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夢創造人  作者: 深白
第六章 少年少女の幸せな夢は
14/17

最終話 夢を見るってこと

 任命式の前日。

 この二週間、たった三日で全ての資料を覚えきった人外こと、ハイドの熱心な教育によって私の頭は見違えるほどに良くなった、と信じたい。

 純白の絹のカソックを身につけるもの流石に慣れてきた。初めてこの衣装を前に差し出された時は私がこんな質の良い服を着てよいものなのかと困惑した。私の体のサイズに合わせて作られた体を包み込むような肌触りの装束に身を包むと、カソックの滑らかな質感を感じる。いつもの服は動きやすさを考えて薄い生地のロングスカートを着ているからか、内側に厚い布が使われているこの服は少し動きにくい。

 レザーでできているらしき靴も非常に硬く足にフィットしていないように感じる。足に馴染みやすいとハイドは言っていた筈なのになぁ。

 カソックのデザインはハイドの物とほとんど変わらないものの、どうしてだろうか。スタイルの良いハイドのほうがより神職に就く者らしく着こなしている気がする。癪だなぁ。


 私はそんな無駄なことを考えながら服の裾を軽く引っ張ってみたり、靴で音を鳴らしてみたり、幻影郭の図書館でハイドとアネモネと暇つぶしをしていた。

 この国の首都ヌクリルで任命式が行われると聞いていたが、前日まで幻影郭一行は出発する気配もなくただ儀式の衣装を着させられて練習がてら待機しているような状態だ。

 地図で見たところ、ヌクリルはほとんど大陸の横断をするほどの距離、歩けば少なくとも一年はかかるであろうくらいに離れている。馬車で行ったとしてもかかる時間はそこまで変わらないだろう。地図の読み方をハイドに教えてもらいながらおおよその距離を計算してみると腰を抜かしそうになった。


 こんなのいける訳ないじゃないかと、デファレに問いかけてみると、「核の使いの魔法が利用できる」とかなんとか。私たちが幻影郭にきた時に一度だけ見た瞬間移動が私たちも使えるということだろうか。

 そういう大事なことは前々から言っておいてほしい。まったく、デファレは前々から大事なことを言わないことが多いのだから。


「核の使いの魔法ってなんか、祈りの力に似てるよね。」

 

「うん…。力の気配もなんか…。」


 ハイドはまだ私たちが祈りの力についてかけらも知らない時期、核の使いに初めてあった時、何かしらの気配を感じていたのかもしれない。そう思わせるような口ぶりで語る。


「仮にもガーディアンがいる場で核の使いを探るような真似しないで。そういうの、ワタシに報告義務があるからいないところでやってほしいの。」


「へっ、怖っ。やめとこやめとこ…。」


 アネモネに真剣な顔で脅されたことで、大きな権力の裏の闇を想像し背筋に緊張が走る。夢創造人はそれ相応に高い身分である。自覚を持って発言しないと…。

 

「報告しなければいけないようなことは言わないよ。核は高貴な存在だ、その代理の身分に失礼なことは言えない。でも、ありがとうアネモネ。」

 

「別に、あなたたちが余計なことを言って知らないうちに消えられでもしたら困るから言っただけよ。」

 

「そっちの発言の方が核の使いに無礼では…?」

 

 自分の腕より長い袖に皺を付けない為にゆっくりとした身動きで机に肘をついたハイドが微笑みかけて礼を言うと、アネモネは顔に影を落として小さく呟いた。きっと、お礼を言われたのに照れたのだろう。

 表情にあまり感情が出ることがない機械人形、他にいるのかは知らないがアネモネは私たちによく笑いかける方だと思う。照れ顔すらも表情に出るようになってきたのなら私達の関わりが深い意味をなしたように思えて嬉しくなる。

 

「皆さん、核の使いがおいでになられましたよ。」


 シレネが扉を開けて入ってきた後ろには私たちが一度会ったっきりの核の使いベイアが立っている。

 相変わらず理解できていないのだが、最高峰の身分の者が何故、私達夢創造人なんかを迎えに来るのだろう。

 

