12. 納涼大会
「相変わらず暑いんだけど」
そう言いながら、久子が団扇で自分自身に風を送っている。
「そりゃぁ、残暑厳しいですからねぇ」
今夜は、幸枝の部屋で納涼大会だ。
「何が納涼大会だろうねぇ。毎日のように、飲んでるのに」
「暑さを忘れると言う点では、まさに納涼大会でしょう」
久子が幸枝の言葉に答えると、幸枝は確かにと頷きながら、冷えた発泡酒のプルタブを開けた。
「これを止められたら、もう少し生活にゆとりがでるかしらね」
久子が缶を眺めながらぼやいている。毎晩のように、飲んでいることで生活を圧迫している。それは分かるが、やはり止められないのだ。
「いいんじゃないの。旦那が稼いだお金で飲んでるわけじゃなし。自分が働いたお金なんだからさ」
幸枝がしたり顔で言う。確かにその通りだ。一生懸命に働いて、好きなことができないのでは、働く意味が無い。
「それにしても、九時過ぎてるね。直子はまだ帰らないのかなぁ」
久子が言うと、幸枝の顔が曇った。
「どうしたの?」
「う・・・ん、別に・・・なんでもないよ」
幸枝の脳裏に、この間駅で見た、直子とチンピラ風の男性の姿が浮かんだ。しかし、それがどうしたと言われたら、何も言えないのだ。二人が暗闇に入って行ったと言ったところで、大人の男女なのだから、誰に咎めだてされる必要も無いのだ。
(そうだよ・・・何を見たわけじゃなんだから、何も言えないじゃない)
幸枝が勢いよく、缶を空にした。
「最近さぁ、直子の様子、変だよね」
知ってか知らずか、久子が言い出した。
「変って・・・?」
「うん・・・。何か暗く沈んでたり、もの思いにふけったり・・・。子供のことなのかと思ったんだけど。子供たちは元気だし。どうしちゃったんだろうねぇ」
久子も漠然と、直子の心配をしているようだ。
(ここは、この間見たことを話しておいたほうが、後々良いのかもしれない)
幸枝は、笑われるのを覚悟で久子に話し出した。
「そういうことか・・・」
幸枝から話を聞くと、腕を組みながら目を閉じた。
「何か分かったの?」
久子がじっと目を閉じ、何かを考えている風だ。しばしの沈黙が続く。扇風機だけがうなりをあげて、首を左右に振っているのだ。
「・・・何にも分からん!」
結局、久子は何も分からないまま、目を開けた。
「何よ!勿体つけて、結局分からないんじゃない!」
確かにその通りだ。
「でもさぁ、ただ二人して暗闇でイチャコラしてただけかもよ」
久子が、『大人ですからね』としたり顔で言ってきた。
「そりゃ、大人ですけどね。たださぁ、あの直子がチンピラと一緒ってのが、納得いかないのよね。あの直子がよ!」
冷奴をつつきながら、幸枝が感情をあらわにした。
「そうだけど。どんなのを好きになるかは、その人の勝手だから」
久子は冷静に言い返した。
言い返しては見たものの、久子自身納得がいかないのは、幸枝と同じなのだ。
無言のまま、新しい缶のプルタブを押し上げた。
その時、ドアがノックされ返事を待つのももどかしいように、直子がドアを開けて入ってきた。
幸枝と久子はドキッとしながらも、平常心を保とうと頑張った。
「お帰り、子供たちは?」
久子が口火を切った。
「テレビを見てたわよ。扇風機をガンガンにつけてたから、窓辺において首振りにしてきたわ。何度言っても、分から
ないのよね。強風で一箇所に当ててたら、逆に暑いのに」
直子が、本当にバカなんだからと言いながら、発泡酒を手にした。
しばし、世間話で盛り上る。
「そういえば、幸枝さんの元カレはどうしたんですか」
気にし過ぎなのだろうが、やけに直子の話のもって行き方が、ぎこちない。
「あれから、連絡は来たけど、お断りよぉ。息子の結婚相手の親よ。焼けぼっくりも、さすがに引火しないわね」
「お金持ちだし、いい男なのに、もったいないですねぇ。私なら、今すぐにでも付き合いたいくらいですよ」
「紹介しましょうか?」
幸枝が軽い気持ちで直子に言うと、
「ぜひ、紹介してください!」
と瞳を大きく見開いて、幸枝に詰め寄ってきた。
どんな状態でも、男を紹介してくれなどと決して言わなかっただけに、幸枝も久子も内心大きな驚きだった。
「パトロンでも、何でも構いません。割り切りでもいいんです。お願いしますから、紹介してくださいよ・・・」
笑いながら言っているように見えて、目が真剣だ。幸枝と久子は、直子の冗談に隠された真剣な眼差しに、ただ事ではないものを感じていた。
「どうしたの?・・・直子、何かあったの?」
幸枝が、直子をじっと見据えて言った。
「直子、おかしいよ」
久子もまた、直子をじっと見ていった。
直子だけが、冗談そうに、口元をゆがめていた。
「おかしいって、何もおかしくなんて無いですよ」
そうは言ったが、久子と幸枝の真剣な顔が、じっと直子に向けられているのだ。その顔は、友達のことが心配で仕方がないと書かれている。
直子は、隠し通せなくなり、とうとう口を開いた。
「ごめん・・・実はね・・・」
それは、決して直子になど起こりえないような事実だった。




