第11話 閑話 誘拐(前編)
「でさ、レンのにいちゃん、そいつらに絡まれていた所を俺が助けてやったのさ。」
とアルトはえへんと胸を張った。
漣がローランに来て数日が経った。街の見回りにも慣れ、地理もあらかた頭の中にはいっていた。先日初めてエミリアにこの街を案内された時は、まるで迷路のようだと思ったのだが、街の広がり方にもある一定の法則があるようで、それを理解しておけば街の構造を頭に入れるのに、そんなに時間はかからなかった。
そんなわけでボドウィックに頼まれていた街に慣れるのも兼ねた巡回警邏のような仕事をファナと二人で行っていると、こないだアレクシスから助けてやったアルトと出会うことになった。しかし彼は一人ではなく、弟分、妹分とみられる2人のスラム出の子供達の他に、何やらアルト達とは雰囲気の違うずいぶんと金のかかった衣装を身に着けている少女を連れていた。
話を聞くと、先日迷子になって街の男の子達にいじめられていた所を、アルトが助けて宿まで送り届けてやったらしい。
それ以来妙になつかれて時々抜け出してくるのを、こうして一緒に遊んでいるようだ。
「こいつはシャル。シャル、こいつはレン、まあ俺のダチだ。よろしくしてやってくれ。」
「シャルロット・バーンハードです。よろしくお願いします。」
ぺこっと頭を下げた少女の子供らしくない挨拶に、漣は一瞬うろたえたが、返事を返した。
「レンです、よろしくね。」
「そんじゃ、兄ちゃんまたな。アビー、コリンも行くぞ。」
そう言って、アルト達は元気に走って行く。相変わらず生意気なやつだなぁ、と思いつつあんな弟がいてもいいかもと一人ほくそ笑む漣であった。
それから数日たった。その日も日課の巡回を終え夕方のひとときに鍛錬で汗を流した漣は、井戸の横で汗を拭き裏庭のベンチでゆっくりとくつろいでいた。そこへ、裏口から顔を出したのは事務をしているフェリシアだった。
「レン、小さなお客さんが来てるわよ。」
「ありがとう?」
そう返事してギルドの建物の中に入って行くと、そこにいたのは息せき切ったアルトだった。
「レンの兄ちゃん、助けてくれ。」
そう言って、アルトはレンに飛びついて来た。何があったのか、心配そうに口をゆがめている。
「どうしたの、アルト?」
「シャルとアビーが、連れて行かれた。」
「ちょっとこっちへ。」
そう言ってレンはアルトを裏のベンチの所に連れて行き、腰掛けさせた。
「どういうことだ?」
アルトは早口で今までの事を話し始めた。
「今日昼過ぎにシャルと分かれて稼ぎに行こうとしたんだ。俺たちの仕事は、人が多くなる夕方が稼ぎ時だからな。そしたら、アビーのやつがシャルに渡す物があるって行って追いかけて行ったんだ。その後コリンも追いかけて行って、、、」
息の上がるアルトに、ちょっと待てと井戸から水を汲んで飲ませる。
落ち着いたアルトの話を要約すると、こうだった。
アビーとコリンがシャルに追いついたとき、路地裏でシャルが見た事ない3人の男達に縛られ、袋に詰め込まれようとしていた。それを見た二人が逃げようとした所、アビーが男に捕まり殴り飛ばされた。コリンはやっとの思いで逃げきり、仕事中のアルトに助けを求めたと言う事らしい。
「話を聞いてすぐそこに俺が駆けつけたら、もう二人とも姿がなかった。きっと連れて行かれたんだ。」
当たり前の話だが、この世界にも誘拐はある。人のやる事はどこでもそう変わらないらしい。
しかし、誘拐目的のシャルはまだ大丈夫としても、一緒にとらえられたアビーは危ない。良くて奴隷に売り飛ばされるか、最悪の場合、口封じに殺される可能性だってある。
「とにかく案内して。」
時間が決め手。漣はとにかくすぐ探しに行くことにした。
「フェリシアさん、ごめん。ちょっと出る。夕食できたら、置いといて。」
そうフェリシアに声をかけ、アルトの後を追って街中に駆けて行った。
ボドウィックはローランの大店エアハルトのところにいた。傭兵ギルドの会合に参加した後ギルドに帰ろうとした所を呼び止められ、大至急店に来る様乞われたのだった。
エアハルトはボドウィックも懇意にしている40台後半の商人で、代々王室御用達の看板を掲げており、かつて若かりし頃はアーロンの妻であった第2王女のレオノーラにもかわいがられていた。
商隊の護衛依頼かな?ときどき、碧の旅団はエアハルト商会の護衛任務を引き受けていた。しかし今回大至急と言う。護衛任務ならそれほどいそぐ事もないし。
首をひねりながら、ボドウィックはエアハルトの店に急いだ。