「やあ、久しぶりだね。ハイド、ランジア、そしてアネモネ。その衣装、よく似合っているよ、悩んだ甲斐があった。」

 

「…、ベイア様がお選びくださったのですか?」 

 

「慣例では夢創造人の祈りの儀式の装束は黒いんだ。今回は、白いものにした。昔から、夢創造人の方々には白が似合うと思っていたからね。」


 黒、黒もかっこいいけれど私もやはり白の方が好きだ。愛しい弟の髪色でもあるし、祈りの力が白い光として見えることもありなんだかんだ関わりが深い。身近にある色の方が身に纏っていて落ち着くというのもある。

 

「身に余る光栄と存じます。」


 二人揃って言葉にする。大丈夫。学んだ言葉遣いを頭の中で紡ぐ。隣を見るとハイドは安心したようにこちらに一瞥を与えて図書館の扉を開けて待っているシレネについて扉を出た。

 作業場、待っている他の夢創造人たちが集まっている。事前に準備してあったトランクケースを引きずってその輪に入ると、ベイアは「行くぞ」と私たちに伝えた。急にあたりが白い光に包まれた、最近やっと自身の祈りの力を感じられるようになった私は白い光に意識を集中させては見たものの、祈りの力の気配はしない。やはり、魔法と祈りの力は別物なのだろう。

 私たちはこの魔法のおかげですぐにヌクリルへ着くことが出来る。しかしこんな遠い距離、核の使いが皆を送っているわけではなかろう。トラネスの統括者と呼ばれるルフレス家など、ヌクリルへ向かうのが物理的な距離で難しい人はどうやってヌクリルへきているのだろう。

 

「ランジア、難しい顔をしているな。遠方からの客人はどうやってヌクリルを訪れているのか気になるのか。それはな、私の部下の星望者たちが客人たちを迎えに行っているのだよ。」


 資料に記載されていた客人の総数は四百人以上、それを迎えに行っているとなると相当な労働量となる。身分の高いものであるとはいえ上司が脳筋だと大変なんだなと思った。

 どうして私の思考を読み取ることができたのかは怖いから深入りしないようにしておこう。

 白い光の空間が跡形もなく消滅するとそこは見たことのない街の景色である。

 街の中央部に行くにつれまるで山のように建物の立つ土地が高くなっていく。その中心には大きな柳の木が聳え立つ。まさに木の幹は街全体を支えている柱のように空を突き抜け、枝は空に向かって広がる大きな傘のように、悠然と広がり街の上部に枝垂れている。木の根元に建てられた大きな宮殿のような建物がある。おそらく任命式はそこで開催される。

 私たちが現れた場所はトラネスで言う中央区のようなものだろう、スケールが違いすぎる大きな市場の開かれた広場を興味津々に見渡す。

 なんだろう、私達の衣装のせいか、いや確信をもって言える。核の使いがこんな一般道を歩いているからだ、周囲の視線を感じる。不快感を示したような好奇の目ではなく、歓迎、喜悦、良い感情で迎えられている。だが大袈裟な祭りでもなく、微笑ましく見守られているような、この街の人々からの視線は温かいものであったが少し不思議な感覚があった。

カソックで動きにくくなった足がもつれそうになったのをアネモネに支えてもらい、しっかりと足に力を入れて倒れないように立つ。ハイドにトランクケースを持って貰い、慣れない靴でゆっくりと地面を踏み締めた。

 

「今日も明日も忙しくなるだろうからね。夜はリラックスするんだよ。」


 街の中央へ向かう道のりでベイアは今日のスケジュールを話してくれた。任命式の事前準備、宿へ行く方法、予定は数分単位に割り当てられていて、窮屈という言葉が相応しいほど。

 今日の私は自分のことに一杯一杯で落ち着いて人をよく見ることをしていなかった。だから二週間経って足の怪我はすでに治ってきているはずのハイドの歩き方が少しおかしいこと、朝からずっと考え事をしていることに気づくほどの心の余裕は存在していなかったのだと思う。

