第12話 閑話 誘拐(後編)
「見つかった!!」
そうさけんで一人の子供がスラムの入り口に駆け込んで来たのは、ファナが漣を探してそこにたどり着く少し前だった。
「いたか、どこだ?」
アルトが走り込んで来た子の肩を掴んで聞き返す。
「東のはずれの倉庫。いま、二人で見張ってる。」
聞いてみると、スラムの子供たちには目撃者はいなかったが、倉庫街の近くの街の子供の中に、遊んでいた時騾馬の引く荷車に灰色のフードをかぶった男が3人乗っており、倉庫の前に付くと辺りを見張りながら荷車から大きな荷物を二つ運び込むのを見た子がいたらしい。
妙に急いでいたのと、その割に肩に担いだ荷物が持ちにくそうで、何度も担ぎ直してたので覚えていたようだ。おそらく中の二人が暴れていたのだろう。
「きっとそいつらだ。アルト、行くぞ。場所は分かるか?」
「大丈夫、着いて来て。」
知らせを聞いたアルトと漣は、その子の後を追って駆け出した。
ファナがスラム街の入り口にたどり着いたときには、そこにはもう漣の姿は無かった。ファナはそこに残っていた子供達に声をかける。
「レンを探してる。どこ?」
一人の小さな男の子がそれに答えた。
「銅貨くれた人だろ、俺知ってるよ。東の倉庫に行った。」
「案内できる?」
「うん。」
ファナは、残っている子供達に碧の旅団に急いでこの事を知らせ、ギルドのみんなを東の倉庫街へ連れて来たら、又銅貨を上げる事を約束した。
「連れてって。」
そして先ほど返事をした男の子の後を追って、駆け出した。
「あの中か?」
そこは人気の少ない倉庫街で、2階建ての倉庫が4つほど軒を連ねて並んでいた。その奥から2番目の倉庫に、どうやら連れ込まれているらしい。
「さっきフードの男が一人と、もう一人誰か出てきてどこかに行った。」
そうすると、後実行犯は二人。もしかすると他に誰かいるかもしれないが時間を置くと、シャルはともかくアビーの命が危ない。
漣は突入を決意した。その前に、子供を一人応援を呼ぶため碧の旅団に走らせる。
裏手に回り込んでみると、どうやら置いてある材木と樋を使って一番端の倉庫から屋根の上に上がれそうだ。
一緒に行くというアルトを制して、漣は転がっていた1mほどの角材を手に取り屋根に上がる。屋根同士はほぼくっついており、隣の屋根に移るのは楽そうだった。そうっと屋根を移動し、子供達がとらわれている倉庫に移る。ちょうど屋根には天窓が開いており、2階の部屋を覗けそうだ。
後ろでがたっと言う音がした。はっと振り向くと、こちらの屋根に飛び移ったばかりのアルトがいる。
「なんで付いてきたんだ?」
「にいちゃん、俺も戦えるよ。二人が心配なんだ。」
「ダメだ。足手まといだ。ここにいるんだ。」
とりあえず、絶対中に入らない事を約束させ、漣は天窓からそっと下を覗き込んだ。
探し始めて2時間以上がたっていた。探しに出た面々も、次第にギルドに戻ってくる。有力情報は何一つ無く、ボドウィックは手詰まりを感じていた。奴隷商人の線から、あたってみるしかないか、、、
「もうまったく、ファナまで何処行ったのかしら。」
むすっとしたエミリアがつぶやく。
その時、ギルドハウスの戸が開けられ、息せき切った二人の子供が飛び込んできた。
「碧の旅団ってここ?姉ちゃんから伝言。」
「姉ちゃん?誰?何の事?」
エミリアが二人に声をかける。
「レン兄ちゃんが、攫われた俺らの仲間を取り戻しにいった。それを知らせてくれって。場所は東のはずれの倉庫。案内する。」
スラムの子供の仲間?そういえばバーンハードが、シャルロットが最近街の子供達と遊んでいると言っていた。
ボドウィックはガタッと立ち上がった。
「いくぞ、みんな!!」
そう言うと、子供達の後を追ってギルドを飛び出した。
「一人は二階で見張りだ。交代してやるから、ビルお前から行け。俺たちは、下で飲んでるからな。商品に手を出すなよ。」
「くそっ、俺だけ貧乏くじかよ。」
そう言って、見張りを命じられた男は上へ上がっていった。2階には袋から出されて足と手を後ろ手に縛られ、口を布のような物で塞がれたシャルロットとアビーの姿があった。二人とも恐怖のあまり声も無く寄り添っている。
「へへへ、こっちのガキはちょっと小さすぎるが、お前ならちょっとは楽しめるかな。」
そういって、恐怖に固まるシャルロットにのしかかろうとした。漣が天窓から目にしたのはちょうどその光景だった。
パリンッ