店に着くとそこにいたのはエアハルトと、ボドウィックも面識のある、聖エルランジェ王国の大商人バーンハードだった。
「よくぞいらしてくれた。ボドウィック様、こちらのバーンハード様はご存じですな。」
「ああ、存じ上げています。今回はどのようなご用件で?何か急いでおられるとの事。」
「それが、、、」
悲痛な面持ちをしたバーンハードが後を引き継いだ。
「娘の、娘のシャルロットが誘拐されたのです。」
今回エアハルトとの商いで、連れてって欲しいとせがまれた娘と共にローランに来ていること。商いの方は順調に終わりそうなのだが、夕方泊まっている宿屋に帰ると手紙が届けられており、莫大な金銭の要求と共に今回の商取引の中止を求める要求があったとの事。しかもそれの期限が一両日中と言う。
「良ければ商いの内容を教えてもらえますか?」
「ミスリル鉱石の商いですよ。この間この国に新しいミスリルの鉱山が見つかりまして、私がその販売をまかされているのです。今回は帝国の方にも引き合いがありましたが国がこういう状況ですからな、バーンハード様の方へと。向こうに渡す金銭の方は旅の途中のバーンハード様の代わりに私がなんとかしますが、取引の方はもう我々の手を離れておりますし、、、」
ミスリルは白銀ともいわれその堅さとしなりは他を寄せ付けない。銅の様に打ち伸ばすこともできるが、技量のある者の手にかかれば鋼より強く鍛えることができる。しかも軽い。しかしその最大の特徴は法術を良く通す事であろう。
そのため、法術具や法術剣の制作には欠かせないものとなっている。しかしその産出量は少なく、新たな鉱山が見つかると言うのは画期的な出来事であった。
「エアハルト殿にはお世話をかけます。」
「護衛の方は?」
そこでボドウィックは最近目を盗んでシャルロットが街の子供たちと遊んでいた事、普段廻りにあまり同年代の子供がいないため、親としては厳しく禁じるのをかわいそうに思ってお目こぼしをしていた事を話した。
「しかしこんな事になるのでは、もっとしっかりしておくのでした。」
今さら言っても仕方の無いことに時間をかけるつもりはなかったが、誘拐か。しかも婦女子の。ボドウィックはため息をついた。
「少し厳しいかもしれませんね。」
バーンハードの苦渋がさらに厳しくなる。
この世界、誘拐ともなれば金銭の要求は当たり前にあるが、たとえそれに従った所で誘拐された人質が帰ってくる可能性はほとんどない。
男なら殺され、女なら、貞操を散らされるのは当たり前で、その後殺されないにしてもほぼ奴隷商人行き。しかも、表に出ない商人に流れるのが常であった。そうなるともう行方を探すのは不可能に近く、その行く末も口に出せないような悲惨な末路を迎える事がほとんどだ。
「とにかく、今うちにいる連中を総動員してみます。取引の日時と場所は?」
「金は2日以内に用意し、場所は又連絡するとの事です。」
「お願いします。どうか娘を、、、」
なかなか手慣れたやつのようだ。それならまだ、シャルロットも生きている可能性はある。
ボドウィックはそう考えながら、ギルドへと急いだ。
「ここで攫われたんだな。」
そう聞く漣にアルトはコクコクとうなずいた。
そこは商業地区に近い路地の一角で、後角を二つほどまがったらもう人通りの多い道に出る。シャルロット達が逗留している宿は、その道沿いにある一番格式の高い宿屋だった。
「アルト、シャルはいつもこの道から帰ってたのか?」
「そうだよ。俺が初めてあいつに教えたのもこの道だし。いつもここを通ってたと思う。」
待ち伏せか?そうなるとシャルを特定して誘拐したことになる。これは厄介だった。
「コリン、シャル達を連れ去ったやつらはどんな格好をしていた?」
「みんな灰色のマントを着ていた。フードもかぶってたから、顔を見てない。」
「お前は顔を見られたのか?」
「うん、アビーと逃げる時に。ねえ、アビーは大丈夫かな、、、」
コリンも心配そうに聞いてくる。
「アルト、どのくらいの子供を集められる?」
「5歳以上でいいかい?声をかけたら、5、60は集まるぜ。」
「よし、すぐ集めてくれ。場所はスラムの入り口でいい。」
そう漣が言うと、アルト達はすぐに駆け出して行った。
ボドウィックはギルドに帰るなり、王都にいる全員の集合を命じた。
そして、聖王国の商人バーンハードの一人娘シャルロットが誘拐された事。金銭の受け渡しは明後日だが、それまで待っていたら間に合わない可能性が高い事を皆に伝えた。
