3話 鋒鋩―横暴
鋒鋩とは、「相手を追及する激しい気質・気性のたとえ」(Yahoo!辞書より引用)です。
まあ、はっきり言って、ただの言葉遊びです。深い意味はありません。
1・2話のタイトルも合わせて変えようかなと思っています。
Side:クロス
コンコン。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、1年Sクラス担任のデュースだった。ここは生徒会室といえども、生徒の部屋なのだから、教師である彼が、そんな丁寧な対応をする必要はないだろうに、とクロスは思う。
「どうしました、デュース先生」
いつもは臆病で、特にクロスを前にすると落ち着きがなくなる(フォードいわく「萎縮してる」らしいが、おそらく他の単語と聞き間違えたのだろう)彼が、嬉々とした表情をつくっている。非常にめずらしいことであった。
「ほら、クロス君。例の、Sクラスに入った特待生ですよ。模擬戦闘を、とても喜んでくれまして。非常に言い出しづらかったのですが――」
(模擬戦闘……?)
「……フォード」
デュースの話をさえぎり、クロスは、絶対零度の声で、隣にひかえる側近の名を呼んだ。
模擬戦闘などという話、聞いていない。おおかた、ロッドがやりたいなどと言い出したのだろうが、それを隠しておくフォードもフォードだ。
「えーとね、会長、怒ってる?いや別に、黙ってるつもりじゃなかったんだ。ほら、会長もこの前、模擬戦闘をすれば全校生徒にいいしめしがつく、とか言ってたじゃん?」
「そんなことを言った覚えはないが」
怒っているわけではなかったが、クロスはフォードの隠し事に、少々いらだちを覚えていた。
フォードが、クロスに報告を忘れるはずがない。はやい話が、彼は意図的にその情報を隠していたに違いないのだから。
フォードのことだから、クロスに悪意があってのことではないと思うものの。
「……それで、模擬戦闘は、いつやるんだ?いきなりやると言っても、人は集まらないと思うぞ」
どうやら話と違うらしい、と気づいたデュースが、こちらを困惑したようにみる。どうやら、そのお相手とやらは、随分と乗り気らしい。クロスとしては、面倒くさいこと甚だしいが、ロッドとフォードが中心になるのならば、許してやっても構わない、とは思った。
確かに、現生徒会の力を示すために、模擬戦闘は大きな役割を果たすだろう、というのは事実だからである。
「ほら、新入生歓迎会があるでしょ?あのときに、武闘会場を借りて、やろうかなと思っているんだけど」
「そうか、あそこを……」
武闘会場は、夏の全学年混合武闘会や、武闘科の生徒が授業で使用する場所である。模擬戦闘にしては広いが、ロッドが戦うのだと思えば、そう不自然はない。
頭は残念だが、「赤牙」の名は伊達ではない。
「黒帝」の異名(本人非公認)を持つクロスと、まともに戦えば、武闘会場は一週間ほど、機能停止になるだろう。
「まあ、いいか。準備はお前がやっておけよ」
「うん。ありがとー、クロス」
にこやかにフォードが礼を言う。その子供らしい言動からは、なかなか想像できないが、フォードの腹は真っ黒である。クロスの側についているからいいものの、生徒側に立たれて、デモでも何でも起こされたらたまらない。
そんなクロスの考えをフォードが聞いたとすれば、「そんな馬鹿なことする生徒は、この学園にはいないと思うけどね。いたとしたら、僕がそんな思い二度と抱けないように(精神的に)ぶちのめすし」と言うだろうけれど。
「え、えと……つまり、その、あるんですよね?模擬戦闘」
こんな会話をきけば、不安になるのも仕方ないだろう。デュースが見るからにおろおろしながら、確認する。
フォードに圧力をかけていたのとは全く別の、「生徒会長」の笑みを被ったクロスは、それににこやかに答えた。
「ええ、先生。こちらの連絡ミスのようで、申し訳ありません。模擬戦闘はやらせていただきますよ。生徒会のイメージアップにつながるといいですが」
「…………そうですねえ」
返答の遅さに、クロスは内心、首をかしげる。デュースの「これ以上、生徒会の信奉者を増やしてどうするんですか!?」という思いは、彼には伝わらない。
「で、用はそれだけですか?」
「あ、はい。それでは、失礼しますね」
まるで上司と部下のような会話だと気づいたのは、隣で聞いていたフォードだけだ。
彼がどうして笑いをこらえているのか、クロスには想像もつかなかった。
パタン、と静かな音をたてて、ドアが閉められた。
「……あ」
ふと、クロスは肝心なことを忘れていたのに気づいた。
聞こうにも、デュースはすでに退室している。
「どうしたの、会長?」
「フォード。それで、いったい誰と誰が模擬戦闘をするんだ?」
今更なクロスの問いかけに、フォードは何が嬉しいのか、ニコニコと答えた。
「そりゃあ、もちろん――会長と、例の噂の、ユウ君だよ」
Side:フォード
「そりゃあ、もちろん、会長と、例の噂の、ユウ君だよ」
