5話 故意―恋?
Side:ロッド
クロスのわき腹を、奴の短剣が貫いていた。
(は……?嘘だろ、アイツが負けた……!?)
ロッドの目線の先で、クロスがゆっくりと倒れていく。『金色の孤児』とかいう、あの少年が、慌てたようにその体を支えた。彼自身も、まさか本当に剣が貫くができるとは、思ってもみなかったに違いない。勝つにしても、急所に寸止めすることを考えていたはずだ。
(あのクロスと対等にやりあうだけじゃなくて、あんな重傷まで……いや待て、クロスも何かおかしかったよな……?)
そう、あのときのクロスの行動には、違和感があった。
あの2人の応酬をまともに目で追うことができた者は、少なかったはずだ。特に集まっているのは新入生ばかりなので、よくわからないが、彼らが自分たちとは次元が違うレベルで、命のやり取りをしていると感じたぐらいだろう。
だが、ロッドには、彼らが何をしているのかわかった。Sクラス生とはいえ、新入生の腕ではなかったことも。
そして、クロスが、その剣の動きを読みながらも、回避行動をしなかったことも。
(アイツは、一体何を――?)
一瞬、フォードから聞いた話が頭をよぎり、ロッドは慌てて思考を打ち消した。
(こんな場合じゃねえっての!!)
ロッドは騒然としている会場をみやり、すり鉢の底になっているフィールドと、自分の位置の距離をはかり。
(――よし、いける!)
ロッドは目の前の柵に足をかけると、“跳んだ”。
文字どおり、その体が高く跳躍する。数百人の観客を飛び越え、ロッドは軽やかに、クロスたちの隣へと降り立った。数多くの冒険者、そして自身が隊長を務める学園騎士団員から恐れられる「赤牙」が有する身体能力は、常人のものではなかった。
会長が倒れたことで騒然としていた会場は、上から降ってきた赤髪の青年に、さらに騒がしくなっている。が、ロッドはそんなことなど気にもとめない。
どうやら、クロスを殺そうとしている新入生も、それは同じのようだった。
「んー……あ、お前、ちょっと手を貸せよ」
(なぜに命令形?)
一瞬イラっとしたロッドだったが、ユウが無造作に剣を引き抜こうとしているのを見て、慌てて駆け寄った。
「お、おい、待てよ!」
「待てって言われても、どんどんコイツが血が流してくからさ。ここで治療したほうが早いだろ?」
ユウはそう言うと、あっさり剣を引き抜いた。
当然のごとく――噴き出す鮮血。
(な……こんな、傷を……)
先ほどからじわじわと赤くなっていた地面もろとも、クロス、ユウ、ロッドまでもが、真っ赤に染まる。
目の前の少年はそれを無感動にみたまま、手だけを動かして、引き抜いた剣をロッドに投げてきた。慌ててそれを受け取る。
今までに何度も死にかけの目にあったロッドは、クロスほどの戦士が、こんな傷で命を落とすことはないと知ってはいる。それでも、認識と感情は違う。これだけの血が出れば、死んでしまうのではないかと恐ろしくなった。
クロスの微かなうめき声を聞いて、ロッドはほっと胸をなでおろした。
「くっ……お前、手加減というものを……」
「うるせえっての。治してやるんだから、ちょっと静かにしろよ」
(治す?)
それは、つまり――
『《治癒》』
クロスの傷の上にかざしたユウの手が、水色の光をまとうと、重傷だったはずの痕が、綺麗に消え去った。特性上、流れ出た血は戻らないが、傷跡さえ見当たらない。完璧な《治癒》である。
(コイツ……水系統なのか?いや、さっきの《対魔法用防壁》は明らかに風系統の魔法だ。2種系統ってことか、まさか……)
魔法には、5つの系統がある。
『深淵なる焔』―クロスが使った《炎竜》がこれに当たる。
『英知を秘めた水』―先ほどの《治癒》がこれだ。
『天駆ける風』―《対魔法用防壁》や、終の国の人々が使う《風切り羽》など、防御・攻撃の両面に特化している。
『雄大なる大地』―戦闘能力としては低いが、土地の開墾等、農に従事する者としては、なくてはならない系統。拘束なども、この系統に当てはまったりもする。
そして、他の4つの系統とは、全く違うのが、『真実の光』―他の4つがある種の物理を捻じ曲げるのと違い、光系統は、人間の心など、自然の力ではどうにもならないことを司る。「光」という名とは裏腹に、かなり黒い魔法なのだ。
ただ、得てして「自然の力ではどうにもならないこと」というのは、人間が頑張ればできることに等しい。
この5つの系統を、どんな人であっても全て基本的に使うことができる。だが、ある1つの系統に優れている場合があるのだ。もちろん、その他の系統も使えるのだが、自分の系統の魔法は、より強い力を発揮する。
クロスは系統を持っていないが、フォードは水系統、ロッドは焔系統である。この系統と髪が、ロッドの二つ名に由来している。ただ、大声ではいえないのだが、ロッドは焔系統でありながら、他の系統がほとんど使えない――そのため、学園騎士団の魔法の訓練は、フォードの担当なのである。
とにかく、だ。
無詠唱の《対魔法用防壁》が、あのクロスの攻撃を防ぎきるとは、普通ならば有り得ない。その上、相手はSクラスとはいえ、新入生だ。きっと、風系統で、《防壁》の類に優れているのだろうと思っていたのだが、《治癒》も常人のレベルでなかった。
2系統に属する、と考えられないこともないが、ユウは剣士だ。それなら、最初から魔法を使っているだろう。
考えるほどにわからなくなっていき、
(や、やめだ、やめ!難しいことはフォードとクロスが考えればいいんだ!てか、2系統に決まってるだろ!ああ、そうだ、そうに違いない!!)
