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典型的なドアマットヒロインが溺愛される話

作者: のぞ
掲載日:2026/08/10

2作目の投稿になります。

1作目はまだ連載途中で、救いが一切無い胸糞ダークストーリーなので、全く違うジャンルのお話を書いてみたいと思い筆を取りました。

もし少しでも良いなと思われましたら、低くても良いので評価やレビュー、誤字脱字報告など頂けましたら幸いです。

「リリー!こんな所にいたんだね!探したよ!!!」


聞き慣れない男の声に、リリアンヌは思わず足を止めた。


王都の裏通り、古びた本屋の軒先で、彼女は安価な古本を物色していたところだった。振り返ると、黒髪に燃えるような赤い瞳を持つ青年が、人混みを掻き分けてこちらへ歩いてくる。


容姿は整いすぎるほど整っていて、見るからに高位の貴族——いや、それ以上の何か——を感じさせる佇まいだった。


リリアンヌは眉をひそめた。この男に見覚えは一切ない。リリアンヌのことを唯一「リリー」と呼んで慈しんでくれていた母は、とうに亡くなっている。


「あぁ、僕のリリー。……やっと、見つけた」


青年はそう言って、遠慮なく彼女の両腕を掴んだ。温かく、しかし力が強すぎる手。リリアンヌは慌てて身を引こうとしたが、逃げれば後で何をされるか分からない。高位貴族に逆らうことの危険を、彼女は知っていた。


「……失礼ですが、どちら様でしょうか」


丁寧に、しかし距離を置いた声で尋ねる。青年はまるで理解できない、という顔をした。


「僕だよ、僕!エドだよ!覚えてないの?」


エド。その名前に、リリアンヌの記憶がわずかに揺れた。黒い毛並みに赤い瞳をした、珍しい子犬。


まだ母が生きていた幼い頃、雨の中で震えていたところを保護し、しばらく家で世話をしたことがある。だが、人間の「エド」など、知り合いにはいない。


「エド……という名の犬なら、一時期、家で保護していました。でも、人間のエドさんには、お知り合いがございません。それに……高位の方が、私のような者に声をかけてくださるなど、初めてでして」


「そうだよ!そのエドが僕なの!覚えててくれたんだ……嬉しいな」


青年——エドと名乗る男は、人目も憚らずに彼女を抱きしめた。嫁入り前の身である。リリアンヌは慌てて「失礼ながら」とやんわりと引き剥がそうとしたが、彼の腕は容易に離れない。胸に顔を埋められ、息が詰まりそうになる。


