表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

序-俊昭の受難、そして

こういった物を書くのは初めてですがよろしくお願いします。

挿絵も入る予定ですが忙しく時間が…。

※本業が多忙のため、次話がまだまだ手つかずですがよろしくお願いします。

2013.4.7 最終改訂

 かすかに、何かが爆ぜる音と妙な匂いを感じる。

 ……これは焼き魚の香り? いや、そんな香ばしいものじゃないな。

 これはそう、「焦げ臭い」ってやつだ。うん。

 俊昭(としあき)は夢うつつでのんびりとそんな事を考えていた。

 昨日は進めたかったRPGを朝まで夢中でやり込み、泥のように眠りに落ちたのだ。

 バイトも学校も休みなので、思うまま惰眠をむさぼろうと決めていた。

 ……まだ眠い。近所の農家が枯れ木でも燃やしているのだろうか。迷惑な。

 春特有の若干の肌寒さと、カーテンの隙間から差す柔らかな日差し。

 強い眠気を感じて布団をかぶりなおす。

 そうして、再び眠りに落ちようとする彼の意識を、バチンッと何かの弾けるような音が叩き起こした。

「ッ!?」

 驚いて飛び起きた。

 こんな音を日常生活で聞いた事がない。

 布団をはねのけ、寝ぼけ眼を必死に開けながら薄い布団から這いずり出す。


 異常の理由はすぐにわかった。

 煙だ。部屋に煙が流れ込んできている。

 大体にして、近所でゴミを燃やすといっても、隣の農家は数百メートルも離れた藪の向こうだ。

 多少の煙はともかく、燃やす音が届く訳がない。

「かっ、火事か……?」

 誰ともなく、裏返った声で呟いても返答はない。彼は一人暮らしなのだから。

 だからこそこうして、怠惰で平和な田舎の学生を満喫できているのだ。

 しかし、その平和に不穏な影が訪れていることを、異様な煙と物音は示していた。


 とにかく、何が起きているのか確かめなければ。

 よれたTシャツとジャージというだらしない姿で、ドタドタと半分開いた引き戸へ向かう。

 煙をよけるように這いつくばって廊下の先を伺った俊昭は、絶句した。

 廊下の先、台所と思わしき部屋は真っ白な煙で充満し、電気の()いていない薄暗闇にちらちらと赤い光が見える。

 ばちっ びしっ という、割れているのか爆ぜているのか分からない音も聞こえる。

「かっ、完全に火事じゃねーか!!!」

 分かっていても、叫ばずにはいられない。頭が混乱して思考が追いつかない。

 どうする!? なにをすればいいんだっけ!? 119だっけ? ああその前に水か!?

 どうする、どうするっ!?

 わたわたと転びそうになりながら、無造作にハンガーにかけてある学生服のポケットをまさぐる。

 携帯を引きずり出し、177と押したところで、聞き覚えのあるサイレンの音が聞こえた。

 「消防車、か?」

 誰かが通報してくれたのだろうか?

