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ネクロマンサーに、恋をする  作者: 暁カンナ
躍動 シャイア王国編
10/30

第10話 死闘と勝利と

 

 

次の日の朝、漣一行は村人達が襲われた森に隣接した畑の方へやってきていた。

畑と畑の間にも木々が入り込み、見通しはあまり良くない。熊が出てきたと思われる辺りの木々はへし折れており、力のある生き物の暴れた跡がうかがえる。


昨夜、体調が持ち直して意識の戻った村人から聞いた所、やはり襲ってきた奴の正体は大きな灰色の熊だったらしい。

リックの言う所のアトラスヒグマと見て間違いなさそうだった。


「ヤバそうなら、一目見て逃げる。そして応援を待つ、分かった?」

とリックが念を押す。

昨晩のうちに人を走らせて、ギルドに応援要請はすんでいる。多分今朝あたりにはたどり着いてくれているだろう。そうなれば、夕方には新たな戦力がくる予定だ。無理をする必要は、全くない。


「分かってる。あたしの剣なんてイノシシならともかく、熊なんて何の役にも立たないし。」

エミリアは対人戦ではないのでいつも使っているレイピアではなく、今回はサーベルを持ってきていた。しかしどちらにしても大熊相手にどうにか出来る得物ではない。


「俺は槍があるが、それほど得意って言う訳じゃないしな。」

リックの言う通り、彼の基本は短剣使いで特に得意とするのはダガーの投剣。エミリア以上に熊には不向きだ。

そうなると、唯一役に立ちそうなのは漣の両手剣だが、漣は熊と対峙でもすれば真っ先に足が震えて動かなくなるか、一目散に逃げるかの自信はあった。


「とりあえず、二手に分かれてここ中心に見て回ろう。イノシシがいたら討伐。ただしみんなが合流するまで待つ事。いいな、あまり森の深い所に入るなよ。」

リック・ファナ組、漣・エミリア組に分かれて、とりあえず森の中を捜索する事にする。


森の中は木々が生い茂り、畑の開けた場所から少し入っただけで、もう辺りは薄暗い。

ここしばらくは王都のローラン暮らしでこんな雰囲気はすっかり忘れていたのだが、よく考えればこの世界に来てから1年少々漣はアーロンと共に、ずっとこういう所で暮らしていたのだ。そう思えば何やら懐かしい気もする。


「エミリアはこういう所は苦手?街の方が長いの?」

横で何となく落ち着かなさそうにしているエミリアに、声をかけてみる。

「そうね、私の生まれた村は近くにこんな大きな森はなかったし、師匠と出会ってからはずっと街を移動していたかしら。」

「エミリアにも師匠っていたんだ。僕はアーロンと出会ってからは、ずっとこういう所で暮らしていたから、何か懐かしいな。」

「あたしの師匠は凄い人よ。レイピアの使い手でって、それはいいわ。レン、あなたの方がこういうとこ得意そうだから、前衛まかせるわよ。どうせどちらも法術使えないんだから。」


確かに下生えや倒木をよけながら歩くエミリアの様子は、どっちか言うと少々危なげだ。

「分かった、前を行くよ。そのかわり、後ろをお願い。」

そうエミリアに返し、二人は木々の間を進んで行った。この森はアーロンの家の近くのそれに比べると木々が細く、そのせいもあって木と木の間が結構詰まっており進みにくい。又そのせいで視界も結構制限される。


