かる?」
「古代文字?聖なる光の、、、後は分からない。でもこの石も何か力を感じる。」
塚頭にはめ込まれている藍色の石を指差しファナはそう言った。
「なになに、どうした?」
3人で漣の剣を見ている所へ後ろから声がかかった。振り返ると、リックがにやにやしながらこちらを見ている。
「今僕の剣を見てたんだけど、ファナがミスリル製だって言うんだ。ほんとかな?」
「へー、そんな高価なものだったのか?それ、みせてみな。」
そう言ってリックは笑いながら剣を手に取る。しかしそれを見つめて行くうちに、そのまなざしは次第に真剣なものへと変わった。
「レン、この剣はどうやって手に入れたんだ?」
「アーロンにもらったんだ。元々アーロンの剣だったんだって。」
「そうか、アーロンさんの物だったのか、どうりで。」
「どうなの?それ。リック分かる?」
エミリアが問いつめる。
「ああ、刃の部分は確かにミスリルのようだ。しかし刀芯は別の金属だな。鋼?ではないか。なんだ?これは。」
「全部ミスリルじゃないの?」
2種類の金属が使われている事に漣は疑問を抱いた。
「ああ。知っての通り、ミスリルは非常に堅くしなやかでしかも軽い。片手剣に純ミスリル製の素材はベストの組み合わせだ。しかし両手剣となると、少し話が違ってくる。両手で力を込めて振り回す両手剣にはその剣の持つ重さもある程度大切になるのさ。もちろん軽さも振り回すためにはある程度必要で、そのバランスが大事だと聞いたことがある。」
そうか、確かにこの剣は非常に振り回しやすくバランスがいい。エミリアのレイピアにも負けない動きができるのも、そのおかげか。漣は自分の剣技を助けてくれている秘密をかいま見ることができ、満足すると共に、この剣を自分に譲ってくれたアーロンに再び感謝の気持ちがわきおこった。何も知らずに高価な剣を使わせてもらっている事に、今度あったらまたお礼を言わなくては。
「そうそう、レン、その剣はあまり人に見せない方がいいぞ。」
リックがレンに剣を返しながらそう言った。
「どうして?」
「ちょっと普通じゃないだろ?その剣。どうして手に入れたのか詮索されると厄介だ。」
そうか、そう言う一面もあった。碧の旅団の人達ならかまわないが、全く見ず知らずの者にとやかく詮索されるのは避けたい。
「分かった。そうするよ。」
漣はそういってそっと背中の鞘にしまった。
その日はボドウィックから新たな隊商の護衛任務で、漣は呼ばれていた。
「行き先はここから南へ10日ほど行った街ルゼールだ。アズール商会の荷馬車の数は3台、今回はカール、レントン、リック、ファナ、エミリア、レンの6人で行ってもらう。指揮はカールがとれ。」
漣はカールやレントンと組むのは初めてだった。
カールは体が大きく普段はおっとりしているが、いざとなると豹変しその強い力を利用して、メイスを振り回す近接タイプの32歳。レントンは長槍が得意で弓にも秀でた寡黙な男で、27歳。寡黙の割に、妙に子供受けするらしい。どちらも気のいい人たちだ。
ルゼールという街は昔より鉱山で発展した町で、最近の北の方で発見されたミスリル鉱山ほどは活気がないが、それでもこのシャロン王国の中では中規模の街である。ただ山岳地帯を行くため道の見通しが悪く、商隊を襲う盗賊が多く出るルートでもあった。
「今回のルートは、みんな知ってる通り盗賊の巣窟だ。山の合間を通る道だから見通しも悪く、道も細い。気を張っていけよ。」
ボドウィックの助言も漣にはありがたいものではなかった。
対人戦、日本での記憶を有する漣にとって、どうにも気が乗らないというか、日本でけんかすらした事の無い漣には人との争いごとはけっして望ましい物ではない。
獣相手であれば命を奪う事にもう何の抵抗もない様になってはいたが、相手が人となるとそれはまた別問題である。
そんなわけで、人を殺すかもしれない今回の任務は漣に取って気の重いものだった。
明日の出発のときには、レンはある物を持っていく事を決めていた。
それに先立つ数週間前、ボドウィックはローランである男を訪ねていた。
「久しぶりです。兄弟子。」
「兄弟子はよせやい、ボドウィック。たまたま剣のお師匠さんが一緒だったってだけだ。腕は落ちてねえかい?」
「いやぁ、最近は事務仕事ばかりで剣を持つこともありませんよ。団長なんて、体のいい雑用係ですから。」
「聞いたぜ、サファルの月(2月)にはバーンハードにずいぶん恩を売ったらしいじゃねえか。」
「いや、あれは俺の手柄じゃありません。アーロンから預かってる奴がやった事で。で、今日はそいつの事でちょっと、、、」
ボドウィックは最近漣の事で、思い悩んでいることがあった。
それは、漣の剣の事だった。技量に関しては、そろそろ自分が教えられる事も無くなってきたと感じる所はある。正直言って、漣のあのパワー、スピードはあの年にしては異常だった。通常の傭兵のパワーを遥かにしのぎ、スピードにいたっては倍近くある。