 いや、もしかしたら、ハイドが上手く隠していただけなのかもしれない。


     ***


 任命式の当日がやってきてしまった。

 私はアネモネに手伝って貰いながらカソックに腕を通す。昨日は朝街を歩く時のパフォーマンス用にきていただけであり、儀式の行われる建物について準備を始める際には動きやすいいつも通りの服に着替えてしまった。まだ少し残る新品の服特有の布の匂いと私が常時首にかけるようになった匂い袋の匂いが混ざって昨日より少し肌に馴染んでいる。

 

「ランジア、準備できたー?」

 

「まだ着替え中ー。」

 

 扉をノックする音の後にハイドの声が聞こえてきた、鍵は開いているから入ってくることはできるがカソックを着るのに地味に手間取っている今、入られたらまずい。ハイドはそんなことはしないだろうが、もし入ってこられたら殴り飛ばさないといけなくなってしまう。

 各夢創造人に割り当てられた部屋は幻影郭の個人部屋とは比べ物にならない程に広い。幻影郭にきた時は個人の部屋だけでも広いと感じたのにこんな部屋を割り当てられてどうしろというのか。

 アネモネに巻いてもらった髪をいじりながら天井を見上げる。

 

「ちょっと、巻きが取れるから触らないで。」

 

 不機嫌な顔をしたアネモネが私の腕を掴んで腰に下ろさせた。

 

「もう準備終わったっ、今から出る!」

 アネモネの手を引いて急いで部屋を出る。扉から少し離れたところで待っていたハイドがこちらに気づいて顔を上げた。私が薄く化粧をして髪をアレンジしているのと同様にハイドも普段より少し大人びた印象をしている。

 

「なんていうか、…神秘的なイケメンが生まれたね。」

 

「変に茶化さないでもっと素直に褒めてよ!」


 喋らなければ本当に神聖な雰囲気を感じられる。まさに夢創造人の文字に相応しい容姿をしている。今日は気を引き締めないといけない日であるためなおさら静かな大人らしさが際立つに違いない。そう考えてみると、私は見た目こそ取り繕えているとはいえ、中身は二週間で頭に詰め込んだ突貫の礼儀作法でそれらしく見えているのか不安になってくるものだ。

 控室となっているのだろう部屋に案内されるとすでに夢創造人の皆が多く集まっていた。

 他の夢創造人たちは私達の着ているカソックではなく、裾が長めのワンピースを着ていたりスーツを着ていたりする。

 ちなみに、一緒に来たアネモネは軽いレースのブラウスの上に深い緑色のドレスを着ている。

 何故だ、何故皆ヒールなんかを履いて平然としている。アネモネはガーディアンという立場で戦うこともあるはずだ。

 ヒールで戦うんか?

 人外なんか?

 人外だけども。

 

「ランジア、ハイド。今日はワタシが護衛任されてるから、よろしく。」


 広間に来る前にアネモネがひっそりと呟いたことを思い出しながら畏怖の感情を向けると、アネモネはスカートに隠れた太ももに手を当ててニヤリとした。なるほど、隠し武器の準備はバッチリであるということか。私には敵なんかいないものの、つくづく敵じゃなくて良かったと感じる。

 昨日任命式の準備でふくらはぎが少し張るほどに歩いたお陰で私自身も姿勢良く歩けるようになってきてはいる。慣れないことにすぐに適応してくれる体に感謝する。

 

「もうすぐはじまるねぇ、ハイド、ランジア、私たちはもういく。頑張るんだよ。二人が夢の創造をする番になったら、迎えが来る筈だ。」

 

「まぁ、そう気負う事はないさ。」

 

「しっかり見守っているからの。」

 

「お二人共頑張ってくださいね。アネモネ、しっかり二人の護衛をするのですよ?」


 デファレ、ネリネ、フロス爺、シレネは各々言い残して使用人のような人について出ていってしまった。いつもの落ち着く三人組が残された。人が無駄に多く部屋にいるよりも見知った人と待つ方が私の心的には落ち着くことができてありがたい。

 

「やっと落ち着けるね。」

 