「きゃっ!!」

ガサガサっと側の薮が揺れ、その後ばたばたと何かが飛び立つ音にびっくりしたのかエミリアが小さな悲鳴を上げる。

「大丈夫だよ。何か鳥が飛び立っただけみたい。」

漣はそう言い、安心させる様にエミリアを見やったがその事で帰ってエミリアのプライドを逆なでしたようで、逆にむっとした目つきでにらみ返された。


「ちょっとびっくりしただけよ。レン、イノシシを見つけたら広い方へと誘い出すのよ。」

しかし下草をかき分けながら、そう言うエミリアの声は心無しか震えているように聞こえる。

「大丈夫だよ、こっちには出ないから。」

エミリアを安心させようと、口からでまかせを言うも、漣自身の声もあまり自信に満ちあふれているとは言いがたい。


「よくもまあ、あんたはそんなお気楽な事言えるわね。まあいいわ、何かあったらまかしときなさい。」

エミリアが何とも頼もしげな発言をした時、二人が進む右手の茂みがガサガサと揺れた。そしてひと呼吸置いて、灰色の大きな固まりがゆっくりとその姿を現した。




リックとファナ、二人のグループにはさっきから会話がなかった。いや厳密に言うと、リックが一方的にしゃべりファナがそれを無視して先へ先へと進んで行く。


「おい、ちょっと急ぎ過ぎだぞ、ファナ。そんなに先行すると危ないって。」

「あんまし奥へと行くなよ。熊が出たらどうすんだ?」

「おいっ!!」

一方的なリックの声に、やっとファナが立ち止まる。


「あたり、気配しないから、だいじょうぶ。」

「お前そんな事分かるの?」

いまいち信じられないリックの問いに、

「ん。」

と言って軽くうなずきさらに先へ進もうとした時、甲高い笛の音が聞こえた。


ピィ~!!


それは目標と遭遇した時に、鳴らすと決めておいた笛の音だ。

「レン達だ、行こう!!」

リックがそう言ったとき、ファナはもう既に駆け出した後だった。

「ちぃっ!」

そう言って、あわててリックもファナを追って駆け出した。




あわてて、合図の笛を吹いてしまったエミリア達の前で茂みから姿を現したのは、一頭の大きな雄の灰色イノシシだった。

「獲物だ!!」

あわてて剣を抜き放とうとしたレンを制して、エミリアが声を荒げた。

「広い所へ、レン。」

「分かった。」

そう言って、二人は森から出る開けた方向へイノシシを導くように向きを変えた。

付いてこい。


漣がそう思った時だった。一瞬のうちに木々が爆発するように飛び散ったと思うと、それはレン達の目の前にその巨大な姿を現した。

先ほどのイノシシが仔犬かと見まごうばかりの、灰色をした怪物だった。

アトラスヒグマ、おそらくは雄の巨躯がレンの目の前に仁王立ちしていた。


漣達が目の前に突然現れた圧倒的な暴力の前に、手も足も出ず立ち尽くしている間に、一瞬のうちにその灰色熊はイノシシとの距離を詰めただの腕の一振りにて、その大イノシシを赤色の混じった灰色の毛むくじゃらの固まりに変えた。


次は俺たちの番だ。そう分かってはいるものの、漣の足はいっこうに動こうとはしない。

やばい、これはやばい、せめてエミリアだけでも、、、そう思ってエミリアの方を向こうとした時、ピシッ!!一本の矢が灰色熊の肩口に刺さった。

「レン、エミリア!!!」

リックの絶望的な叫び声が聞こえた。その後ろには、たった今弓を放ったと思われる、ファナの姿も。


一瞬にして、レンの呪縛は解けた。


「エミリア!!」叫ぶと同時に、まだ固まっているエミリアの手を掴んで、漣はきびすを返して走り出す。

後ろからは、一瞬どちらを追うべきか迷った巨体が、まだ距離のあったリック達を無視してこちらへと迫る。


このままでは追いつかれる。下生えや枝の生い茂った森の中では、それらをかき分けながら進む漣達より、その巨体に任せて突き進む灰色熊の方が圧倒的に有利なのは明らかだった。

せめてエミリアだけでも!!