「とにかく聞き込みだ。小さな女の子を連れた怪しいやつがいないか。少女の年は10歳。髪の色はストロベリー。赤の混じった金髪だから珍しい、目立つぞ。白いドレスに黒いスカートをはいているらしい。」
そういって辺りを見渡したボドウィックはフェリシアに尋ねた。
「レンはどこだ?」
「さっき小さな子に連れられて、どこかに行ったみたいよ。」
「分かった。それじゃしょうがないな。ファビオとエミリアは東地区、リックとレントンは西地区、イーリスとフェリシアはそれぞれ南をまとめてくれ。それと、1時間ごとにギルドハウスに連絡を入れる事、以上だ。それから連絡係として、フェリシアの他に誰か残ってくれ。」
「あたし、残る。」
フィアが手を挙げる。
ボドウィックの言葉に、30名あまりの旅団のメンバーはギルドハウスを後にした。
あの後、スラム街の入り口で小さな子供たちを集めたレンは子供たちに次のような事を伝えた。
アビーがその友達と一緒に攫われた事。大きな布の袋を二つかかえて、灰色のフードをかぶった3人組の男達を捜している事。今から参加してくれる子に一人当たり銅貨5枚、5クローネを与える。もし二人の発見に繋がる有力情報を持って来たやつには銀貨1枚を与える事を伝えた。
噂が噂を呼び、結局集まった子供たちは60名を超えた。もちろん小さい子供たちにも人気のアビーの事はみんな知っており、助けようとする想いも強かった。
「にいちゃん、懐大丈夫か?」
心配そうにアルトが聞いてくるが、そんな事言ってられない。
「頼む、みんな。街の子供たちにも聞いてやってくれ。見つかったら、礼はするって言って。俺とアルトはここで待つ。何か分かったら、すぐに知らせること。行ってくれ。」
そういうと、子供たちはあちこちに散って行った。
「レンの兄ちゃん、俺も探しに行きたい。」
そういうアルトに漣は言葉をかける。
「ああ、分かってる。俺も駆け出したいさ。でも今は俺たちはここにいなくちゃならない。アルト、お前が行ってしまうと俺には誰が誰やら分からなくなる。みんなを信じてやってくれ。」
「分かった。」
そう答えるアルトの肩はブルブル震えていた。
街の片隅にある薄暗い倉庫の二階には5人の男達がいた。4人は似たような灰色のコートを着ており、もう一人は商人風の衣装を着ている。
「なぜ子供が二人いる?連れてくるのはバーンハードの娘一人のはずだ。」
フードを来た一人が残り3人を問いつめていた。
「かどわかすところをみられたんで、一緒に連れて来たんでさ。」
「なぜその場で殺らなかった?邪魔なだけだぞ。」
「まあそう言わなくとも、奴隷商人に売る手間は同じですよ。そっちの方は小さいから、あまり金にはならないとおもいますがね。」
商人風の男がそこを取りなす。しかし、心の中では舌打ちをしていた。だから素人のやつがやる仕事はずさんだ。
今回シャイアと聖王国の間でミスリルの取引が成立してしまったため、上からはこれ以上金が出ない。今後の事もあるから、もう一人いたら売り払ってこいつらに払う金の足しにでもすればよい。商人風の男、ゲオルクはそう考えていた。
「金の受け渡しは明後日ですから、明日のうちに奴隷商人にわたしておけばいいでしょう。」
ゲオルクはもちろん金の授受に絡むつもりは毛頭ない。今回の目的はあわよくば聖王国とシャイア王国の間に結ばれたミスリル鉱山の取引の破棄だったが、だめでもバーンハードにダメージを与えることができればそれでいいと考えていた。
「それでは私はこの辺で。連絡はまた後日。」
「俺も行こう。奴隷商人に連絡しておく。」
そういってゲオルクとリーダーらしきフードの男は部屋を出て行った。
ボドウィックは一度ギルドに戻って来た。しかしそこにはフェリシアとファナしかいない。
「何か連絡は?レンは戻って来たか?」
ファナが首を振る。
「どっちもなし。」
「一体どこに行ってるんだ?あいつは。この忙しい時に。」
そこへ、扉が開きエミリアが飛び込んでくる。
「レンは?帰って来た?」
「まだ。」
ファナが答える。
「どうしたの?エミリア。」
フェリシアも尋ねた。
「あいつ何かやってるらしいのよ。さっき、スラムのガキどもが騒いでいて、何か聞いたらレンという兄ちゃんに頼まれて、攫われた俺たちの仲間を捜してるとか言ってたわ。」
「仲間?シャルロットじゃないのか?」
ボドウィックには考えても何のことかさっぱりだった。
「あたし、行く。」
突然、ファナが立ち上がった。
「ファナ、ここは?」
「エミリア、頼む。」
そういうと、ファナは扉の向こうへ消えて行った。