 ……こっちに向かっているように聞こえる。

 幸い玄関は台所とは逆方向だ。

「とりあえず携帯と、財布と、っとと……ゲホッ」

 保険証も原付免許も財布に入っているはずだ。

 煙で息苦しく感じる。

 徐々に騒がしくなる火事の音に恐怖心を煽られ、深く考えられない。

 とにかく、逃げなければ。

 這い出すように部屋から転がりでて、廊下左手の玄関へ駆け出す。

 その背を、バシャッという板ガラスの砕ける音が追った。



「うぁ……」

 外から見た家は想像以上に煙を噴き上げており、今まさに燃え上がろうとしているようだった。

 春特有の優しくも強い風が吹き抜け、灰色の煙が千切れたかと思うと、直後にバッと赤い炎が上がる。

 亡き祖父から譲り受けた年季の入った木造の平屋は、煙に巻かれながらみるみるうちに赤い舌に彩られていく。

 その火の勢いを呆然と見つめていた俊昭は、はっと部屋に残した大切な物に気付いた。

「フィギュア……武士(たけし)のフィギュア!!」

 大切な、この世でたった一つしかないソレを置き去りにしたままだ。


 俊昭は別段フィギュア好きというわけではない。

 いくつか気に入ったゲームキャラのフィギュアも持ってはいるが、棚晒しで埃を被ったりしている。

 にも関わらず、ソレをないがしろにできない理由が俊昭にはあった。

 ソレは、早逝した親友がこの世にたった一つ遺した形見でもあるからだ。

 造形作家を目指していた親友の金見 武士は、俊昭と盛り上がったゲームのキャラを半年もかけて制作し、誕生日に渡してくれたのだ。

 高値で売買されているガレージキットなどには及ばないが、特徴を捉え、生き生きとした表情のそのフィギュアは俊昭にはかけがえのない宝物になった。

 そんな親友は、つい二年前に交通事故に巻き込まれ、呆気なく逝ってしまった。

 お気に入りの漫画の話をし、女っ気のないお互いを笑い、またな、といって別れた直後に。

 武士の葬儀では、その場にいた親族の誰よりも声を上げて俊昭は泣いた。

 まるで生まれたときから一緒だった兄弟を亡くしてしまった気持ちだった。


 そんな彼の形見を、武士の命の分身ともいうべきそれを──


「君、この家の住人かい? ……ちょっと、君?」

 現場に駆けつけた消防隊員が放水の準備をはじめるなか、一人の隊員が立ちすくんでいた青年の動きに気付いた。

 顔を蒼白にして唇を噛みしめ、何かを思い詰めたような顔をしている。

 火事に遭った住人は何人か見てきた消防士でも、鬼気迫る彼の表情に違和感を覚えた直後──

 彼はあろうことか燃えさかる家にむかって駆けだした。

「おい君! 待たないか……っ! 待てッ!!」

 制止の声も聞かず、青年は炎に巻かれる家に飛び込んでいった。



 玄関はまだかろうじて形を留めていた。

 廊下を吹き流れる煙と熱気で髪が焦げるのを感じる。目などまともに開けていられない。

 だが、俊昭は迷うそぶりすらなく自室へと向かった。

 肘を振り回し、顔を腕で覆って、少しでも熱と炎から顔を守りながら身をかがめて走る。

 まだ床までは燃えていないが、壁や板戸が焼け剥がれてボロボロと降りかかってくる。

 中途半端に燃えながら立て掛かる自室の引き戸を蹴り飛ばして飛び込む。

 「っ……ゲホッ ゲホッ……ぁ……!」

 ぶわっと空気が混ぜ返され、炎と火の粉が吹き出した。

 熱と臭気と焼けた粉塵で息ができない。喉が焼け付く。

 部屋はすでに左手の壁が燃え上がり、薄い天井の板が燃えながら落ちてくる状況だった。

 モニターが火を噴いている。

 窓はガラスが割れ、時折びゅうと風を送り込んでくる。

 フイゴでかまどに空気を吹き入れられたように、火は勢いを増した。


 しかし、戻らない。

 目的の物は押し入れ下段の保管箱だ。

 低い位置だし、頑丈な箱にはいっているから無事なはずだ。

「か……は……ッ」

 上部が燃えている引き戸を無理矢理蹴り開け、(おき)の小山を踏み消す。

 Tシャツに顔を突っ込み、気休め程度のマスク代わりにしながら押し入れを漁る。

 ……あった。

「無事……だった……!」

