東北のおばゞ
〈冬に咲く花を散らせて冬の花 涙次〉
(前回參照。)
【ⅰ】
*「東日本超心理學研究所」・町木正實からの呼び出し。じろさん新幹線に乘り、仙台へ向かつた。町木「今度の総選挙、投票日が2月8日と云ふ事で、東北、特に津輕・秋田・山形の豪雪地方では不評なのです。何故この時期に- と云へば、髙市総理の支持率の髙い内に、事を濟ませてしまひたい、と云ふ身勝手な理由なものですから」-じろさん「さうですな。豪雪地帯の方々は投票、さぞ大變でせうな。ところで、それが何か不思議現象を引き起こしてゐるんですか?」-「秋田県横手市に、【魔】が出没し、身代はり投票を敢行する、と私どもを脅して參りましてね」-「はゝあ。事情が事情とは云へ法律に違叛してはならぬ、との心遣ひですかな?」-「左様」。
* 前シリーズ第169話參照。
【ⅱ】
町木、傍らに坐つてゐる男を、じろさんに紹介した。「我が『研究所』の* 母體企業、A建設の渉外担当重役・菰田氏です」-じろさん「あゝ、あの東北地方一帯のインフラ建設を一手に引き受けてゐると云ふ-」-菰田「さう云ふと私逹が髙市政権べつたりのやうに思へるでせうが、事實は違ふのです。談合に次ぐ談合で、安値入札を強要されてをりまして、下請け企業に迄おカネが回らない。東北は荒癈するばかりなのです」-じろさん「なる程、【魔】も出て來る譯ですな。現政府には怨嗟がある、と云ふ點では、一般の皆さんと一致してゐる-」。じろさん、單身横手市に乘り込んだ。
* 前シリーズ第183話參照。
【ⅲ】
横手、と云へば盆地で、豪雪の秋田にあつても、積雪が特に酷い事で知られる。じろさん、着てゐたダウンジャケットのフードを被り、茫然と町角に佇んでゐた。さて、【魔】とだうやつてコンタクトを取るか。だが、【魔】は向かうからやつて來た。「もうし、旅の人よ。あんたはカンテラ一味の此井先生ぢやな」。見れば、褞袍に蓑を着込み、藁の雪靴にかんじきを付けてゐる、「雪ん子」みたいな一人の老婆である。「さうだ。あんたが【魔】か?」-「-儂の事などだうでも良いわ。あんた髙市の使ひで來たのかえ?」-「違ふよ。我々は寧ろ現政権に叛對するものだ」-「なら良い。ちと儂の長廣舌に付き合つて貰はう」-
※※※※
〈さあらばよ、冬と云ひ捨て我が見るは相も變はらず冬ざれの土地 平手みき〉
【ⅳ】
老婆が云ふに、東北は邊境の地として大昔から政治権力に見捨てられてゐる。古くは上代、蝦夷として差別され、阿弖流爲と云ふ英傑を輩出したが、その乱も平定された。以來、(今では「あきたこまち」などのコメどころとして知られるが)土地柄に合はぬ米作りを強いられ(上納すべき特産品は他に澤山あるのに...)、冷害に依る飢饉の際には、子供を喰らふと云ふ悲慘を目の当たりにせねばならなかつた。明治維新では、山形の會津藩は最後まで幕府側に付き、ワリを食つた。それが白虎隊の悲劇を生む。とうに幕府は、薩長土肥退治を諦めてゐた- それもこれも情報傳逹の遅さ、東北の僻陬の地であるがゆゑの、が絡んでゐるのだらう。髙市自身は、南関東の生まれ育ちで、東北の豪雪の事など屁とも思つちやゐない。「中央」とはさう云ふものなのだ。東日本大震災の折りの、福島の原發事故だつて、當時の首相が立憲民主党の菅直人氏だつたからこそ、被害をだうにか最小限に食ひ止める事が出來た。あれが自民主導だつたらと思ふとぞつとする。
【ⅴ】
東北にはそんな怨念が渦卷いてゐる。それがこたびの「身代はり投票」に繋がつてゐるのだ- じろさん「お話は確かに承つた。だが、『身代はり投票』はあんた一人ぢや重荷だらう」-「このおばゞ、倖ひにも手下には惠まれてゐてな」-じろさん、こんな良心を持つた【魔】に出會ふのは、初めてだつた。ところが-
【ⅵ】
「さ、話を全部聴き終へたのなら、良い冥土の土産が出來たらう。此井さん、惡いがあんたには消えて貰ふ」-「な、何!?」-老婆は口からブリザードを吐き出し、じろさんを氷漬けにしやうとした。じろさん、いかん、と思ひつゝも(=話せば分かる、と思ひつゝも)、つひ掌底に依る打撃を繰り出してしまつた。老婆は仰向けに倒れた。使ひ魔逹が彼女を慌てゝ助け起こさうとしたが、老婆「いゝんぢや。儂の命數はこれ迄、長く生きたが、こんなところだらう。それよりも、お前逹、しつかり投票者に化けて、投票を濟ますんぢやぞ」。老婆は、降り頻る雪の中、息絶えた。
※※※※
〈境界を生きる僕らの二月かな 涙次〉
【ⅶ】
じろさん、「身代はり投票」の件は、放つて置いた。苦い思ひを引き摺りながら...「東北」の聲をしかと聴いた後では、もう深追ひする氣にもならなかつた。仙台に戻ると、町木と菰田には、正直に事の次第を打ち明けた。町木「さうですか... 殘念です」。菰田「折角ご足勞願つたのに、事件解決に至らなかつた、と云ふ事で、少額しかお渡し出來ませんが、これを-」。じろさん、その「少額」のカネでも、下請け企業に回せばいゝのに、と思ひながらも、それを押し頂いた。苦々しい記憶は、当分消せなさゝうだつた。お仕舞ひ。