少し開けた場所に出た所で、漣はエミリアを後ろに突き飛ばした。

「行け!!」

そう言って、振り返りざま背中の大剣を抜き放った。

目の前の茂みから大きな巨体がとび出して来たのは、それとほとんど同時だった。


とにかくエミリアを逃がす事、漣の頭の中にはそれしかなかった。そう思うと、さっきまであった足の震えも今はもう感じられない。

まともに当たったら、ひとたまりもない。そのくらいは漣にも明らかだ。とにかく、躱す。


そう思った漣の前に、突然上から灰色の暴風が襲いかかる。熊の右足による蹴りをとっさに後ろに飛んで躱す。まさにぎりぎり髪の毛がかすって何本か持って行かれた。

助かった、そう思う間もなく次の蹴りが襲う。今度は少し余裕で躱せたが、そのことがかえって熊の怒りを買った。

「ガウッ!!」

大きく吠えながら熊は頭から大きな牙を見せ突進して来た。

エミリアから少しでも離れるため、漣は右へ走り大きな木の後ろへ回り込む。エミリアは!!と見ると、先ほど漣が突き飛ばした所から、一歩も動けていない。


まずい。

漣は出来るだけ熊の注意を引きつけるため、大きく剣を振り回した。

「こっちだ、来い!!」

熊が漣の隠れている大木を回り込もうと大きく迂回したとき、一瞬大きく吠えてその二本の足で立ち上がった。熊の右目にはリックの投げたであろうダガーが突き刺さっていた。


「レン、今だ!!」

リックの叫びと共に漣は前へ飛び出す。

熊がまた右手を大きく薙いでくる下、熊の死角になる右側に滑り込んだ漣はその勢いのまま両手に持った大剣を、熊の右足の膝に叩き込んだ。

「ベキッ。」

太い枝が折れるような音と共に、熊の吠えるような咆哮がしてその巨体はどうと倒れ込んだ。漣のその捨て身の一撃は、熊の右足の狭い膝関節の合間を偶然とらえた。

「レン、まだ!!」

突然、ファナの悲痛な声が響き渡る。熊が倒れた事で一瞬気を抜いてしまった連に、四つん這いになった化け物が3本の足で襲いかかる。

とっさに噛み付いてくる牙を剣で受け止めたが、その後に来た左足の蹴りを受け止めることができず、連は思い切り後ろに弾き飛ばされた。




頭がじんじんする。何か遠くの方で、誰かが叫んでるような気がする。右肩が燃えるようにあつい。目がかすむ。


「レン、起きてぇっ!!」

エミリアの必死の声にレンははっと意識が戻った。ぼうっとしていたのは、どうやら一瞬の出来事だったみたいだ。レンをはね飛ばした大熊は後足を一本引きずりながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。


後ろからファナが矢を射るも、それなど全く意にする様子はない。

レンはその場でゆっくりと立ち上がった。

右手は、少し動くが肩より上には上がりそうにない。足は大丈夫、まだいける。左手も問題ない。レンはガンガンと痛む頭を無視して右目にかかる血を肩で拭い取り、正面を向いた。

長期戦は不利だ。どうする?両者はゆっくりと再び対峙した、その時だった。


熊の後方から、ファナが突然熊の左手に走り出しレンの方へ駆け寄ってくる。


ファナ!!漣がファナの方を向くのに釣られ熊もその首を左へと向ける。

「アイスアロー!!」

短い詠唱と共に、ファナの右手から鋭く細い氷の矢がほとばしり出て、熊の残った左目へ突き刺さった。

熊が四つ足のまま咆哮をあげ、大きく口を開ける。


今だ!!漣は右脇に大剣をかかえ、走り抜けた。

漣の持つ大剣が熊の大きく空けた口に突き刺さるのと、その右手が漣をとらえるのはほとんど同時だった。


再び大きく後ろへ飛ばされた時、漣は意識を手放した。




「レン、レン!!」

泣きじゃくる誰かの声にゆっくりと漣は目を開けた。頭が又がんがんしている、こっちへ来てからこればっかだな。誰かが泣いている。

薫?いや違う?、、、エミリア?


「エミリア!!」

漣の意識は突然はっきりとした。そうだ、熊は?あれからどうなった?

身を起こそうとした時、漣はそこがもう鬱蒼とした森の中ではない事に気がついた。

どうやらここは屋内のようで、見た事のない天井が視界に広がっている。

この台詞は言いたくないなぁ。そんなどうでもいいことを考えながら、漣は辺りを見回した。

自分がここにいると言う事は、あの場はなんとか切り抜けたようだ。


「よう、生きてるな。」

声がした方を向くと、そこにボドウィックがいた。

「団長?なんで?」

「アトラスヒグマだぁ?とんでもねえ話だ。精鋭集めて駆けつけてみたら、こんざまよ。」

ハハハっと笑いながら、ボドウィックは横になっている漣の頭を、ポンとたたいた。

「よくやったな、レン。」


「レン!!」

突然エミリアが寝ているレンに飛びついて来た。

「バカぁ、バカぁ、、、」

泣くじゃくるエミリアの背中を、レンはゆっくりとまだ動く左手で撫でさすった。

「良かった、エミー無事だったんだ。」

「レン、無茶し過ぎ。でも、凄かった。」

エミリアの隣でそう言うファナも、目から涙がこぼれている。

それからレンは、リックからあの後のことを聞いた。


結局決着がついたのは、最後の漣の一撃だった。

漣が体からぶつかって行ったあの一撃は、見事口腔から脳までその大剣を届かせ、リック達が最後に見たのは、灰色熊の頭の先から突き出たレンの大剣と、熊の右手ではね飛ばされるレンの姿だった。


