6. 雨のにおい
翌日は曇り空とはいえ、雨も無くデート日和となった。
「良かったねぇ、暑くもなく寒くも無く、最高の天気じゃない」
久子の初デートを祝して、幸枝と直子が玄関に集まっていた。
久子はというと、面倒くさそうな顔をしながらも、一応薄化粧で準備オーケーだ。
「いいんじゃないのー。初デートには薄化粧でさぁ」
「まぁ、ジーパンにTシャツって、逆に色気を誘うかもしれませんしねぇ」
またしても、勝手なことを言っている二人だ。
「だから、離婚したばかりで色気も何もないってば」
できるものなら、出かけずに部屋でのんびりと休日を貪りたい心境だ。
「ヒッキーしててどうするのよ!せっかくの、独身なんだからさ!遊べよ若者!」
若者と幸枝が強調するが、久子とて四六歳だ。若くは無いだろう。
「いーえ!十分若いのよ!自分から老け込んでどうするのよ!人生これからよー」
「そうですよー。久子さんは二回も離婚してるんですから、後一回や二回離婚しても大丈夫ですよ!」
フォローになっていないが、直子の心からの応援メッセージなのだろう。
「たたき落としてくれるような、応援メッセージをありがとう!」
と言いながら睨むと、直子が『そんなに褒められると、照れますよー』と本気で照れている。これが、塾講師なのだから、子供たちが可哀想だ。
そんな二人と一匹に見送られながら、不承不承アパートを後にした。
待ち合わせ場所の駅までが、はるか遠くに感じる。重い足を引きずるように歩きながら、後悔ばかりが押し寄せる。できるなら、バスが来なければ良いと願いながら。
(約束しなければ良かったなぁ・・・)
唐突に電話が鳴ったあの日、久子は意味無く高鳴る鼓動に息苦しさを感じていた。それは、決して恋心などではなく、面倒な電話をいかに対処すべきかを考えて、スピードを増していく心拍数なのだ。
デートなどとは程遠い、不快感。
(何で約束しちゃったかなぁ・・・)
更に後悔。
(大体、ごつい顔は好きじゃないのよ)
自分を棚に上げてぼやくぼやく。
(我ながら、優柔不断・・・)
そうこうしているうちに、バスは容赦なく駅に到着。イヤでも降りねばならない。
(どうぞ、相手が来ていませんように。五分して来なかったら、バスに乗ってレッツゴー・トゥー・ザ・マイ・ルーム♪)
などと、勝手なことを考えているが、五分後にバスが来るわけは無いのだ。
(さぁて・・・)
バスから降り、周囲を見回すまでも無く、山内が声を掛けてきた。その姿は、白のシャツに白いパンツスタイル。
(あぁ・・・。他人のことは言えないけど・・・おじさんだわぁ・・・)
そう思いながらも、自然と出てくる営業スマイル。
(私って・・・本当に・・・)
情けなくなる。
「こんにちは、駅まで来てくれて、スイマセンでした。本当なら、迎えに行けばよかったんだけど」
「いいえ、大丈夫です」
(そんなことされたら、ずっと一緒で、何を話したらいいのか困るじゃない)
「どうしますか?」
「・・・どう・・・と言われても・・・」
「そうですよね。そこのファミレスでお茶でもしましょうか?それか・・・お腹は?」
「壊してません!」
「え?」
「え?・・・」
一瞬の間があり、大爆笑されたことは言うまでも無いだろう。しょっぱなからトンチンカン炸裂の久子だ。
「いやー、そうくるとは思わなかったなぁ」
「あ・・・ははは・・・。笑えました・・・よね」
(別につかみはオッケーって分けじゃないんだから。私、何をしてるのよぉ)
さすがに、ここまでくると情けなさも最高点に達する。
結局、近くのファミレスで軽いお茶をして、弾まないまま会話するにいたったわけだが、別れ際に山内が言った言葉に、久子はまたしてもにっこりと頷いてしまったのだった。
「今度は映画に行きませんか?何が好きなのかなぁ、アクションものとかいいですよね」
別にアクションであろうが、ハクションであろうが、ひとりで見てくれと叫びたかったが、できるはずも無く・・・。
「それで、次はアクション映画に行くことに決まったわけね」
大笑いしながら、ことの成り行きを聞きまくった幸枝と直子は、満足気にそう言った。
「やったじゃない!次のデートのために、スカートがあるといいわね」
なぜ、スカートなのか分からないが、幸枝はスカートを推奨してくる。
「どうせなら、タイトスカートでスリットがばっちり入っているやつがいいですよ!」
直子も、非常にテンションが高い。二人とも、完全に久子をおもちゃにしているのだ。
「それにしても、体張ってお約束のようにボケてくれたよねー」
「『お腹は』って聞かれたら、普通次にくるのは『空いてないか』ですよねー」
「そうそう、これで二回も離婚してるとは思えないほど、奥手よねー」
相変わらず、離婚を力説してくる。
「離婚を二回じゃなくて、結婚を二回って言ってくれるといいんだけど」
ぼやく久子。
「映画館では、どんなドジを踏んでくれるか楽しみだわー」
「尾行しちゃいましょうか!」
「ありよねー。そのドジぶりを、ブログにアップするとかねー。きっと、クリック数あがるわよー」
人事だと思って言いたい放題だ。
「でもさー、よさそうな人じゃない。離婚の傷を癒すには、お手ごろだと思うよぉ」
「付き合う気はないって」
ため息混じりに、久子が言うが、幸枝も直子も聞く耳を持たない。
「やっぱり、傷心には次の恋よね」
「そうですよねー。とりあえず、恋ですよ、恋!」
もう懲り懲りなのだと、何度言っても理解しない二人に、ため息どころではない。
「あのねぇ、私は、男は信じないの!信じないって決めたのよ」
「やっぱり、スカートよね」
「スカートなら、スリットばっちりのタイトですって」
「だから、男はマグロだけでいいんだってばぁ」
今夜の酒の肴は、デートの話で十分なようだ。