「うん、緊張する…。」


 普段幻影郭のソファでは力を抜いて背もたれによさりかかっているような人間でも案外ちゃんとした場所では無意識のうちに姿勢を正して座るものだ。だが、背を伸ばした姿勢でもしなやかで優雅に見える人間と、硬く緊張しているのが丸わかりな人間の二種類がいる中で私は間違いなく後者である。

 

「ハイドって緊張するの?」

 

「俺をなんだと思ってるの?するに決まってる。」


 嘘だろう、と一蹴したくなる気持ちが脳の片隅に浮かんですぐに消えた。ハイドの深くの感情はわかりやすいようでアネモネよりも読み取りにくいと最近学んだからである。 

 

「いや、トラネスの統轄者の息子なんてこういうの慣れてるかと、…ごめん余計なこと言った。」


 ハイドが家族のこと、特に父親のことについて話したがらない理由を考えたばかりのはずなのに、私はまた…。余計なことを言ってしまう癖は本格的に治さなければいけない。こういうものは生来の悪い癖であるものが多い。治す事は可能なのだろうか。 

 

「別にいいよ。…、話戻るけど俺はこういうのは何回経験しても慣れないタイプ。ランジアと同じで心臓バックバクだよ。」


 ハイドが心臓の動くジェスチャーをすると長い袖が重力に従って肘の辺りまで落ち、隠れていた手が少し見えた。

 

「そうなんだ…。アネモネも緊張したりするの?」

 

「すみませんが、ワタシは今任務遂行中につきワタシに向けてのお話は控えてくださると幸いです。」

 

 先ほどからアネモネが話さないと思っていたらそういう事だったのか。おそらく任務中は護衛対象と安易に話してはいけない、敬語を使わないといけないといった規則があるのだろう。三人、仲の良い人間しかいないというのに、アネモネが相変わらず真面目で勤勉だ。

 

「あっごめんごめん。なんか、初めて会った時みたいで新鮮。ね、ハイド?」

 

「ね。なんか面白いかも。」


 仕事中の自分を面白いなどと宣い、明らかに揶揄ったハイドのことを幻影郭に帰ったら腹に一発決めてやると心に決めたアネモネであった。

 

「君たち、お話はそこまでにして。二人の出番がやってきたよ。」

 

「ベイア様!…承知致しました、準備いたします。」


 急に現れた核の使いに驚きながらも、冷静さを保て、過度に緊張するな、と深呼吸をして匂い袋を下げた胸の辺りを抑える。こうすると心が少し安らぐ気がするのだ。…準備するも何も私たちはその場でスターチスの花を受け取って夢の創造を行うだけであるから手ぶらだ。やはり緊張は解けていないのかもしれない。

 

「案ずるな。天井を破壊しようが、庭の花を吹き飛ばそうが、私の魔法があれば必ず成功する。まぁ、それを使わないのが最高の成功と言えるだろうが、どちらでも良い。気ままにやれ。」


 ベイアは全てを報告で聞いていたのだろう、身分が上の者から自分の失敗をネタにされると背筋が凍る。わたしたちを和まそうとしてくれたのであろうベイアは急に冷え切った空気を見て、少し困惑してから明るい声で笑い飛ばした。

 

「はは、核の使いからネタにされると笑うに笑えないのも納得だな。今度は笑えるようなネタを考えておく。さあ、ついてこい二人とも!」


 通る廊下ごとにどんどん道幅が広くなっていって聖堂が近くなっていることを悟ることができる。複雑で長い建物の中で今部屋に帰れと言われたら私は一生迷い続ける気がする。

 とうとう長い廊下の先に幻影郭の作業場のよりも大きな扉が見えてきた。

 ここまで案内して連れてきてくれたベイアはもうおらず、中に魔法で戻ったのだろうか、扉の中から人々の黄色い声が聞こえる。

 横を見るとハイドと目があった。

 

「大丈夫。ね?」

 

「そっちも、大丈夫でしょ。」


 後ろから十メートルほど距離を取ってついてきているアネモネも頷いているような気がした。


      ***


 