この国に獣人など存在しない。なのに、黒い毛並みと赤い目。面影が確かに重なる気がして、リリアンヌの頭は混乱した。


「……そうだった。人間には、魂の色は見えないんだったね」


エドはようやく腕を緩め、彼女の目を覗き込むように言った。声が少し落ちる。


「僕は悪魔だから、獣の姿になったり、魂の色を見たりできるんだ」


「悪魔……?」


その瞬間、リリアンヌの顔色が真っ青に変わった。悪魔。暴虐の限りを尽くし、同族同士でも奪い合い、喰らい合う存在。この国の教会が何より目の敵にしている者たちだ。

外で立ち話をしているだけで、周囲の人間に聞かれたらどうなるか——。


「それが……なぜ、人間の街へ……?」


声が震える。エドは彼女の怯えに気づいたのか、急に表情を和らげた。


「君を迎えに来たんだ。ずっとこの日を待っていたんだ!」


リリアンヌはそれ以上言葉を交わすのをやめ、先程までいた店の前に待たせていた馬車へと彼を急かした。


二人で乗り込むと、彼女は御者に「タウンハウスへ」と命じ、窓を固く閉ざした。


馬車が揺れながら王都の外れへ向かう間、エドはじっと彼女の横顔を見つめていた。やがて、静かに口を開く。


「君が助けてくれたあの子犬は、僕だった。魔界から、お忍びで修行に来ていた獣形態でね」


「……お忍び、ですか」


「ああ。魔界では、成人するまで人間界へ降りることを固く禁じられている。特に、僕のような血を引く者は」


エドは窓の外を一瞬見てから、視線を戻した。


「僕の母は魔王の姉妹の一人だ。つまり、僕は魔王の甥にあたる。王位継承権こそないが、血の力は強い。幼い頃の僕は、その力を制御できず、感情の起伏で暴走しやすかった。だから、父は僕を獣の姿に固定して、人間界の片隅に置き去りにしたんだ。『力を抑えきれないなら、弱者として生きてみろ』と」


リリアンヌは黙って聞いた。雨の中で震えていたあの子犬が、そんな出自だったとは。


「放置されて、死ぬか、生き延びるかは運次第だった。運よく、君に拾われた。君は僕を『エド』と名づけて、雨の夜も、腹を空かせた時も、病気で熱を出した時も、側にいてくれた。初めて、誰かに必要とされていると感じた」


声がわずかに掠れる。


「……その後、魔界の者に見つかって連れ戻された。父は激怒した。『人間に馴れ合った』と。それから何年も、僕は魔界の奥で厳重に監視され、力の制御を叩き込まれた。それから今までずっと君のことが頭から離れなかった。魂の色を覚えていたから、どこにいても、君の気配を探していた」


「それでも、すぐにはこられなかったの?」


「規則だ。魔族が正式に人間界へ降りられるのは、十八歳の成人を迎えてから。しかも、許可が必要になる。僕は毎日のように父に懇願した。『あの子のところへ行きたい』と。父は『人間の命など短い。忘れろ』と言い続けた。でも、僕は忘れなかった。君がまだ生きていることだけを、確認し続けた」


エドは小首を傾げ、リリアンヌを見た。


「ようやく許可が下りた。今日、この日のために、十年近く待ったんだ」


リリアンヌは答えられなかった。頭の中は混乱でいっぱいだった。信じられない。けれど、否定する言葉も出てこない。


家に着くと、彼女は屋根裏の狭い自室に彼を案内した。母が亡くなってすぐに父が再婚し、義母と義妹によって部屋を奪われ、使用人以下の扱いを受けている日々。


メイドがする仕事のほとんどを、リリアンヌ一人でまかなっている。男爵家といえど、義母と義妹の散財で家計は火の車だ。 エドは部屋の隅々まで見渡し、静かに息を吐いた。


「……もっと早く、迎えに来れていたら」


後悔の声だった。低く、抑えきれない熱を含んで。階段の下がにわかに騒がしくなり、父と義母、義妹がドカドカと部屋に入り込んできたのは、そんな時だった。


「リリアンヌ!お前、また街へ古本なんぞ買いに行っていたそうだな!そんな金と時間があるなら働け!!誰が育ててやったと思っている!!!」


「そうよお義姉様!私が次の刺繍会に持っていくハンカチはもう出来ているの!?」


「あなた、セシリア。ちょっと待って」


父がいつものようにリリアンヌを折檻しようとしたところを、義母が暗い屋根裏にいるもう一人の人物に気づき、慌てて止めた。


「お見苦しいところをお見せしました。……まさか、高位貴族の方が、こんな所にいらっしゃるとは」


「おい、リリアンヌ! なんでこんな汚い部屋にこの方を案内したのだ! さっさと応接室で紅茶を飲めるように整えるんだ!」


「……申し訳ありませんでした。すぐに整えて参ります」


家族のリリアンヌへの態度に、エドは深く顔を顰めた。だが三人はそれを、訪ねてきた自分をもてなすわけでもなく屋根裏部屋に連れ込まれたせいだとばかり思い込んでいた。


応接間に場所を移し、紅茶を入れるとすぐに、リリアンヌは屋根裏部屋で謹慎していろと言い付けられた。


高位貴族を自分の寝室に連れ込むなんて、どれだけ淫乱なのか——義母は見えないところでこっそりと、リリアンヌの頬を叩いた。


「私は、リリアンヌ嬢と話しに来たのだが」


「まぁ。でも、あの子は自分の部屋に男性を連れ込むような娘でしてよ。夜な夜な、裏通りで拾ってきた男を屋根裏に上げているんです。先日も、使用人に見つかって大騒ぎになりましてね」