足で天窓を蹴破ると、飛び降り様振りかぶった棒をまさにシャルロットにのしかかろうとしていた男の頭に打ち付ける。男はその一撃で、意識を失いどうと倒れた。
二人の縛めをすばやくナイフで切って外す。
「シャル、アビー大丈夫か?」
「レン兄ちゃん!!」
「大丈夫です。」
「下に何人いるか分かるか?」
そう聞いた二人が首を振る。
「ここで袋から出されたから。」
すくなくとも、一人はいるに違いない。もしかしたらもう数人。さてどうやって出るか?はいってきた天窓は、高過ぎて手が届かないし、この部屋には台にするような物も無い。
「レン兄ちゃん、大丈夫か?」
その時心配そうなアルトの顔が天窓からのぞいた。
「アルト、誰かにロープを持ってこさせてくれ。それと何人か引っ張る奴を。」
「わかった、すぐ用意する。」
しかし今からロープを用意するのは時間がかかる。その間下の奴に気づかれねばよいが。
漣は二人から外した縄で、倒れている男の手足をしばりながらそう思った時、その漣の懸念どおり、階段を誰かが上がって来る音がした。
「後ろにいろ。」
漣は二人に声をかけて扉のすぐ横に陣取る。もう迷っている暇はなかった。
「おい、ビル、なんかすごい音がしたけど?」
扉が開いて、男が顔をのぞかせた。そこヘ漣は角材を叩き付ける。男が後ろに吹っ飛ばされ、下へ下りる階段が見えた。
「こい!!」
そういって漣は一足飛びに階段を駆け下りる。漣の後に付いて二人が階下におりると、そこには既に短剣を抜いた男が対峙していた。
漣は二人を後ろに来させ、角材を構える。
「てめえ、何もんだ!!」
「俺があの男を引きつける。その間に、あの扉から逃げろ。」
漣は小声で後ろの二人に言い、男に飛びかかった。男はそれをよけ、扉の前から外れる。
「今だ、行け!!」
二人は扉の方へだっと走っていった。そして扉に飛びつくが、扉は無情にも開かない。
「ば~か、鍵が掛かってんだよ。」
男はそう言うと、ナイフで斬りつけてきた。後ろへそらすと子供達がいるため、漣はその場で応酬する。
男のナイフを受け止め跳ね返し、続けて振り下ろした角材は酷使していたためか、机にあたりぼっきりと折れてしまった。
「へへへ、その腰のもんは飾りかよ。いいカッコするからだ、この野郎。」
くそっ、片手剣ならこんな奴楽勝なのだが、致命傷を与えずに取り押さえられるかというと自信は無い。しかしそうも言っておれない状況に、漣は剣を抜いた。
「きゃぁ!!」
その時扉の所にいた子供達が悲鳴を上げた。
見ると扉が開き、外からはいってきたフードをかぶった男がアビーの手をつかんでいる。
「誰だこいつは!?」
「上にいやがったんでさ。助けにきたみたいですぜ。」
もう一人いた?いや外に行った奴が帰ってきたのか。このタイミングで、、、漣は唇を噛み締めた。
「剣を捨てな。」
そう言って男はアビーの首にナイフを突きつける。くそ、これまでか?せめてシャルだけでも逃がすことができたら。漣は絶望的な状況に唇を噛み締めた。
その時だった。突然、扉が蝶番から内向きに吹き飛び、くだけた氷とともにその前にいた男とアビーを押し倒した。
「アイスアロー!!」
扉の向こうから詠唱が響き、飛んできた氷の細い固まりが男の首筋を貫く。首から血を吹き出し男は倒れた。
「おかしら!!」
そう言って駆け寄ろうとした男のナイフを漣は蹴り飛ばし、片手剣の柄頭で男のこめかみを殴る。男は床に崩れ落ちた。
「フィア、助かった。」
壊れた扉の後から飛び込んできた少女を見て、漣は思わず安堵の声を上げた。
「おにいちゃん!!」
シャルロットが漣に飛びついてきて、がしっと抱きつく。漣は肩を抱き、泣きじゃくるその頭をゆっくりとなぜてやった。
「よく頑張ったな、もう大丈夫。大丈夫だよ。」
アルトも扉から駆け込んで来て、アビーを抱きしめている。
その時、開いている扉から数人の男達が飛び込んできた。まだいたのか!?あわてて振り返ると、それは子供の知らせにギルドを飛び出してきたボドウィック達だった。
「漣!!」
エミリアも遅れて飛び込んでくる。
「漣、ってもう終わったのか。」
「上に二人います。多分気を失っている。」
そう言って漣は、ボドウィックに2階を指差す。
「誰か行って連れてこい。」
漣はバーンハードからのシャルロット救出の依頼を知らなかったため、今までの事をボドウィックにかいつまんで説明した。
「しかしよく見つけることが出来たな、俺たちはほぼあきらめてたのだが。」
「すべて、この子達のお手柄ですよ。アルト、よくやったな。」
そう声をかけられたアルトも、涙でぐっしょりと濡れていた。
