one ~ひとつ~ 社員
お疲れの方へ
僕は泣いていた。
子供の頃の僕は負けず嫌いで、いつも泣くまでケンカをしていた。
「自分が悪くないなら、謝る必要なんかないさ」
親父の一言。
それだけが強く印象に残っている。
「違う! こうじゃないだろう!」
今日も課長に怒鳴られた。
すみません、と謝るしかない日々が続いている。
取引先に気を使ったつもりなのに。それでも僕が悪いのかな。
謝ってばかりだ。
いつもいつも。
「悪い大人なのかなぁ」
ふと呟いてみた。
「そうですかねえ」
笑顔を向けられた。営業部の同僚の子だ。
「私は、ひとつのことを頑張れる人に、悪い人はいないと思いますけど」
エレベーターの中。
彼女の言葉だけがやけに響く。
休憩所に課長の姿を見た。
自動販売機の前のベンチで、部長と向かい合っている。
「しかし、君の部下のミスなのだろう?」
気難しい顔の部長が言う。
いえ、と課長は返した。
「自分の監督責任ですから」
彼の表情は、とても穏やかだった。
「おつかれ」
残業中。
言葉と共に、課長がデスクに缶コーヒーを置いてくれたことを思い出した。
その一言がとても嬉しくて。
僕はそれだけで頑張ろうと思えた。
ひとつのことを頑張る……。
「やるか」
ひとつ背伸びをして、今日も缶コーヒーをあおる。