そのくせ経験の無さは折り紙付きで、勘はいい物のその事が剣の腕がまだいち上級者どまりで今ひとつ突き抜けてない理由だった。おまけに、彼には剣士として致命的な問題点があった。
人が切れない。
アーロンに言わせると、彼の元々いた世界が命をやり合う争いごとなど皆無の世界だったらしく、現に彼がここに来てすぐ起きた先ほど話のあったバーンハードの事件では、解決するにあたって彼自身は誰一人殺していない。
しかし彼の正体をここで言うわけにはいかない。とりあえずボドウィックは、彼が切った張ったの世界とは無縁の所で育ってきたとしか言えなかった。
この事が漣にとってその剣士生命、いやこの世界で生きていく事そのものを絶つに等しい問題点とならん事を、ボドウィックは懸念していた。
「そういうことかい。しかしなぁ、ボドウィック、切れねえ奴には切れねえよ。」
「それは分かってます。ただもし、あいつがそれを乗り越えたら、後をお任せしていいですか?」
「それだけの、奴かい?」
「俺は、そう思います。」
「まあ、お前がそう言うんなら、そうなんだろうさ。」
「景色変わんないわね。何かつまんない。盗賊でも出ないかしら。」
ローランを出立してから、6日が過ぎていた。出発してしばらくは平原の道のりが続く。見通しも良く獰猛な獣も出ないその旅路はきわめて退屈で、漣はあまり野宿などの経験がないためそれなりに面白かったのだが、他のメンバーは退屈でモチベーションは下がりまくりであった。
「そんな事言うなよ。平和が一番。」
「なんか、じじくさいわね。」
途中雨に降られたのは1日だけで、後は行楽のような穏やかな旅程だった。漣はこのままずっといってくれる様、心から願っていた。
一行は先頭にカールとレントン、3台の馬車の間に、それぞれリックとファナが入り、後衛に漣とエミリアが詰めていた。
そのエミリアはさっきから退屈のあまり、不満たらたらであった。
「だって明日から山岳地帯だろ?盗賊多発地域の。気を付けないと。」
「あ~、そうしたらやっとこの退屈な日常から解放されるかしら。」
と言いながら、目がキラキラしている。
「僕は何も起きない方がいいな。」
「レンの言う通りだな。」
先頭からレントンが後ろに下がって来た。
「何?どうしたの?」
「この先の山にはいる手前で、今日は野宿だ。テントを張るぞ。」
「分かった、用意するよ。」
商隊にいる人数は御者が3名の他に、アズール商会のイサークという30代半ばの人物。物静かな人にみえるが、アズール商会自体新しく最近大きくなって来た所らしいので、きっとやり手の商売人なんだろう。
商隊は商隊で、護衛は護衛でそれぞれのテントを張る。食事等も基本別々にとるようだ。護衛の方の食事担当は主に漣が行っている。アーロンの所でずっとやっていたので身に付いているのもあるのだが、なんせ一緒の女性陣がエミリアとファナ。
推して知るべしである。
「今、何か失礼なことを考えなかった?」
「あたしは、やれば出来る子。」
そう言う二人に、漣はシチューをすくって手渡し、パンをとってやる。
「分かってるよ。でもまあ、僕はする事ないしね。」
おまけにまともな物も食べたいし、と心の中で付け加える。
料理をすること自体は苦にならない。まして今など後片付けは任せられるし、何も不満はない。
「二人には、また今度頼むよ。」
二人からの返事はなく、見ると一心不乱に口を動かしている。
「それにしても、レンは料理がうまいな。どこで習ったんだ?」
「ここに来る前は、ずっと自分で作ってたんですよ。」
「そういえば、レンはここに来る前ってどうしてたんだ?」
カールが痛い所を突いてくる。そう言えば、今までエミリアにも話したことはなかった。
「東の方から旅をして来て、この国でアーロンのお世話になってたんだ。そこで団長と出会って、誘われた。」
「どこの村?」
エミリアが聞いてくる。
「うん、アプト村ってここから西の方にある小さな村だよ。」
逆にレンもいつも世話になっている、エミリアのことを知りたかった。
「エミリアは?」
「あたしは帝国との国境近くの村出身。小競り合いで村がなくなったから、王都に出ようと旅をしてる所を師匠に拾われたの。」
「師匠?前にも言ってたよね、どんな人?」
「めちゃくちゃきれいな人。そんでもって、めちゃくちゃ強い人。いつかあたしも、師匠のようになるわ。」
「その人もレイピアを?」
「ええ。師匠のレイピアは凄いわよ。剣筋が全く見えない。」
エミリアの剣筋も結構見えないんだけど、、、とレンは思った。
「死突の剣姫。師匠の二つ名よ。」
「その弟子だから鬼姫?」
「レン、それ禁句。」
ファナが教えてくれた時は、もう時遅かった。レンの左頬にはきれいな右ストレートが決まっていた。




