7. 深夜の会談
「そういえば、直子はどうなの?」
ひとしきり久子の話で盛り上がった後、急に幸枝が直子に話を振ってきた。
「どうって、何がですか?」
相変わらず、テーブルの上には発泡酒の缶が転がっている。デートの話だけでは、アルコールも旨くなくなってきたのか、皿には直子の手作りの肉じゃがが盛られている。
「なんだか、悩んでる風だったじゃない」
「分かりました?」
「そりゃねぇ」
幸枝と久子が同時に頷く。
「あれはねぇ、解決はしたんですよ」
「なんだったの?」
酒の肴として、直子の話題が肉じゃがに加わった。
三人の酒盛りは、いつもこうなのだ。必ず、三人のうち誰かの話題になるのだ。
「それが、生徒の親なんですよ。俗に言う、モンスターペアレンツ」
「モンスターなんだぁ」
久子が驚いたように、繰り返した。
「それがくだらないことで、文句を言ってくるんですよ。やれ、宿題が少ないの多いの。うちの子の成績が悪いのは、先生の教え方が悪いからだとか」
「なるほど、教え方が悪かったのね」
幸枝が妙に納得している。日常の直子を見ていると、納得してしまいたくなる部分が多いのだ。
「幸枝さん、普段の私は素の私ですからね。仕事は別ですよ」
「見てないから、なんとも。ねぇ」
またしても、久子に振ってくる。さすがにここで、首を縦に振ったのでは、直子が可哀想だ。とは思うものの、つい首が縦に動く。
「久子さんまで、ひどーい」
いや、これは自然の成り行き。
「で、そのモンスターをどうやって退治したの?」
幸枝が身を乗り出して聞いてきた。
「それは、相談に乗ってくれる人がいるから、その人に相談して・・・」
「あー!それって、今の彼氏ね」
知っていながら、わざと驚いてみせる幸枝。これが、幸枝の手なのだ。こうすると、直子のプライドをくすぐり、自白に持っていくことができるのだ。
「まぁ、ね。彼、優しいから。本当に親身になってくれるんですよ」
と、ここまで聞いたら後は惚気と決まっているので、聞いてもつまらない。
「幸枝の彼氏はどうなの?」
久子が幸枝に話を持ってきた。
「私?」
「そうそう、幸枝の彼氏。彼って、この間会った人だよね。我妻さん」
久子が考えながら言葉を発すると、幸枝が肉じゃがに箸を入れながら首を左右に振った。
「惜しいわね。我・妻ではなく、吾妻よ」
「我の妻じゃないんだぁ。と言うことは、結婚はないのね」
直子が訳の分からないことを言い出した。
「何でそうなるの?」
「だってぇ、我れの妻ではないと言うことは、妻ではないから結婚はしない」
直子流のジョークなのか、地でボケているのか。
「どういう公式なのか分からないけど、とりあえず結婚はないわね」
幸枝も真面目に答えている。
「結婚しないんだ。仲良くみえたけどね」
久子が発泡酒を冷蔵庫から持ってきて、二人に渡した。
「一応付き合ってますから、仲はいいわよね。仲が悪かったら付き合ってないから」
ごもっともである。
「それでも、結婚には至らないのね」
久子が納得できないといいたげに首をひねった。
「恋愛と結婚は別でしょ」
「そうですねぇ。恋愛=結婚なんて、その考えは危険です」
直子も幸枝の考えに同意のようだ。しかし、久子には理解ができない。好きだから付き合っている。ならば、時期が来れば結婚を視野に入れるべきではないのだろうか。
「そんな考え方だから、結婚に失敗するのよ」
「そうなのかしら・・・」
「ひらめきで結婚を決めるのは良くないですよ。芸能界では、その手の結婚が多いようですけど」
直子が芸能界の話を振ってきたが、残念ながら二人とも芸能界には疎い。
「芸能界は知らないけど、ひらめきで結婚しても、結婚した後で、本性が見えるってのもあるからね。とにかく私は、結婚はしないわねぇ。それよりね、先月旅行先で知り合った男の子がイケメンでさー」
新たな登場人物に、直子が身を乗り出した。久子は、またかと言いたげに缶を口に持っていきながら横目で見た。
「先月の旅行って、名古屋の知り合いのところに行ったんですよね」
「そうそう、久子が離婚騒ぎで悩んでいた頃よ」
余計なお世話だ。
「あの時、知り合いと飲みに行った先で知り合ったんだけど、これがまた物凄いイケメンなんだよねぇ」
「いくつなんですか?」
「これがさぁ、聞いて驚けー。なんと、三五歳なんだなぁ」
久子と直子が思わずのけぞった。幸枝が四八歳なのだ、どう考えても犯罪だろう。
「犯罪ってねー。そりゃ、向こうが未成年ならね。でもさ、れっきとした青年ですから」
「で、相手も勿論幸枝さんに惚れちゃったわけですよね」
「そうねー、一晩だけの恋・・・かしらねぇ」
幸枝がうっとりと、過去を思い出しながら、頬杖をついている。その姿を久子が『犯罪だ!』と吼え、直子が『いいなー』と繰り返している。
幸枝のアバンチュールに花が咲き、話の峠も過ぎた頃、時計が日付変更線を越えたことを告げた。
「明日からまた、仕事だよー。解散だね」
「はい、お開きー。あれ、直子の子供が迎えに来なかったね」
幸枝が不思議に思って、直子の子供の話を振ると、そこからまたしても子供の話で盛り上がるのだった。
今夜も酒盛りが続く。