「神聖なる夢の創り手としての責務を受け入れよ。核の加護を受け、夢創造人の心奥に眠る夢の力が目覚めんことを。」


 核の使いが口にする言葉にはある種の慣れが見える。

夢創造人は十五年に一度程の周期で入れ替わりが行われているという。ランジアたちの任命式も、もう何度も行われている儀式の中の一回に過ぎないのだろう。

 しかし、ハイドとランジア、ワタシにとって特別な存在である二人の任命式は間違いなく特別なものである。


「その使命、謹んでお受けいたします。」  


 二人の声が混ざって聖堂に響き渡る。ワタシは周囲の警戒を怠らないように注意しながら、誰が見ても綺麗だと思うであろう、美しく輝く光の元に佇む二人に見惚れた。

 

「では…夢の創造を。」


 核の使いがスターチスのドライフラワーを手渡す。ランジアたちがいつも祈りに使っている紫とは違うピンク色の花だ。

 ―世界の根幹を担う核に感謝を込めて―

 白いカソックが白い光から漏れ出る風に揺れる。広間の天井も作業場と同じようにステンドグラスから光が差し込んでいて異様な雰囲気を感じる。その下で祈りの力が白い光源として輝くのだから尚更。

 二人の首筋、頰にはそれぞれ青薔薇と橙薔薇が浮かぶ。ハイドの祈りの力の色は完全な白ではない青みがかった白縹色に、ランジアは赤みがかった灰桜の色の祈りの力。

 夢の創造が始まる間、後ろの人々が静まり返り同じく祈りの姿勢を取る。祈りは二時間にも及んだ。その時間、ワタシにとってはあっという間で、ただその二人を眺めているだけで終わってしまった。一回の瞬きほどの時間にしか感じられなかった。

 祈りの間うつむいていた二人が顔を上げて振り返った時、拍手をする人々の中からワタシを見つけた。二人は顔を見合わせると笑いかけてくれた。

 次にとりおこなわれるのは奉納の儀。

 普段、創った夢は作業場の一階の祭壇に祈りの力を付与し夢が宿ったドライフラワーを置くだけ。奉納の儀は月に一度、当番制で行われている。

 二人がそれを行っているのは見たことがない。おそらく初体験となる。 

 大きな祭壇に夢の宿るドライフラワーをゆっくりと置いて一歩下がる。二人はどんな夢を作るのだろう。

 いつか、見せてもらいたい。

 

「これからの未来において、夢創造人が輝かしき夢を紡ぎ続けんことを。」


 核の使いの言葉とともにドライフラワーが淡く光ったと思いきや、祭壇の上から跡形もなく消滅した。

 ワタシはこれをずっと後ろで見ている。

 この時、二人の視線が交わってそれから同時に空を見上げた。天井には作業場と少し違う絵のステンドグラスがキラキラと輝いている。核様は、柳の木に手を伸ばすのではなく背を向けて白狐と眠っている。


     ***

 

 任命式は無事終わり、その後は宴が始まった。みたことのない美しい花でいっぱいの庭へ場所を移して行われる。私は別にここにきているような身分が高い人々と話をすることに気は進まない。いや、自覚を持て。ランジア。私は夢創造人、もう西区の一般市民じゃない。

 夢創造人という身分、宴に参加している人々の中には夢創造人とつながりを持とうとするものが多くいるから気をつけててね、とハイドに宴が始まるまでのわずかな休憩時間の間に忠告された。彼の予想通り私は人に囲まれている。

 

「ハイド、夢創造人になったっていう話は聞いていたよ。素晴らしかったなぁ。あっちの子もすごく綺麗で…。なんだい、ガールフレ…。」

 

「ちがっ…、叔父さんちょっと、今ランジア、囲まれてて大変だからいってきますね。」


 少し離れたところで知り合いらしい老若男女と親しく話していたハイドが急いで駆け寄ってくる。

 あぁ、救済者よ、まじ助かる。

 