義母は優雅に紅茶をかき混ぜながら、さも困り果てたように眉を寄せ、真っ赤な嘘を述べた。


「それだけならまだしも、亡き先妻の形見の宝石や銀食器を勝手に持ち出しては、街の質屋に売り飛ばしているのです。家計が苦しいのも、半分はあの子のせいと言っても過言ではありません。おまけに、来客の財布から金を抜いたことも一度や二度ではないんですよ」


「その点で言うと、妹のセシリアは無邪気で天真爛漫で……セシリアの方が、お気に召されると思いますわ」


「ところで、遅くなりましたが、どちらのご子息様でしょうか?お恥ずかしい話でございますが、小さな田舎貴族のため、あまり高位の貴族の方と接する機会が少なく……」


「私は隣国のウィンザー公爵家の者だ。隣国の貴族まで把握するのは難しいであろう」


「公爵様でございましたか!? それは……娘が、大変なご迷惑をおかけしました。リリアンヌとは、どのような知り合いで?」


「以前この国で、困っていた時に助けてもらったんだ」


そこへ義妹のセシリアが入ってきた。


「お初にお目にかかります。セシリアと申します。……この度は、義姉がご迷惑をおかけしたとか」


「あやつは家の仕事もほとんどせず、公爵様をベッドのある自室へと引き込むような、貞操観念の緩い娘でしてね。我々も頭を抱えているのですよ。先日など、使用人に『また男を連れ込んだのか』と噂される始末で」


真っ赤な嘘である。屋根裏部屋に彼を連れ込んだのは、悪魔という話が広まらないためにしたことだったし、家計が苦しくてメイドを解雇していく中、家の中の雑務のほとんどを一人で担い、最近では父の公務まで半分近く任せられていた。母の形見など、セシリアに奪われて壊されたものばかりだ。


セシリアは目の前の見目麗しい公爵をどうにかして自分のものにしたいと思っていた。

あの老婆のようなリリアンヌに着いてくるくらいだ、自分の魅力の方が数倍は上だろうという傲慢な考えが透けて見えるようだった。


「公爵様ぁ、お義姉様ったら、いつも酷いんですのよ。私のことを目の敵にして、少し物を借りようとするだけでものすごい剣幕で怒鳴り散らすんですぅ。『返せ』って……あんなに乱暴に掴んで、怖くて」


これも嘘である。セシリアはいつも、亡き母の遺品や思い出の品を無理やりリリアンヌから奪っては、壊すかどこかに無くしてしまう。


貸したくないと言えば、セシリアは両親に泣きながら「お義姉様がいじわるするの!」と言うので、折檻の上でご飯を三日抜きにされることなど、よくあることだった。


エドは紅茶のカップを静かに置いた。

指先に、微かな魔力が宿る。三人の顔をゆっくりと見回し、赤い瞳に冷たい光が灯った。


「……なるほど」


低い声だった。応接間の空気が一気に張り詰める。父も義母もセシリアも、その声音の変化に気づかず、ただ「公爵様」の機嫌を取ろうと微笑みを浮かべ続けていた。


「君たちは、彼女をそんなに惨めに扱ってきたのか」


エドは立ち上がった。黒い外套の裾が床を撫でる。魔力の波が、まるで見えない鎖のように三人の足元へ伸びていく。


「眠るたびに、死ぬほど辛い夢を見るがいい。終わりのない悪夢を。君たちが彼女に与えた苦痛の、数百倍を」


父が「何を……」と口を開きかけた瞬間、呪いが完成した。三人の瞳が一瞬、濁った。彼らは何も気づかぬまま、ただ「公爵様のお気に召さなかったのか」と狼狽するばかりだった。


