17. 出会いはショッピングセンター
「それは、恋ね!」
翌朝は、日曜日だと言うのに、三人とも早朝から顔を合わせていた。いつもどおり、アパートの玄関先で、立ち話だ。大家の幸枝は長いほうきを手に、いかにも綺麗に掃除していますというポーズを忘れない。
「恋だなんて・・・」
幸枝に言われて、ドキっとしながらも全面否定する久子だ。離婚したばかりだし、男性を好きになるはずなど無い程のダメージを受けているのだ。いくら優しい声でマグロに水を飲ませてくれたからといって、しかも、ちょっと気になるからといって、それが恋だと決め付けられるというのは心外だ。そんなに簡単に、男を信じることなどあるはずがないのだ。
「いいえ、恋よ!恋って言うのは理屈じゃないのよ。急に降ってくるのよ!」
断言している。
「私もそう思いますねぇ。久子さんのその話し方。恋だと思いますねぇ」
直子が雑巾片手に、階段の手すりを拭きながら言った。
「離婚したばかりよ。もう、男はこりごりなのよ。それなのに、好きになんてならないわ」
「でも、気になるんでしょ。なんなら、花屋の鷹波氏を調査してきてあげようか?調査網は持ってるからね」
と、同じショッピングセンターで働いている幸枝が、面白そうに言い出した。
「いいわよ。そのつもりなんてないんだから」
久子が顔を赤くして、否定する。その手には、やはり雑巾が握られている。毎週日曜日は、住人でアパートを掃除するというルールがあるのだ。しかし、こんな話をしていたのでは、いつになっても綺麗にはなりそうもない。
「それより幸枝こそ、昨日はずいぶんと遅かったんじゃないの?」
何とか、矛先を変えようと、久子が切り返した。
「昨日?ああ、デートだもの」
「相変わらずですねぇ。新しい彼氏ですか?」
幸枝がびっくりして直子を見た。
「何で分かるの?何も言ってないのに」
「そりゃぁ、今までの幸枝さんと感じが違うから。大体、女は男が変わると雰囲気がかわるものですよね」
「でもそれって、女の方が本気になってないと、変わらないんじゃない?」
久子が首をひねる。こと幸枝に限って有り得ないからだ。いつも、人生をいかに楽しむか。どうやって、男性と遊ぶかを話していた幸枝だ。相手が本気になって幸枝を追いかけることがあっても、幸枝が本気になることなど有り得ないのだ。それなのに、今直子が言っていることが本当だとすると、幸枝が本気になっている相手が現れたことになる。
有り得ない。
「ちょっと!有り得ない、有り得ないって、人を化け物みたいに言わないでよ。私だって、これっていうのが現れれば変わるって!」
「と言うことは、コレってのが現れたということですね」
直子が目を細めて幸枝を見た。その目は、週刊誌のゴシップ記事を見つけたときに似て、ニンマリと笑っている。
「まぁねぇ」
幸枝がまんざらでもなさそうに、ニヤついている。久子にしてみると、どうも納得がいかない。
「だって、あんなに恋愛は楽しむものだって言っていたじゃない。男なんて、信用できないって・・・」
「そりゃぁ、そうねぇ。でも、自分が信じられる相手が出てきたんだから、いいことじゃない」
自分のことでありながら、なんとも客観的な意見を並べる幸枝だ。
「いつからですか?」
「ここ、一週間ってところね」
「一週間で、そこまで浮き足立つほど、信じられるの?直子の二の舞にならないでよ」
直子の二の舞とは、結婚詐欺の話しだ。
「大丈夫よ。私は、直子とは違いますからね。お金のことを言われたら、恋は終わりよ」
「その話しは、心に刺さるのでやめてもらえませんか?」
情けなさそうに、直子が言葉を挟んだ。
久子と幸枝が、思わず噴出した。
「で、どんな人なの?」
遊び人の幸枝が本気になる相手だ、興味が無いわけがない。
「幸枝さんの相手ですから、この間の紳士のように、いかしたルックスなんでしょうねぇ」
直子が夢を見るように、視線を宙に泳がせた。
「この間の紳士?・・・あ!昔の彼氏!」
久子も思い出したように叫んだ。確かに、チョイ悪親父でありながら、かなりの好印象だ。あれから『できることなら私が付き合いたい』と、直子が散々騒いでいたくらいだ。塾の講師としては、言って欲しくないコメントだ。
「あれは、見た目だけだよ。中身は適当なヤツなんだからね」
「じゃぁ、今度のはかなりいい感じなの?」
「そうねぇ・・・。まぁ、見た目は普通のおじさんよ」
直子と久子が有り得ないと、のけぞっている。
「でも、趣味も同じだし、私を理解しようと頑張ってくれてるのよね。その姿勢が嬉しいじゃない」
完全に、恋する恋子になっている。
「幸枝にしては、珍しいコメントだ」
「幸枝さんと付き合いだして、結構な年数経ちますけど、こんな少女のような言動は初めてです」
二人して、メチャクチャを言っている。
「だからねぇ。あんたたち、私を何だと思ってるわけよ」
幸枝が、現実に戻ってきたようで、しっかりと二人をにらみつけた。
「でも、一週間では分からないと思うんだけど」
「電撃的な出会いと言うのがあるのよ」
「その電撃的な出会いって、どこで出会ったわけ?」
基本的に出会いなんてものは、そうそうあるものではない。日常を普通に暮らしていたら、出会いそのものがないものだ。
「簡単よぉ」
幸枝が胸を張って見せた。
「無い胸張らなくていいから、白状しなさいよ」
「無いのはお互い様でしょ!」
直子が大笑いしている。唯一直子だけが巨乳なのだ。
「直子!巨乳は垂れるんだからね!」
幸枝が直子に一撃食らわしたところで、出会いの暴露だ。
「出会ったのはね、久子と同じ場所よ」
どうやら、職場恋愛だと言いたいようだ。しかし、久子にしてみれば、職場とショッピングセンターで出会ったのとはわけが違うような気がする。
「私は別に、まだ出会いとかってところまで発展はしてないわよ」
「好きなくせにぃ」
幸枝と直子に小突かれながら、ワイワイキャーキャー騒いでいる。それはまるで、女子高生が好きな男子のうわさ話をしているような姿だ。いくつになっても、恋は女性を乙女にするらしい。
結局、無理やり久子の出会いを本物にすべく、幸枝が調査すると言うことで話しがまとまった。
「今日は午後から出番だから、早速調べてきてあげるわよ」
どんなに久子が拒否しても、こうなったら膳は急げということで、直子も楽しみなようだ。
「今夜の酒の肴は、久子さんの彼と幸枝さんの彼で決まりですね」
「直子も、出会いがあるも知れないから、ショッピングセンターに足を向けるのね」
幸枝が直子に《出会いの場はショッピングセンターにあり》と吹き込こんでいる。おかしな展開だが、こうなると直子自身、もしかしたら、女神が微笑むかもと多少気持ちが動いたようだ。
おかしくも楽しい、日曜の朝となった。