ロッドは現実逃避をした。
「なあ……コイツ、どうして避けなかったんだと思う?」
そして、話しかけられた。
「あ、やっぱり避けなかったのか……何でってきかれても……」
お前が好きなんじゃないのか。そう答えようとして、危ないところで口をつぐんだ。そもそも、あれはフォードの妄想である。ロッドが思い出して悩むことでもないし、他人のユウに言うべきことでもない。
1番いいのは、クロスに尋ねることなのだろうが、肝心の彼は出血多量で気を失っている。ユウが使った《治癒》も起因しているだろう。安心と、治癒魔法をかけられたことによる、低度の疲労のためだ。
「そりゃあ、わかんねえよな……せっかく思い出したっていうのに……あ、そうだ」
1人でぶつぶつ言っていたユウが、ふとこちらに向き直った。その視線に、何か恐ろしさを感じる。
「コイツって、クロス・ウィラートだろ?」
「当たり前だろ?生徒会長だぞ!?」
「生徒会長……んー、そういえば、そんなこと聞いたかも……てか、知ってるならさっさと言えっての……オレ、すっかり忘れてたんだしさ」
再びクロスに目をむけ、独り言を言い出したユウの言葉に、妙なものをみつけて、ロッドは問いかけた。
「もしかしてお前、クロスの知り合いだったのか?」
「知り合いってか、一度会ったことがあるだけなんだけどさ」
「会ったことがある!?なんだよそれ、聞いてないぞ!?」
模擬戦闘を行うにあたり、そんな話はクロスから一言も聞いていなかった。これでも、クロスの側近を務めているつもりだ。どうしようもない怒りに、思わず声を荒げてしまった。
そんなロッドの怒鳴り声に、ユウはゆっくりと顔をこちらにむけた。
(――ッ!!)
怖いと、思った。先ほど感じた恐ろしさが何なのか、いやその実体はわからなかったが、その片鱗に触れてしまった。
ユウは相変わらず笑っている。いや、「笑顔」という表情を浮かべている。無邪気な少年の笑みだ。終始一貫している、変わらない笑み。
だけれど、その目は笑っていない。怒り、ではない。それならば、まだよかっただろう。その目には、何の感情も浮かんでいなかった。
その視線を受けると、背筋がぞっとした。
ロッドは、1000年を生きるドラゴンに、遭遇したことがある。クロスと2人だった。その時と似ている。戦士として、獣としての本能が、危険を訴えていた。
コイツハヤバイ。コイツハ危険ダ。コイツハオカシイ。逃ゲロ、戻レ、コイツニ関ワルナ――。
「……?どうした?」
でも、そのドラゴンと、ユウに感じる恐怖は違う。
ドラゴンに遭ったときは、獣ににらまれたように感じた。
だが、ユウからは、何も感じない。それが逆に怖い。まるで、刃を喉元に突きつけられたようだ。
目の前にいる少年は、殺戮を目的とした魔術、兵器、それらと同種だった。
思わず、ロッドの手が剣を握る。
けれど、幸か不幸か、彼がその剣を抜くことはできなかった。
「やめろよ」
その言葉に、動きがピタリと止まる。その上に、魔法が重ねられた。
『《円形の火事》』
ロッドの周囲――ユウと目線が交差している、その正面のみをのぞいて、彼は炎にとりかこまれていた。本来ならば、こんな使い方ではなく、集団を囲んだり、自身や仲間を囲って守ったりする魔法である。
規模が小さい――だが、その炎の勢いは激しく、まともに抜けようものなら、大火傷を負うだろう。そもそも、無詠唱で行使しようとするのが間違っている魔法である。
どうやら、先ほどの「2系統説」は撤廃しなければならないらしい。
炎の壁が途切れた、その先で、ユウはにっこりと笑った。先ほどとは違う、心からの笑みにみえる。
「ごめん、オレ無意識のうちに、血の臭いにあてられてたっぽい。殺気ふりまいてたよなー、あんたが反応するのも仕方ねえよ」
「あ……」
(さっきのが、殺気だって?あれが?)
反論したことはたくさんあったが、とにかく、この「生徒会長の側近までもがやられそう」な状況を何とかしなければならない。
『《消去》』
自分の属する系統の魔法を、無理矢理消す、特殊な魔法である。もちろん、相手の力量、魔力量にもよるし、あまり魔力のないロッドには、徒労に終わることが多い。
だが、今回はすんなりと消えてくれた。おそらく、ユウは抵抗しなかったからだろう。
「お前、属性があるんだ」
「赤牙……って知らねえか?」
答えを想像しながら、尋ねる。ユウは予想どおり、首を横にふった。
「だろうな」
「ま、どうせ、お前の二つ名だろ?それよりも、お前の名前は?」
いちいち偉そうにいう。そのくせ、命令している感じはまったく受けない。人当たりがいいというか、奇妙な少年である。
「ああ……ロッドだ。書記で、一応そいつの側近やってる」
それを聞いたユウは、にこ、と笑った。
「へえ、かっこいいな!」
その無垢な笑みが、クロスを硬直させたものと同一でなかったのは、ロッドにとって幸運としか言いようがない。その微笑みをみれば、見惚れてしまったに違いないのだから。
ただ、結局彼は、自分の主を殺しかけた少年が女だということに、気づかぬままだった。
こうして、ほぼ全てが想定外だった模擬戦闘は、幕を閉じた。
読んでくださってありがとうございます。