「はいはい、皆さーん。大人数で淑女一人を囲んじゃダメですよ!」


 大人っぽい少年が一人しっかりと仲裁に入ってくれるだけで会話をしたい、挨拶をしたいという人々がごめんなさいね、などといって距離をとってくれるのだからはっきり言葉を伝えるのは大切なのだと感じる。当の本人である私は人に囲まれてあわあわしていただけで、頭に叩き込んだはずの礼儀作法などほとんど頭から抜けてしまっていた。

 本当に面目ない。

 

「あ、ありがと。ハイド。」


 ハイドはむふーッとした顔で得意げな顔をしていた。そして、私の後ろを見て少し目が輝いてからこほんと咳をした。視線の先を見て納得した。

 ハイドの家族がいる。

 若い男女はみたことがある。ハイドの兄姉だ。そして背の高いガッチリとした髭の男が父親だろう。

 

「話しかけに行かなくていいの?」


「…、いい。話しかけに来ないってことは、そういうことだよ。」

 

「ねぇ、ハイド君はどんな夢を見たい?」

 

「何、急に。」


 ハイドのカソックを引っ張って庭園の隅に連れて行く。その表情は少しこわばっている。

 

「いいから。」

 

「うーん…幸せな夢?」

 

「…。」


 私が真剣に答えを待っているというのに返ってきたのは概念的な雑な応答。静かに睨み返すと暫くしてハイドは罪悪感に負けたのか遂に折れてくれた。

 

「…わかったよ。俺は大切な人が幸せならいい。だから母さんが生きててお父様と笑ってる夢とか、俺が生まれる前のお姉ぇとお兄ぃの夢とか…。ランジアとアネモネが幸せな夢をみてる夢とか?」

 

「…、相変わらず優しいね。そっか。」

 

「こんなの、優しくもなんともないよ。ただの願望だし。」


 カソックの袖が少し揺れた。隠れた手に力が入ったのだ。

 

「じゃあ、ちょっと力を貸してよ。私の制御じゃ足りないから!」

 

「…なにする気?あ、ちょっと!」


 庭園で行われている宴、核の使いが始まりの挨拶をする際に使用された舞台にぱっと飛び乗ると人々の視線が一気に集まる。

 後からハイドも追ってきて舞台へ続く短い階段を上ってくる。怪我はもう殆ど治っている、足取りはしっかりしていた。

 

「本日は、私たちの任命式にお越しいただき、心より感謝申し上げます。これより、私たちからささやかな贈り物をお贈りしたいと存じます。どうか、目を閉じてお待ちください。」


 一瞬ざわざわとした空間がしばらくすると静かになり、全員が素直に目を閉じたことがわかる。勿論、ハイドの家族も目を瞑っている。核の使いもそうだ。

 

「ね、ランジア…。何する気…。」

 

「ハイドが、教えてくれたんだよ。夢の贈り物、嬉しかったから。」

 

「…!」


 そう言って、庭園に咲く美しい花々に祈りの力を込める。

 庭中が祈りの力の放つ光に包まれていく。


 ―誰かの大切な人に届くよう祈りを込めて―


 外暦八十一年五月二十日。

 この日、庭園に来ていた人々は夢を見た。

 それぞれの大切な人が笑っている夢を。

 愛しさを感じる見知らぬ人物が誰かに手を伸ばす夢を。

 ある機械人形は愛した家族と一緒にいる未来を。

 ある父親は家族が皆自分のもとに帰ってきて笑いかけてくれる夢を。

 

     ***


 アネモネは目を瞑ることなく、全てを見渡せる位置でハイドとランジアの護衛の任務を遂行し続けていた。隣にはシレネが立っている。

 

「シレネ。ワタシは人の言う感情が痛いほどよくわかります。大好きは暖かいし、不安は辛い…。」

 

「…。」

 

「お母様、誰かを愛す気持ちは分かるのではないですか?あなたも機械人形なのだから。」

 

「…そうですね。とうにバレていましたことはわかっていました。私にも共感できます。沢山の人々を見てきましたから。」

 

「ワタシに感情はあります。だから、お母様のことも好きですよ。」

 