エドは立ち上がるとドアを開け、屋根裏へ向かう階段を一気に駆け上がる。リリアンヌが座っていた粗末な椅子のそばに跪き、彼女の手を取った。


「行こう。ここには、もう何も残っていない」


「でも……」


「君を、魔界の僕の城へ連れて帰る。二度と、この連中の手の届かない場所へ」


リリアンヌは迷う暇も与えられぬまま、彼の腕に抱えられた。空間が歪み、黒い霧が二人を包む。次の瞬間、彼らはもう男爵家の屋根裏にはいなかった。


魔界の空は、赤黒い霞に覆われていた。

エドの居城は、黒い石を積み上げた巨大な城だった。門をくぐると、眷属たちが整列して出迎える。角を持つ者、翼を持つ者、人の姿をした者——だが、その誰一人として、人間であるリリアンヌを見下す者はいなかった。


「お帰りなさいませ、若。そして、お迎えになられたお方」


最上位の眷属が深々と頭を下げる。他の者たちも一斉にそれに倣った。視線に宿るのは、敬意と、若が十年近く想い続けた人間への、静かな歓迎だけだった。


「ここが、君の新しい家だ」


エドは彼女の手を握ったまま、長い廊下を歩いた。暖炉の火は常に穏やかに揺れ、空気は温かい。


王侯貴族が使うような、客間と寝室、衣装室に大きな浴場までついた大きくて豪勢な部屋を与えられたリリアンヌは、最初こそ「私のような者が」と縮こまっていたが、眷属たちは彼女の世話を嫌がらず、むしろ丁寧に助けた。


食事を運ぶ者、衣服を整える者、庭を案内する者——誰もが「若の大切な方」として扱った。

日々が重なるにつれ、リリアンヌの肩の力が少しずつ抜けていった。


毎日栄養たっぷりで消化に良い食事を与えられ、毎晩湯船で丁寧に爪の先まで磨かれ、髪を手入れされ、極上のマッサージを受け続けるうちに、まだまだ折れそうな程に細いけれども、リリアンヌは見違えるように美しくなっていた。


ろくに手入れも出来ずにボサボサで老婆のようだった銀髪は極上のシルクのようにつやつやと輝き、折檻されて出来た傷は魔界の薬湯によってもとの滑らかさを取り戻し、蓄積した疲労と栄養不足で常に青白くやつれていた顔も色を取り戻し、まるで全くの別人のようだ。


誰にも怒鳴られない朝。誰にも「働け」と命じられない昼。夜は、エドが隣で本を読んでくれる。彼は彼女の髪を優しく梳かし、「君はここにいていいんだ」と繰り返した。


ある夜、暖炉の火が静かに揺れる寝室で、エドが突然、彼女の手を両手で包み込んだ。


「リリー。……少し、話がある」


「……なに?」


「『エド』という名前は、君が僕につけてくれた大切な呼び名だ。でも、僕には本当の名前がある」


リリアンヌは少し驚いた顔で彼を見た。


「本名は、ウィルフレッド。魔界ではそう呼ばれている。だから……君にも、ウィルって呼んでほしい」


彼の声はいつもより少しだけ熱を帯びていた。


「エドのままでもいい。でも、君にだけは、本当の僕を知っていてほしいんだ」


リリアンヌはしばらく彼の顔を見つめてから、静かに頷いた。


「……わかったわ。ウィル」


その一言に、彼の赤い瞳が柔らかく細められた。


「……ありがとう。僕のリリー」


その日から、彼女は彼を「ウィル」と呼ぶようになった。眷属たちの前では「ウィルフレッド様」と呼び、二人きりの時だけ「ウィル」と囁く。その声を聞くたび、彼は少年のように嬉しそうな顔をした。


