ブラックだって恋をします!
残酷な成績、厳しい上下関係、煩わしい人間関係、終わりなき残業…
そんなブラックな世界で小さく生まれる不器用や恋のお話しーーー
私の職場は口が悪い。
「林!!明日の資料出来てんのか!?」
パワハラだのセクハラだの世間では騒がれているが、営業職にはある種無縁のお話しで。
数が取れていないのに何言ってんだって世界。けれどそれは決して理不尽なわけではなく、『権利を主張するのであれば義務を果たせ』と至極真っ当な通念な訳であって。
その事を痛いほど認識してはいるけれど、弱き人間は理不尽を感じる訳で。
「何だよこの資料!!お前お客様舐めてんのか!?」
「……いえ、舐めてません……」
「じゃあお前がお客様としてだよ、この資料見てこの商品欲しいって思うの?」
「……あまり……」
「それが舐めてんだっつってんだろ!!!」
風通しの良いオフィス環境は怒号の反響も格別。皆パソコン画面に集中しているフリをしているが、私に刺さる視線はパソコンの数と一致している。
「申し訳ありません、すぐに作り変えます」
込み上げる嗚咽を飲み込み、声帯から何とか声を絞り出す。
「同じ奴が何回作り変えたって同じなんだよ。吉崎!」
上司はわざとらしい大きな溜息を吐くと、フロアの奥に向かって声を張り上げた。
「はい」
パソコンの影から顔を上げたのは、私の教育係である先輩。これから続くであろう台詞に私は先走った嗚咽を再び飲み込む。
「コイツ駄目だからよ、お前がやれ」
「……うっす」
上司に一礼し、私は資料を持って先輩のデスクへ向かった。
「……お手数おかけして申し訳ありません……お願いします」
当然、顔は上げられない。社会人にもなって、目に涙を溜めたこんな情け無い姿は見せられない。
「後でやるからそこ置いとけ」
資料を先輩のデスクに置き、一礼をして、私はフロアを後にした。
「……ムカつく、ムカつく、ムカつく!」
違う部署の女子トイレ。便座に腰掛け小声で唱える。
お客様に伝える為には、まず自分が使ってからと、自腹を切って決して安く無い商品を買って、使って、必死に作成した資料だったのだ。それなのに、あんなにコケにしなくても良いではないか。私は心の中で気が済むまで罵詈雑言を唱えた。
気持ちを切り替え、フロアに戻る。先輩があの仕事を引き受けてくれたのだから、自分は溜まっている次の仕事に取り掛かろう。これ以上先輩に迷惑はかけられない。
そう意気込んで座ったデスク、そこには赤字で添削された先程の資料が置かれていた。
『挙げるデメリットの数が多すぎる。メリットより少なくかけ』
『説明長げぇ。眠くなる』
用紙が真っ赤に染まるぐらいの添削に、再び目頭が熱くなる。
『頑張ったご褒美↑』
書かれた矢印の先には紙パックの苺みるく。弱った時の私の味方。先輩の方を向くけど、当然の様にパソコン画面しか見ていなくて。
けど、普段ブラックしか飲まない先輩のデスクに置かれたストローの刺さった苺みるくに、私は『馬鹿』とその日1番の悪口を唱えた。