「誰かバーンハードさんの宿に知らせてくれ。ファビオ、リック、レントン、後は任せる。レン、とりあえずギルドに戻るぞ。子供達も連れてこい。」
そういってレン達を確保したボドウィックたち一行はギルドへと戻っていった。ギルドに着くまで、シャルロッットは右手でぎゅっと握ったレンの服の端を、けっして離そうとしなかった。
「シャルロット!!」
ギルドに戻ったレン達を待ち受けていたのは、知らせを聞いてとる物もとらず駆けつけていた、シャルロットの父バーンハードだった。
「おとうさん!!」
シャルロットがやっとレンの服を離し、父親の胸に飛び込み大きな声で泣きじゃくった。
よかった。その光景を見て、レンは心に熱い物がわき上がってくると同時に、ほっと力が抜ける思いであった。
「お手柄だな、レン。」
そういうボドウィックがレンの背中をポンポンとたたく。
「さあ、みんな、温かいスープがあるわよ。こっちいらっしゃい。」
フェリシアがそう言って、スラムの子供達に声をかけた。
やっと落ち着いたシャルロットをあやし、バーンハードがボドウィックに声をかける。
「本当に、ありがとうございます。又あなたに、貸しを作ってしまいました。」
「いや、今回の件は俺たちの手柄じゃありませんよ。」
そう言ってボドウィックは今までの解決に至った筋書きを、バーンハードに説明した。
「そうですか、あの少年がスラムの子供達を使って、、、」
「ええ。我々では正直お手上げでした。明日、奴隷商人の線から洗うかと思っていたのですが、裏に潜られるとそれも難しいかと。」
それを聞いて、バーンハードはレンの所に行き頭を下げた。シャルロットの方はもう既に父との再会を果たした後、再びレンの隣に行きその服の裾を離すものかとぎゅっと握っている。
「レン君、本当にシャルを救ってくれて、ありがとう。私は、どのようにして君に報いてよいか、分からない。」
「バーンハードさん、お顔を上げてください。本当の金星はあの子達ですよ。」
そう言って、レンは美味しそうにスープを飲む子供達の方を向く。
「ええ、分かっています。エアハルト氏に頼んで、私の方でも何かお礼をさせていただきます。それと、私は聖王国でかなり手広く商売をやっております。もし来られることがあれば、ぜひ訪ねていただけますか?」
「ええ、その時はぜひ、よろしくお願いします。」
その時は軽い気持ちで返事をしたのだが、このバーンハードとの出会いが今後の漣の運命に大きく関わって来る事に、この時の漣は思いもよらなかった。
「さあシャル、そろそろおいとましよう。」
バーンハードの言葉にシャルロットはイヤイヤと首を振り、さらにぎゅっと漣に抱きつく。
「何あなた、こんな小さい娘まで興味あるの?」
「変態。」
エミリアとファナの言葉に、ぐっと漣は心をえぐられた。
バーンハードは再びボドウィックの所に行った。
「いい少年ですな。」
「彼は、エルイ、いやアーロンのゆかりの者ですよ。」
「アーロン様の、、、そうか、あの黒髪は、、、」
バーンハードは目を見開き、漣の黒髪をじっと見つめた。
「もしかすると彼は、、、?」
「この話はここまでにしてください。おまけに、彼はまだ何も知りません。」
「分かりました、何かあればぜひお声をかけてください。出来る限りのお手伝いをさせていただきます。」
そう言ってぐっと二人は手を握った。
次の日、十分な数の護衛達に囲まれてバーンハード達はローランを旅立った。
旅立ちにあたってバーンハードは、スラムの子供達にエアハルト氏を通じて炊き出しや、古着の供与を行う事を伝えた。漣も子供に現金を渡すよりずっと現実的なその対応に、賛成の意を示した。
「レン兄様。ぜひ、聖エルランジェ王国にいらしてください。ぜひ、私にもう一度会いにきてください。」
一日置いたシャルロットはすっかり落ち着きを取り戻したようで、又もとの少し大人びた美少女に戻っていた。しかしその手はしっかりと連の服の裾を握っている。
「ああ、もちろん行くよ。」
漣はそう言って、シャルロットの頭を優しくなでた。シャルロットはうれしそうに目を細める。
「この、誑し。」
「変態。」
再び心が折れる一言を二人より浴びせられ、レンは完全に燃え尽きた。
こうして、漣の激動の二日間は幕を閉じた。その後、漣はスラムの子供達に銀貨3枚と銅貨300枚を自腹を切って払ったが、その分はなんとかボドウィックから回収できて、さらに再度燃え尽きる事からは免れることが出来た。




