表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

4. 企み

 夜になると、問答無用で幸枝が久子を連れ出した。どんなに抵抗しようと、幸枝が企んだことは遂行されるのだ。だが、さすがに今朝のこともあり、出かける気にはならない。それでも、幸枝は許さなかった。


「仕事と家の往復で、大事な時間を無駄にしてたら、更におばさん化していくわよ!」


 その言葉が、久子を動かした。

 本当なら、のんびりとテレビを見て、アルコールを楽しみながら時間をつぶしたいところだ。仕事の疲れもあるのだし、外出などはよほどでない限り避けたい。しかし、久子の性格を熟知している幸枝は、逆に久子を外へと誘い出したくて仕方が無いようだった。


「だって、洋服もないし・・・」


 そう、渋る久子の先を行く幸枝は、自分の洋服を持ってきていた。体型も同じようなもので、幸枝の服が悲しいことにぴったりなのだ。


「髪を明るい色に染めたら、若くなるんだけどね」


 そう言いながら、久子を眺める幸枝。もしここに直子がいたら、きっとこの場で染めてしまっていたことだろう。


「染めるのは、今度の休みにやってあげるわ。一足飛びに若くなろうったって無理ってもんだ」


 と、勝手に決めている。

 結局、髪は後日染めることになり、次の休みは直子も交えて久子を変身させようということになった。


(もう、恋愛なんてする気無いんだから、いいのに・・・)


 と、喉元まで出た言葉を飲み込む。そんなことを言おうものなら、逆襲にあうのは分かりきっているからだ。それが、幸枝の性格だから、飽きるまで付き合うしかないのだ。





 幸枝に連れて行かれた場所は、小さな居酒屋だった。貧乏な彼女たちは、小さな居酒屋といえど足を向けることなどありえない。


「ちょっと幸枝。私、お金ないのよ」


 心配になり、幸枝の腕を引っ張ると『心配には及ばないわよ』と笑っている。

 店のドアを開けると、気にならない程度に音楽が流れている。すぐに店員が近づいてきて、幸枝と話していたかと思うと、席へと案内された。そこには男性が二人待っていた。


(やっぱり・・・)


 こんなことだろうと思ってはいたが、さすがにここまで来てきびすを返すわけにも行かない。冷ややかな態度で席につくことにしたが、幸枝には分かっていたようで、思いっきり足を踏まれ、小さな笑顔を作ることになった。

『人生は楽しむためにある』というのが、幸枝の持論なのだ。

 独身の幸枝が、何人もの男性と遊びまわっていることは知っている。そして、それが人生を楽しむ第一歩だというのだ。到底、久子には理解できないのだが、人それぞれ考え方はいろいろなのだから仕方が無い。仕方が無いのだから、自分のことは放っておいて欲しいと思うが、そうは行かないようだ。


「こんばんはぁ。友達を連れてきたわよ。独身に成り立てのホッカホカさん」


 なんとも分かりやすい紹介の仕方だ。


「こんばんは、はじめまして。幸枝さんと仲良くさせてもらっています」


 そう言って、優しそうに笑う男性が幸枝の彼氏のようだ。


「こっちが吾妻さん」


 優しそうな男性が、吾妻。


「こちらが・・・」

「山内です」


 山内と名乗る男性は、幸枝とは初対面らしく、満面の笑みを浮かべて小さく会釈した。


「山内さん、佐島久子さんよ。仲良くしてあげてね」


 できることなら、仲良くなどせずに、このままアパートに帰ってマグロと仲良くしていたいと、心の声が叫んでいる。しかし、その声は誰にも聞こえないのだ。


「よろしく、佐島さん」


 山内が久子に笑顔を向ける。いくら離婚の傷が浅いとはいえ、離婚は離婚だ。そう簡単に次の男性と仲良くなどなれるものではない。しかし、性格というのは恐ろしいもので、どんなときでも営業スマイルを作ってしまうのだ。


(はっきり、イヤだって言えない私は、弱い女?それとも、大人?)


 自問自答。その答えは、前向きに《大人の女》。


(ここは、大人の女として頑張ろう)


 と、変な頑張り精神が顔を出す。

 頭の隅では《踊る阿呆と見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々》と叫んでいる。

 一気にビールジョッキを飲み干すと、座が盛り上がった。


(私って・・・大人だー)


 夜が更けていく。





 杯を重ね、座が盛り上がり、声が大きくなる。

《矢でも鉄砲でも持って来い》状態でとにかく合わせた。疲れきった精神の、最後の力を振り絞る。


(明日も仕事なのにぃ)


 泣き言を言いたくても、サービス精神は健在だ。

 山内が久子をじっと見つめ続けていても、もはや意識することすらなくなり、時計がシンデレラタイムを刻んでいることも忘れていた頃、お開きとなった。

 一体何を話したのか、どうして盛り上がったのかも分からないまま、店を出た。

 夜風が気持ちよく、星の瞬きが見える。


「どうだった?山内さん、久子のことずっと見てたけど。良い人みたいじゃない」

「良い人?さぁ、分からないよ」

「あれだけ仲良く話していたのに、分からないの?」

「だって、営業トーク炸裂してたもん」

「誰がぁ」

「私」

「仕事してたのかぁ」

「そうそう、仕事仕事。明日も仕事ぉ」

「付き合ってみたら」

「・・・付き合う気はないよ」


 久子の言葉に幸枝が小さなため息を吐いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