そう言った途端、会長が固まった。それを見て、フォードはこぼれる笑みを隠すことができなかった。
(うわあ、凄いよ、会長が固まってる……これは、入学式の日よりひどいかも)
「……フォード?」
ゾクゾクするような低い声と共に、鋭い視線がフォードをにらみつけてきた。会長は、だいぶお怒りならしい。
(自分が戦うのが嫌なのか、それともユウ君のほうに意識がまわってるのか――会長がこういったことが嫌いなのを考慮すれば、前者だと考えるのが自然だけどね……)
フォードの敬愛する生徒会長は、戦うのは好きだが、練習試合などはまったくしない。いや、することはするのだ、ロッドたちとなら。つまり、弱い者と戦うと、一瞬で決着がつくために面白くないわけである。ロッドは、大勢を相手にすることで、それを解消しているらしが。
クロスは優しい。それこそ、性悪とののしられるフォードが、隣にいなければならないぐらいに。
だから、弱い者に「弱い」と言えない。相手に必要ならば、どれだけだって批判することができるのに、自分の我侭を口に出すことはできない。
(最悪だよ、この人は)
「フォード?こんなときに余所見なんて、随分と余裕だな?」
他のことを考えていると、クロスは冷ややかにみつめてきた。
だが、フォードだって、簡単に怒られるわけにはいかない。
(ま、しょうがないか)
フォードは「切り札」を出すことにした。一種の賭けでもあったが。
「ねえ、会長――そんなに嫌なら、やめてもいいと思うよ?」
ぴしり、と。
何かが割れる音がした。
「……か、かいちょ」
「いや、やる」
「今までの緊張は何だったんだ!」と叫びだしたくなるぐらいに、クロスが意見を180度転換させた。その潔さに、むしろ好感さえ覚える。
どうやら、クロスは例の「ユウ君」のことが気になるらしい。元気で明るい少年だと聞いたが、もしかしたら知り合いなのだろうか。
ここでのフォードの失敗をあげるとすれば、2つあるだろう。
1つは、「間違って」クロスの先手にまわってしまったこと。自分のためを思えば、嘘でも後手にまわっておくべきだったのである。
そして2つめは、先にまわったことによって、調子にのってしまったこと。自分の立場を考えれば、クロスをからかうなんて馬鹿なことは、すべきではなかったのに。
「ねえ、会長。そんなにやりたいんだ。もしかして、そのユウ君のことが、気にな―――」
「フォード」
今日三度目。
だが、今回フォードを呼んだその声は、にこやかな明るいもので、そのくせ、フォードに続きを言わせることをよしとしなかった。
「フォード、ロッドは学園騎士団のほうに、剣術の稽古に行ったと言っていたな」
クロスの妙に親しげな笑みに、フォードの背中を冷や汗が流れるが、それでも耐えて、笑みで応える。
「え?うん、そうだよ、書記の仕事をさぼるなんて、ロッドも不謹慎だって、会長も言っ――」
言ってたよね、と続けることはできなかった。
「学園騎士団はこの学校を守る大切な組織だ。それの稽古に自発的に行くなんて、ロッドも偉いな」
「え、ちょ、会長、言ってることがちが――」
「そういえばフォードは、学園魔術団の団長をしていたな。学園騎士団の魔法の顧問も、お前の担当だったか。だが、最近行っていないそうじゃないか」
「それはだって、書記の仕事があって――」
「行っていないんだな?」
にこやかな笑み。だが、言葉を繰り返す声が笑っていない。
(最悪だ、いくら策士だなんだと言われたって、こんな策も何もありはしない脅しに、敵うわけないじゃないか……ッ!)
「はい、行ってません」
フォードは正直に告白した。言わされた感は否めないが。
「では、行かなければならないな。よし、今から行ってこい」
「今から……!?」
悲痛な声をあげるフォードに、クロスは最終宣告を告げた。
「ああ。それから、書記の仕事は、練習が終了してから、きちんと終わらせておくように。どうだったか、学園魔術団の練習は、5時ごろまでだったな。それまで、きっちり監督してやれよ。
おい、そんな顔をするな、フォード。安心しろ、俺だって鬼じゃない。定刻通りではないくていいから、明日にはそろえて提出しろよ」
(鬼だ)
フォードは心の中で断言した。
ロッドが、事務仕事はからっきし駄目な分、フォードの仕事は、本来の2倍近くある。それは、ほんの数時間で終わるような量ではない。つまり、徹夜しろと言っているのだ、クロスは。
三時までかかって、終わるだろうか。
(やっぱり、会長はこれっぽっちも優しくない!)
先ほどの考えを全否定したフォードであった。
Side:ロッド
「おい、大丈夫か、フォード……?」
俺がそう声をかけると、フォードは今にも死にそうな目でこちらを見た。
「……ねえロッド……この僕の状態が、大丈夫に見えるのかな……?」
(いや、大丈夫なわけないか。魔術団員相手に、八つ当たりのように、滅茶苦茶に魔法を放ってたし)
「なあおい、一体何があったんだ……?」
ロッドの問いかけに、フォードは、ぽつりと。
「……ロッドのせいだ」
「は?」
(何が俺のせいなんだ?)