「…そうですか。」


 シレネは目尻を下げて笑って、アネモネがハイドとランジアの二人を幸せそうに眺めているのを見て少し寂しそうにするのであった。庭園の隅、二人の立っている場所は建物の影となっていて、火が傾き辺りが暗くなってきた庭園の範囲内でも一層暗い。だから、二人がそんな話をしているのに気づいた人は誰もいなかった。


 ワタシは祈りの際二人の夢造像人から一瞬も目を離さず、瞑ることもなく、親友たちと過ごす夢を見た。近くにはワタシを造った人間であった、シレネが座って眠っていた。

 

     ***


 その頃庭園の花はひとしきり光ると光源は拡散して消え、元から存在する美しい花々だけが残った。

 人々は目を開き、呆然としている。夢を見たことのない人々からすれば夢とは脳に急に送り込まれてきた映像にすぎない。

 だが、個人個人にとって幸せな映像を見せられた人の表情は徐々に明るくなっていって、ついに歓声が起こった。

 「これが夢なのか!」とか「今代の夢創造人は核だけでなく人々にも…。」とかの言葉が耳に入ってくる。

 

「ランジア、これは…。」

 

「私からの贈り物!」

 

「俺に制御全部任せてたくせに…。」

 

「ほんとは家族と、話したかったんじゃない?でも、気まづいから話せない。ハイド、今家族には自分自ら創った夢をあげたでしょ?」

 

「バレてたの…。」


 恥ずかしそうに顔を背けるハイドの顔を私の方に向けたいという悪戯心に駆られる。だがここは人に見られている舞台の上、そんな心の内をぎゅっと抑えて大きな声で人々に呼びかける。

 

「私達の贈り物は楽しんでいただけたでしょうか?」

 

「このひとときが、皆さまの心に温かな光となって届いていることを願っています。さあ、宴を楽しんでください!」


 私に続くハイドの言葉が庭園に響く。その後すぐに拍手が轟いた。

 

「二人共素晴らしい!こんな事をした夢創造人は初めてだよ!いい夢を見せてもらったお礼だよ。」


 私達が舞台から降りると同時に核の使いが魔法だろうか、空に花火を打ち上げた。空に、次々と色とりどりの花が咲く。

 

「ハイドへの夢は特別。明日の朝を楽しみにね。」

 

「ん…。たのしみにしてるから。」


 私たちは庭園の隅っこに用意された椅子に座って空に広がる鮮やかな色彩を眺めた。疲れのせいか、その日の記憶は綺麗な花火で終わっている。


     *** 

 

 いつもの幻影郭、広がる紫のスターチスの花畑、後ろで見守るハイドとアネモネ。やはり日常が落ち着く。


「シレネさん。この手紙をこの住所に届けてくれませんか?」


 絵描き モリス・ネピア 様

 職人通り七番地

 トラネス市西区

 アルカディア国アウリーズ地方

 

 住所が記された紙と封筒を渡す。封筒の中には手紙と夢の宿った一輪の押花が入れられている。

 「承ります。責任を持って届けさせていただきますね。」

 シレネから返事が返ってきて安心する。

 これが届く時、父も、母も、カメリアも、夢を見るだろうか。遠くにいるであろう家族のことを思い出す。

 遠く離れた家族が私の創った夢を見られたらいいなと思う。

 私は満足すると、ハイドとアネモネの方へ向かって走っていった。


 拝啓 父へ。


 これはただの独り言だと思ってください。

 

 夢はただの記憶だろうか。

 夢は明るくふわふわしたもので無いといけないだろうか。

 私は違うと思う。

 

 辛い夢でも、明るい夢でも、それを想像した元の出来事があって。

 現実でも、辛いことも、楽しいこともあって。

 夢は現実と違う。けど、そんなにおおきくは変わらないと思う。

 

 結局、人が夢を見ない理由は私にはわからなかった。

 でも、夢を見せる。

 人の幸せを願って、思い出を夢に見せることはできた。

 なんて美しいんだろう。

 自分の力を好きになれた。

 それだけでいいのかもしれないです。


 だから、この幸せをお裾分けします。

 家族に。

 幸せの祈りを込めて。


 ランジア・ネピアより。


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