リック達が駆け寄った時には熊はすでに息絶え、漣の方は無我夢中のエミリアに無茶苦茶にされていたらしい。

あわててエミリアを引きはがし、漣の様子を見ると気を失っているだけのようなので、村に助けを求め、人手を集めて漣を村まで運んだとの事だ。

ボドウィック達が到着したのは、ちょうどそんな時だったらしい。


「やったな。」

男同士にしか分からない妙な連帯感に突き動かされて、漣とリックは拳を突き合わせる。

はぁ~っ、疲れた。とにかく、今の漣の頭に浮かぶのはその事だけだった。

と同時に襲って来た眠気に身を任せて、漣は再び眠りに落ちて行った。




次の朝目が覚めると、漣の周囲には誰もいなかった。

鍛錬しないと、、、日課をこなそうと起き上がろうとした漣は、その右手がギブスのようなものに包まれ、全く動かせないようになっている事に気がついた。


「折れてたわよ。」

そう言って、そばに来たのはエミリアだった。

「一応、ファナが治癒術をかけておいたからもう繋がってると思うけど、しならくそのままね。」 

そう言って、後ろから持って来たお盆を前に出す。盆の上には、朝食の用意があった。

「はい、食べさせてあげる。腕、動かないでしょ?」 


女の子にあ~んしてもらう?前の世界で異性を意識しだしてからは手も握った事もなかった漣にとって、そのエミリアの試練は過酷すぎた。

もちろん、薫は漣にとって異性には値しない。つまり、今の漣に取って一番近い異性とはエミリアであり、ファナだった。


「いいよ、左があるし。」 

「遠慮しないの。うまく食べられっこないんだから。」

そう言ってエミリアは、スープをすくった匙を目の前に突き出してくる。

反射的に漣はそれを咥えていた。

「おいしい?」

どこのギャルゲーだよ、顔を真っ赤にした漣は思わず下を向く。エミリアも、どうやら顔を真っ赤にしているようだ。

「しっ、しかたなくなんだからね。」

両者とも、いっぱいいっぱいの状況に、助けの言葉が投げかけられた。


「目が覚めたか?レン」

それは部屋に足を踏み入れたボドウィックだった。しかもその後に、リックとファナも続いている。

「おっ、じゃましたかな?」

リックの声に、連はうろたえたように返事をする。

「みんな、おはよう。」

「おはようと言っても、もう昼近いけどな。」

ボドウィックの声に、連は思ったより寝過ごしてしまったことに気づく。


「お前が倒したアトラスヒグマな、3mを超えていたぜ。久々に見る大物だな。報酬の支払いと追加とか面倒な事は俺たちがやっておくから、お前は動けるようになったら、先にゆっくり帰んな。」

リックが親指を立てて、ぐっと突き出す。

「あれだけの大物だ。国からもきっと報奨金が出るぜ。ねえ、団長。」

「ああ、間違いないな。あの後すぐ血抜きして、皮を剥いでる。そっちのほうも、きっと良い値が付くぜ。そうそう、肉の方は全部売らずに、いいとこ持って帰れよ。フェリシアが喜ぶ。」

転んでもただでは起きない人たちである。


2日ほど養生したら漣の体はある程度動くようになったので、ローランに戻ることになった。リックは雑務があるとの事でまだ村に残っているし、応援に駆けつけて来たボドウィック達は、漣達が大丈夫な事を確認したら次の日には王都に戻ったので、同行しているのは漣の事が心配なエミリアとファナだけだった。


「そうだ、ファナ、ありがとう。」

「なにが?」

「あの時、氷を放ってくれたろう?あれで勝てた。腕も治してくれたし。」

「あたし達は、チーム。当然。」

ぐっと手を握りしめ、ちょっぴり下を向くファナ。それを見て、小動物的かわいさを見いだした漣は、少しからかいたくなった。


「でも、ファナの泣いてる顔初めて見たよ。かわいかったな。」

「う”~、、、関係ない。」

顔を真っ赤にして下を向くファナをにやにや見つめていると、後頭部に衝撃が走る。

「何やってるのよ、すけべ。」

なぜかエミリアがぷんぷん怒っている。


そこから王都に帰るまでの間、二人の女性の機嫌を取るのは熊と戦うより疲れる事を少年は思い知らされることとなった。





いつも「ネク恋」お読みいただき、ありがとうございます。

今週からは隔日投稿とさせていただきます。

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