ロッドが書記の仕事をさぼって学園騎士団の練習に行っていたために、フォードはなぜしないのかと叱られたのだが――はっきりいうと、クロスのこじつけである。
フォードがそれをわかっていないはずがないので、この糾弾も、八つ当たりに他ならない。
そのことに、ロッドは薄々気づいていたため、フォードの呟きはスルーすることに決めた。
「そういえば、クロスはずいぶんと機嫌がよかったぞ。俺が書記の仕事さぼったのも、あんま怒らなかったし――」
「クロス……そうか、会長、機嫌がよかったんだ……ぜんぶ僕のおかげだっていうのに、どうして僕が……」
虚ろな目で、フォードが呟く。
「なんだ、会長に搾られたのか?」
そうロッドが尋ねると、フォードは冷たい笑みを浮かべた。ぞくりと、ロッドの背中に冷たいものがはしる。
(なんでクロスもフォードも、こんな風に笑うことができるんだ?)
いい意味で、戦うことしか能がないロッドは、相手を脅かすためなら、剣を振りかざしたほうが早い、という考えである。
「さあね……ねえロッド、ちょっと世間話に付き合ってくれない?」
ああ、と答える間もなく、フォードが続ける。コイツは本当に会話する気があるのかと、ロッドは疑ってしまった。
(いや、ないに違いないな)
フォードも目は、いたずらする少年のように、キラキラ光っている。どうせ、ろくでもないことを考えているのだろう。
「あのねえロッド、あの噂、知ってる?」
「噂って……通称『金色の孤児』だろ?あれなら、前も話してたじゃねえか」
「違うよ、あれじゃなくって。よくあるでしょ?会長が、男好きっていう噂。おろかにも、僕がその相手だって言う奴もいるけどねえ」
ロッドは耳を疑った。
茶色の髪と青色の目、直接聞いたことはないが、下級貴族の血が入っているらしい彼は、女性なら誰しも、うっとりとするような美貌を持つ。その無邪気な笑顔や身長から、年上のお姉様たちに甘やかされている、という話は、何度も聞いている。
そんな彼とクロスが恋仲――確かに、フォードはともかく、クロスは浮ついた話を全く聞かないため、事情を知らぬ者なら、考えなくもないかもしれないが、ぞっとしない話だ。ロッドがその中に入っていないだけマシだが、心底やめてほしいと思う。
クロスもフォードも、そう感じているものだと思っていた。
なのに、どうだろう。彼は今、目の前で、その噂を面白いという風に語っている。
「お前、熱でもあるのか?そりゃあ、徹夜でもすれば、疲れるだろうけどよ……」
「やめてよ、そういうのじゃないよ。僕だって辟易してるんだからさ。ただね、会長がその気だっていうのは、本当かもしれない」
「は!?」
ロッドは、呆然として、目の前の飄々としている少年を見やる。
「だって、あれは明らかに恋煩いだったんだよ!会長が誰にもなびかないのは、すでに想い人がいるからだと思っていたけど――まさか、例の『金色の孤児』に惚れてるなんて、思いもしなかったよ」
「な……『金色の孤児』!?」
「そう。会長が随分と気になってるみたいだから、そいつと模擬試合を組んであげたんだよ。そしたら、案の定有頂天になってるんでしょ?本当、誰のおかげだと思ってるんだか」
フォードはあからさまにため息をつく。つきたいのは、ロッドのほうだというのに。
クロスに想い人がいる。
恋愛になど興味がないと思っていた彼の、予想外の一面に、ロッドは驚愕していた。
だが、ふと、あることに気づく。
「待てよ……噂じゃあ、そいつ、クロスやお前にもおとらない美少年だって」
「だから、言ったでしょ?クロスはマジで男色かもしれない、って」
呆れたようにフォードが言うが、ロッドの耳には、まともに入っていなかった。
クロスが男色。その言葉が、ぐるぐると頭の中をめぐる。
他の生徒のように、彼が完璧な生徒会長だと思って、崇めているわけではなかったのだが、これはひどかった。
見兼ねたように、フォードがこっそりと付け足す。
「あー、まあ、恋煩いだって、僕が思っただけなんだけど」
「何ッ!?それをはやく言え、馬鹿ッ!!」
フォードの「付け足し」にロッドは憤慨し、同時にほっと息をつく。
クロスが男好きなんていう馬鹿な冗談は、やめてほしかった。
安心したためだろうか。
それとも、これ以上聞きたくなかったためだろうか。
フォードの最後の呟きは、クロスの耳には入っていなかった。
「でも、恋煩いにしかみえなかったんだよねえ……あんなに嬉しそうにしながら、あんなに寂しそうだなんて、片恋にしかみえないよ」
今回で、既に模擬戦闘をやっているはずなのですが……あれ。
じ、次回はちゃんと、再会を果たしてもらいます!