 しっかりと、それを両腕で抱きかかえた。


 髪の先が燃えている。振り払う。

 しかし、呼吸ができない。目が霞む。熱気で眼球の水分が蒸発してしまったのだろうか。

 部屋の入り口も、廊下も半ば崩れている。

 もはや退路はない。

 親友の形見のはいった箱を守るように抱えて、俊昭は麻痺したように動けなかった。


 「わりぃ、武士。ミスったようだわ」

 俊昭は独りごちた。


 炎がゆったりと揺らめき、視界を薙いでいく。

 放水はない。中に人が居ても、古い木造家屋など衝撃で崩れてしまう。

 近隣への延焼の恐れがない以上、火勢が弱まるのを待って消火するしかない。

 そんなことを冷静に考えていた。

 意識が遠くなる。

「……予定よりちっとはやいけど、武士のとこにいくわ」

 抱えた箱はなぜかひんやりと感じられた。

 冷たくはない。

 労るような優しさを感じた気がして、ふっと笑みが浮かんだ。

 親友の顔を思い描く。


 武士の顔が笑ったような気がした。

 そして、俊昭は意識を失った。




 消防隊員達は、激しく炎上する古い家屋と要救助者の行方に混乱を極めていた。

 どこにいるのか分からない状況で放水をかければ、最悪の場合、要救助者を自分達が殺してしまう。

 家屋の一部が崩れ、火の粉と炎を吹き散らす。

 あの青年が家から出てきたという報告はない。

 青年を制止した隊員は、唇を切れるほど噛みしめながら、彼の姿を探していた。

 あのとき、自分が彼を力尽くでも止めていれば──

 今となってはもう講ずる術はないが、彼は諦めきれずにいた。

 異質な音が聞こえ始めたのはその時だった。


 ギギギギギ……ギシッギシッ……


 岩盤が擦れ動いて軋むような、重く、腹に響く音。

 パリパリという、木材とは違う、ガラスの棒を折るような音。


「……退避!」

 異常を察した隊長が隊員達を下がらせる。

 野次馬に集まっている近所の住民も指示を出して移動させる。

 彼もこんな音を現場で聞くのは初めての事だった。

 何が起こるか、想像も付かない。


 風が止んでいた。


 ぶるっと身体を震わせる隊員。

 辺りに静寂と薄闇が舞い降りる。

 身体が冷えていく。

 ありえない。

 今は5月初旬の真っ昼間で、ここは全焼を続ける火災現場だ。

 暗くなっていく景色の中、炎だけが爛々と輝いて踊り、生き物のようだ。

 業火の音も風の音も消えたように小さい。

 視界の中で、火だけが生命をもっていた。

 何かが起きる予感に、その場の誰もが食い入るように燃える家屋を見つめている。

 


 異変は、唐突に姿を現した。



 煙が消え失せ、その生命を主張していた業火が、凍っていく。

 揺らめきながらゆっくりと、その根本から白い霜に覆われるように固まっていく。

 暗闇の中の赤から白へと、変わるはずのないものが変貌していった。

「あ……あ……」

 つぎつぎと、まるで樹氷のように焼け落ちた残骸の中に「炎だったオブジェ」が立ち並んだ。

 吐き出す息は白く、一切の音が消え、闇色の薄いヴェールが掛かったようにあたりは暗い。

 まるで現実感のない異常な光景に、誰もが動けなかった。


 数秒か、数分か。

 暫しの静寂をもたらした異変は、突如はじけた。


 「うわぁあああああぁぁぁああっ」

 立ち並ぶ氷柱と、残骸と、凍り付いた家屋周辺の地面が粉々になって四散する。

 まるで雹の土砂降りに突っ込んだような、そんな氷と瓦礫の爆発に皆為す術泣く吹き飛ばされ、倒れ込む。

 凄まじい衝撃で、氷片は数十メートルの範囲にわたって乱れ飛んだ。

 ばらばらと上空へ飛んだ氷片と塵が降り注ぐ中、火災現場だった中心に立つ影を隊員達は見た。


 平屋が無くなり、開けたそこに光が差す。

 いまだ降り注ぐ細かい氷片がきらきらと光を反射するなか、気を失った青年を守るように立つ少女の姿。

 風に流れる銀色の髪。ゲームのような現実感のない衣服。




──俊昭と少女の物語はここから始まる──

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