「……私、ここにいていいの?」


ある夜、彼女が小さく尋ねると、ウィルは笑った。


「いいよ。ずっと、いてくれ」


その言葉が、失われかけていた自尊心を、少しずつ、少しずつ、取り戻させていく。


鏡にある自分の顔を見て、もう「価値のない娘」だとは思わなくなった。眷属たちが「お嬢様」と呼ぶ声に、最初は戸惑いながらも、やがて自然に返事ができるようになった。


そして、季節が二度巡った頃。


城の大広間で、二人の結婚式が挙げられた。

魔界の流儀に則った簡素ながら荘厳な式。赤黒い空の下、黒い花々が舞う中、ウィルは彼女の指に魔石の指輪を嵌めた。


「僕の、リリー」


「……ええ。私の、ウィル」


眷属たちの祝福の声が、城いっぱいに響いた。リリアンヌは、母を亡くしてから初めて心から笑った。もう、誰にも奪われない場所で。


婚礼の夜、二人だけになった寝室で、ウィルは彼女を抱き寄せたまま、長いこと黙っていた。


「……怖いんだ」


突然、低く呟いた。


「君は人間だ。僕は魔族だ。寿命が違う。いつか君が先にいなくなってしまう。それを考えるだけで、胸が張り裂けそうになる」


リリアンヌは彼の胸に額を寄せた。


「……でも、仕方ないことよ」


「いや。仕方なくなんかない」


彼は彼女の手を取り、自分の胸に当てた。


「僕の寿命の半分を、君に分け与える。これで、君も僕と同じくらい長く生きられる。一緒に、ずっと、この城でいられる」


「そんなこと、できるの……?」


「できる。僕の血を君に流し込めばいい。痛みはない。ただ、少し熱くなるだけだ」


彼は自分の指先に牙を立て、小さな傷をつけた。赤い血が滲む。それを彼女の唇にそっと触れさせた。


「飲んで」


リリアンヌは一瞬躊躇したが、彼の瞳に宿る強い想いを見て、静かに唇を開いた。


血は甘く、そして熱かった。体の芯からじわりと温かさが広がっていく。ウィルは彼女の背中を優しく撫でながら、額を寄せた。


「これで、もう君を失うことはない。僕の寿命の半分は、君のものだ。一緒に老いて、一緒に死のう」


リリアンヌの目に涙が浮かんだ。


「……ありがとう、ウィル」


一方、人間界の男爵家では、地獄が続いていた。

呪いの悪夢は、毎晩、三人を苛み続けた。


父は自分が蛆に食われる幻を、義母は鏡から這い出る無数の自分に首を絞められる幻を、セシリアは暗い地下室に何ヶ月も放置されて餓死する夢を。


眠れぬ夜が何ヶ月も続き、三人はみるみる憔悴した。昼間は常に不機嫌で、些細なことで怒鳴り合い、物を投げ、互いを責め合う日々。


使用人は全員辞めていき、屋敷は埃と沈黙と、三人の罵声だけが残る廃墟と化していった。


「全部、リリアンヌのせいだわ……!」


「お前が先に彼女を追い詰めたんだろう!」


「うるさい! どっちもどっちよ!」


そんなある日、魔界の城の一室で、ウィルがスープ更に水を張って持ってきた。


「見てみる?」


水鏡に映るのは、荒れ果てた男爵家の応接間だった。三人は互いの顔を掴み合い、血走った目で罵り合っている。影は濃く、肉は落ち、かつての優雅さなど微塵も残っていない。


リリアンヌはしばらく黙ってそれを見つめていた。やがて、静かに視線を逸らす。


「……もう、十分よ」


ウィルは水面を消し、彼女の肩に腕を回した。


「そうだね。もう、何も関係ない」


窓の外では、魔界の風が優しく吹いていた。赤黒い空の下、二人はただ、静かに寄り添っていた。 ここには、悪夢も、罵声も、誰かの犠牲になる日々もなかった。 ただ、愛と、温かな日常と、二人の未来だけがあった。

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